第26話 女神降臨?その3

皆で朝食を取り終えた後、永瀬さんと共に店でミーティングを始めた。


「今日から半年間、こちらでお世話になる永瀬由奈です。よろしくお願いします!」


永瀬さんは、剛士さんと陽毅さんに元気な挨拶をした。

二人は不思議そうな顔をして、永瀬さんを見ていたけど……どうしたんだろ?


「由奈、今日から宜しくな。おい、光……彼女のエプロン長すぎないか?」

「そうですね。光くん、ちょっと調整してあげた方が良いですね。これじゃ動きにくいと思いますよ」


永瀬さんより3歳年上の陽毅さんは、年齢が近いこともあって、親しそうに話していた。

剛士さんは、いつもと変わらず普段通りに接していた。


「いえ、大丈夫です。せっかくこのお店のエプロンだし……着けていたいので」


「駄目だ。裾が長くてキッチンで転ばれても困る。自分のを着けてくるか丈を直してもらってこい」


陽毅さんが、『邪魔だと追い出されたくなければ、先輩に従え』と、永瀬さんをリビングに連れていってしまった。


「ほら、光……お前も行ってこい。陽毅に睨まれても知らないぞ」

「うー。必要無いって言われたのにぃ……」


光さんは、渋々二人の後を追ってリビングへ行った。

店に来る前、光さんが何度も丈を調整してあげるって言ってたのを聞いていたから、ちょっと気の毒に思えた。



「全く……年下で新人なのに、俺と対抗するなんて百億万年早いっての!」


百億万年……。

そうとう長いですね。

陽毅さんが溜め息を吐きつつ、キッチンに戻ってきた。


「陽毅さん、どうしたんですか?」

「……ん、あぁ。由奈がな、デザート作りをやらせてくれって。初日からは許可しないって言っておいた。まずは、この店のやり方に慣れるべきだろ?」


確かに……。

まだ初対面ですし、自分の味を食べてもらいたいのも分かるけど……まずは私達との信頼関係が先ですもんね。


「あぁ、永瀬さんはパティシエールですからね、すぐにでも自分の味を食べてもらいたいのでしょう」


琉斗さんは怒り気味の陽毅さんに、永瀬さんをフォローしつつなだめていた。


「俺も陽毅と同じ意見だ。1週間、永瀬をホールに出す。まずはお客様と、俺達と両方の雰囲気や流れを体験させる」


なるほど。

どんなお客様が来るのかとか、お店の雰囲気とか……知ることは大事。

それが料理に生かされますもんね。

さすが、蓮斗さんです。


「……でも永瀬さんは、了承するかな?」

「了承しなかったら、店には出さない」


蓮斗さん……まだ怒ってるみたい。

この勢いだと、永瀬さんが物凄く拒否とか反抗的な態度をとったら、追い出すとか言い出しそう。

それだけは、止めてくださいね。


もし、そんな事をしたら……お祖父様がまた無理難題を言ってくるかもしれませんしね。



「お待たせしました」


「これで、どうかな?」


光さんは永瀬さんをキッチンに連れてきて、陽毅さんに聞いていた。


「丁度良いんじゃないか」

「ありがとうございます。陽毅さんのお許しがもらえて良かったです!」


そして……永瀬さんが戻ってきた事に気付いた蓮斗さんが、『こっちに来てくれ』とキッチンの外に呼び出した。


どうか、何事も無く無事に終わりますように。

永瀬さんが連れ出された瞬間、私だけじゃなく他の皆もそう思っていたと思う……。



「永瀬由奈、お前はキッチンではなくホールに行け。今日から1週間はホールで接客を学んでもらう。琉斗と光がサポートするから、勝手な行動をせずに二人の指示に従えよ」


永瀬さんは、蓮斗さんから話を聞いて驚いていた。

そうよね、キッチンに立つつもりだったんだもの……。

でも、それは一瞬の事で……満面の笑みでこう答えていた。


「ありがとうございます!私、ホールに出てみたかったんです。前の職場では、ずっとキッチンにいてお客様の顔が見えなくて、モヤモヤしていて……。だから、すごく嬉しいです!」


