第5話 再会。その1

「蓮斗さん、今度の休みの日空いていますか?」


こう言われた時、ドキッとした。

由樹から誘うなんて、なんて大胆なんだと……一瞬だが、浮わついた気持ちになってしまった。

まぁ、これが俺の誤解だとすぐに判ったが。


「空いているが、何かあるのか?」


ドキドキしながら聞いたこの質問も、後で思うと我ながら馬鹿だったなと苦笑もした。


「はい、前に働いていた洋食屋さん覚えていますか?直接会って、クラブサンドのソースをこのお店で使用して良いか許可をもらいに行こうと思って」

「そうだな。剛士さんにも言われたが、メニューに載せるなら二人で行った方が良いだろう。久しぶりに行って、オヤジさんに挨拶してくるか」


まさか、あのオヤジさんが由樹の伯父だったとは……今更だが驚いた。

由樹とは全く似てないんだよ、あの迫力と風貌。

俺でも恐い存在だったもんな……。


「ありがとうございます!じゃ、早速連絡しておきますね」

「あぁ、頼む」


さてと、あとでオヤジさんに手土産を買ってこなくてはな。

由樹と二人で出掛けるという事だけなのに、気分が高揚している俺。

前日の夜はなかなか寝付けず、まるで遠足前の子供のようだった。


そして、その日の朝……。

俺達は早めに家を出て、目的地まで車を走らせた。


勿論、運転は俺だ。

由樹は必要が無かったらしく、車の免許は取得しなかったそうだ。

まぁ、都会に住んでいたらそうだよな。

この田舎だったら必要になるが、俺達が運転できるからやはり由樹が運転する必要は無いだろう。


「蓮斗さんすみません……。長距離なのに、運転を代わってあげられなくて」


何だ、ずっと無言だったから緊張しているのかと思ったが、そうではなかったらしい。


「別に、苦ではないから気にするな。それより、朝起きるのが早かったから大変だったろう?寝てても良いぞ」


その方が、運転も集中できるしな。


「……良いんですか?助手席の人は、寝ない方が良いって聞きましたけど」


まぁ、時と場合にもよるけどな。

眠い時は、何をしても眠気は簡単に取れないし。

俺の場合……極限に近いくらい眠い時は、何処かに停車させて仮眠を取る。

そうすれば、頭もスッキリして運転に支障が出なくなるからな。


「俺は大丈夫だ。だから、遠慮するな」

「わかりました。では、少しだけ……仮眠しますね」


そういうと、由樹はスーッと眠りに入っていった。

すぐに寝息が聞こえてきて、由樹は気持ち良さそうに寝ていた。


かなり眠かったんだろうな……。

まだ暗い早朝から、オヤジさんに食べさせてあげたいと、何やらキッチンで作っていたな。

ついでに?俺達の朝御飯まで作ってくれて……だからほとんど寝ていないと思う。


こうして……あ、いや……チラリとだが、由樹の寝顔を見ていると、運転手で良かったとつくづく思ってしまった。

もし、電車で移動して隣同士に座ったものなら、由樹が近すぎて自分との戦いで負けてしまうかもしれないだろう……。

それくらい由樹の事になると、俺の理性のタガが外れてしまう危険性があるんだ。


「フッ……。緊張感があって、スリリングだよな」


思わず呟いてしまうなんて、そんな自分が滑稽で苦笑してしまった。


数時間後、自分との戦いを終える時が来た。

……ようやくオヤジさんの店に到着したのだ。



店の名前は、『オヤジの洋食屋』。

都会なのに、全くおしゃれ感が無い……。

昭和の雰囲気そのままの店内や、オヤジさんの生み出す味に惚れ込んで、俺は弟子入りを願い出たんだ。


店の駐車場に車を停めると、荷物を持ち店の入口に立った。


「ここに来るのは、何年ぶりだろうな……」


20代の俺が、苦労した末にオヤジさんのお墨付きをもらって以来だよな……。

