第37話 黒い王子と甘いお菓子。その1

「はぁ……」


なんて静かなんだろ……。

私は今、自分の部屋(元蓮斗さんの部屋)のベッドでゴロゴロと寝転がっていた。


疲れを取るために行った旅行なのに、行く前より疲労が溜まってるって初めてかもしれない。

今日は休日だけど出掛ける気力もなくて、1人……家でのんびりしていました。



あの日、話を終えた後……隼斗さんと永瀬さんは『華龍の間』を出ていってしまった。

永瀬さんは出る時、私に何か言いたそう視線を送ってきていた。

それも気になるけれど、今は別の事が気になって仕方がない。


お祖母様が出した条件、それは……『どちらが森の喫茶店のオーナーに相応しいか』だったから。


お祖父様自身がそれを判断して、完全にその店のオーナーの権利を譲り渡すという事。

勿論、権利を譲り渡すならば口出しもしない。

どちらも相応しく無いなら、喫茶店は閉店する。


隼斗さんは自信満々で『任せてください』と言い、蓮斗さんは眉間にシワを寄せて黙って聞いていた。

そんな訳で、私は蓮斗さんがその条件を達成するのか、心配でどうにかなりそうだった。


その開始日が、1ヶ月後。

もしそれが出来なければ……この森の喫茶店のオーナーが隼斗さんになる。


私は……どうなるのかな?

使えないヤツだと追い出されるだろうな……。


ううん、私がここを出るのは仕方がないとして、蓮斗さんはどうなっちゃうの?

想像するだけで、胃が痛くなって……泣きそう。


蓮斗さん……大丈夫かな。



コンコン……。


「……由樹、ちょっと良いか?」


「はい」


蓮斗さんが帰ってきたみたい。

私はベッドから降りて髪を整えると、部屋のドアを開けた。


「休んでいる所悪いんだが、今……永瀬が荷物を取りに来てるんだ。荷造り手伝ってやってくれ」


「わかりました」


そっか、半年間って言っていたけど……旅館でゴタゴタがあったし、見合いどころじゃないもんね。



「由樹、お前……泣いていたのか?」


「あ、いいえ……。きっと欠伸したからです。心配してくれてありがとうございます。この通り、元気ですから!」


さっき泣きそう……と思った瞬間、ちょっとウルッと来ちゃっただなのに、気付かれちゃったのかな!?


私は満面の笑みで蓮斗さんにアピールすると、元気よく永瀬さんの元へ向かった。



コンコン……。


「永瀬さん、入りますね」


私は開いていた戸にノックすると、永瀬さんに声を掛けた。



「……由樹さん」


「永瀬さん、もう帰るんですね。せっかく仲良くなれたと思ったのに……」


これは本心。

普通だったら、自分の恋のライバルがいなくなって安心すると思うけど。


陽毅さんは、料理を教えてもらうのも楽しそうにしていたし。

お客様は、永瀬さんが作った美味しいデザートが食べられなくなるし。


「皆も、残念に思っている筈です」


「……でも、私はここにいる資格がありませんから」


永瀬さんは、寂しそうに笑っていた。


旅館で何があったか……誰も教えてくれなかったけど、永瀬さんがお別れの挨拶に来た時、蓮斗さんも陽毅さんも気まずそうにしていた。

だから、私からは聞かない事にした。

触れてはいけない気がしたし……。



「今度、永瀬さんの作ったデザート食べに行きますね」


「ありがとうございます」


それからは2人で黙々と荷造りをし、全て終わる頃には夕方になっていた。



「蓮斗さん、私……駅まで見送りに行ってきますね」


リビングで寛いでいた蓮斗さんに声を懸け、永瀬さんと共に玄関を出た。


「永瀬、これ……持って行け」


私達を階段の下まで追い掛けて来て、永瀬さんに紙袋を手渡した。


「……これは?」


「弁当と飲み物だ。帰りが遅くなるしな、電車の中で食べたらいい」


蓮斗さん、優しいな……。

何もしていないフリしていたけど、本当は心配だったんだね。


「……ありがとうございます。そして、色々とごめんなさい」


「謝るのは、ジイサンの判定が終わってからだ。隼斗と永瀬が、この森の喫茶店の主になるかもしれないんだからな」


「それでも、私は……」


「もう良いから、さっさと行け。電車に乗り遅れるぞ」


永瀬さんは蓮斗さんに深々と頭を下げると、私と駅までの道を早足で歩いていった。



「……由樹さん、今までありがとうございました。見送りにまで来てくれて、嬉しかったです」


「私が、見送りに来たかったんです。こんな時間ですし、1人で帰るには余計に寂しくなりますから。永瀬さん、こちらこそありがとうございました」


永瀬さんは電車に乗り込むと、ドアが閉まる直前……素敵な笑顔を見せてくれた。



「ではまた、1ヶ月後に会いましょう」


「はい」


とても綺麗な笑顔だった。

この笑顔が、彼女……永瀬さんの決意だとは知らずに、私は電車が見えなくなるまで暖気に手を振り続けていた。



「……蓮斗さん?」


駅舎から由樹が出てきた。

俺が迎えに来た事を驚いていたが、まぁ……想定内だ。

夜道は危ないし心配だしな、だから車で迎えに来たんだ。

過保護かもしれないが、俺の大事な女性だから当然だろ?


「ほら乗れ、家に帰るぞ」


俺は由樹を助手席に乗せると、家まで車を走らせた。



「……蓮斗さん、ありがとうございます」


「何がだ?」


「永瀬さんの事です」


駅に行く途中、永瀬から何か聞いたのか?

アイツ、余計なことを話さなくてもいいのに……。


ジイサンの推薦だけあって、永瀬は良いヤツだったんだな。

まぁ、見合いの相手は俺じゃ無いって旅館の一件で分かったけど。


「あぁ、別に……。アイツなりに必死だったんだろう。だけど、俺はあんな事させないけどな」


隼斗が俺達を分裂させる為に仕組んだんだ、永瀬は利用されただけ。

誘ってきていても、震えていたしな。


「蓮斗さん、1ヶ月後……大丈夫でしょうか?」


「なるようになるだろ。ジイサンが俺を選ばなかった時は、潔く店を出ていくさ」


隼斗が店を大事にしてくれるならな……。


「その時は、私も……」


「当たり前だ、俺は由樹を離さないからな」


我ながらクサイ台詞を吐いてしまったが、由樹は頬を赤らめていた。

運転中じゃ無かったら、この場で押し倒していたかもな。


「蓮斗さん、頑張りましょうね」


「あぁ……」


1ヶ月後……隼斗がどう出てくるか楽しみだ。

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