その答えには、皆が驚いた。

少しは反論してくるかと思っていたから……。

私が永瀬由奈さんを見ていて、この数時間で知ったことは……前向きで明るい女性で、とても好感がもてる人だって事でした。



そして、営業時間になった。


「いらっしゃいませ」


琉斗さんと光さん、そして……永瀬さんがお客様をお迎えし、順番に席へご案内していた。

相変わらず、光さんと琉斗さんは女性のお客様へキラキラな笑顔を送り、永瀬さんは一部のお客様から、『おぉ~!こ、これは女神の降臨だ!』と言われていた。


「あの……私を見て女神の降臨って言われていますが、何故ですか?」

「さぁな、俺は知らない」


キッチンにオーダー票を持ってきた永瀬さんが、陽毅さんに聞いていた。

そしてそれを聞いていた光さんが、すぐにその謎を解消してくれた。


それが、また意外な理由だった……。



「なんかね、アプリゲームに出てくる女神に似ているらしいよ。俺、さっき……お客様にスマホで見せてもらったんだ。確かに、ちょっと似てるかもね」


最近人気のカードゲームらしいけど、まさかその女神がこの喫茶店にいるなんて驚いたと、お客様が興奮気味に光さんに話し掛けたとか。


ホールを見ると、そのお客様が楽しそうにスマホ画面と永瀬さんを見比べながら話している。


「あぁ、なるほど。僕も永瀬さんに会った時、誰かに似てるって思ったんだよね。あの女神だったのか……」


琉斗さんまで知っているなんて……。

そんなに有名なゲームなの?


琉斗さん曰く、そのゲーム内で永瀬さん似の女神のカードがかなりのレアらしく、欲しい人が多いみたい。

それだけ注目されているキャラクターだから、お客様がざわつくのも無理はないって。



「おい、オーダー出来たぞ。光、3番だ」

「ラジャー!」


陽毅さんは光さんに料理を渡した後、悪いことじゃないし良かっただろ?と永瀬さん優しく話し掛け、次のオーダーの調理に取り掛かっていた。


私はその光景を微笑ましく見つつ、盛り付けたデザートを『7番にお願いします』と永瀬さんに笑顔で渡した。



「お疲れ様でした!」


女神降臨の話題で、何度か店内がざわつく事があったけど、無事に今日の営業時間は終わった。


仕事が終わった後、光さんが女神の衣装作ろうか?なんて冗談を言って笑っていた。

永瀬さんは苦笑いし、蓮斗さんは聞き流していた。


琉斗さんだけは、『楽しそうだね』なんて笑っていたけど、作っても蓮斗さんが許可する筈が無いと、光さんはガッカリしながら部屋に入っていった……。


私は、永瀬さんが女神降臨って言われていた事に驚いたけど、それより……この話題だけで、初日からこんなに仲良くなれたなら、永瀬さんが『女神』と言うのも嘘じゃ無いかもって思えた。



翌日から、この喫茶店に王子に加え女神までいると、かなりの話題性を呼び……大忙しの1週間でした。

こうして、永瀬さんのホール体験が終わり……キッチンに入る許可が出ました。


蓮斗さんは、これ以上騒がれるのは面倒だからな。なんて言っていたけど、永瀬さんの接客態度がとても良かったから許可したんですよね?


本当……素直じゃない。



翌週から、お客様は女神が見れなくなって残念がっていたけれど、永瀬さんは大喜びしていた。

これでやっと自分の力を見せられるんだもの、嬉しいよね。


あぁ……。

このまま半年間経った時、私達はどうなってしまうんだろう……。

仲良くなりつつも、蓮斗さんとの関係も気になってしまう私でした。

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