随分前の事だが、最近の事のようにも感じる。


「私は、あの町に行く前に挨拶しに来たのですが……それ以来なので、2~3年ぶりでしょうか」

「そうか、それならオヤジさんも由樹に早く会いたいだろう。よし、店に入るか」


「はい!」



カラン……。


「いらっしゃいませ」

「こんにちは」

「師匠、ご無沙汰しております」


私達が店の中に入ると、カウンターから伯父さんが笑顔で迎えてくれた。


「由樹、よく来たな。長時間の移動で疲れただろう。さぁ、そこに座りなさい」

「はい、ありがとうございます」


伯父さんは私達の為に席を取っておいてくれたらしく、その場所に座るようにと言ってくれた。


「師匠、あの……」

「ん?なんだ、蓮斗も来ていたのか。随分見ない間に、老けたな」

「師匠は、全くお変わり無い様ですね」


二人で一緒に来るって言っておいたのに、久しぶりに会ったからか蓮斗さんをからかって楽しんでるみたい。

だけど蓮斗さんは伯父さんの言葉を気にすること無く、話しているけど。


「伯父さん、これ……私が作ったの。良かったら、食べてもらえませんか?」

「おぉ、由樹の手料理か。よし、すぐにいただくとしよう」


「オヤジさん!俺達の飯は~?」

「うるさいぞ。お前達、俺の邪魔をするな」


……伯父さん、お客様からの注文を放置していたのね。

カウンターにいるお客様が、伯父さんを見て急かしていた。


「師匠、俺が代わりに入っても良いですか?」


伯父さんがなかなか調理に戻らないから、蓮斗さんが厨房に入ると願い出た。


「あぁ、勝手にしろ。コイツら、腹が減ってるから、何を食べても旨いだろう」


伯父さん……お客様が呆れた顔で見てますよ?

でも常連さんみたいだし、相変わらずの対応で慣れてるのかな?

特に苦情を言うこともなく、待っていてくれているの。


「でも……蓮斗さん、疲れているでしょう?」


それなら、私が……と、席から立ち上がった。

だって、助手席で眠っていただけだし。


「由樹、俺は大丈夫だ。それより、師匠と話をしに来たんだろ?こっちは俺に任せろ」

「……わかりました」


蓮斗さんはそういうと、厨房に入っていった。

そしてお客様からのオーダーを確認し、食材やその他の材料を揃えていった。


「ほぉ、プロの料理人みたいだな」

「ありがとうございます。これも、師匠のお陰です」


伯父さんは、蓮斗さんの調理の手際を見て感心していた。

凄いなぁ……何年経っても、ここの料理を覚えているのね。


あっ、蓮斗さんに見惚れている場合じゃなかった。

私は持ってきた材料を取り出して、厨房に入った。

そして『クラブサンド』を作ると、伯父さんの前に出した。


「伯父さん……これ、覚えてますか?」

「おっ、これは俺が教えたやつよだな?どれ、食べてみようか」


どうかなぁ……ドキドキするな。


「うん、旨い。ソースも俺が教えた通りだな」


伯父さんは満足そうに、ペロリと平らげた。

とりあえず、一安心よね……。


「良かった……。このメニューを、蓮斗さんのお店でも出したいんです。お客様にも食べてもらって、幸せになってもらいたいし、喜んでもらいたくて。でも、その前に……伯父さんに許可をいただきたいんです。よろしくお願いします」


私は伯父さんに頭を下げて、お願いした。


「師匠、俺からもお願いします」


私に続いて蓮斗さんも厨房から出てきて、伯父さんに頭を下げていた。


「おい、蓮斗……。許可をする前に、1つ条件がある」

「はい」


条件?

私は驚いて顔を上げ、伯父さんを見た。


「……由樹を泣かせるな」

「はい」


「それと、俺にまた挨拶に来る時は、1発殴らせろよ」

「はい」


……えっ?それって、どういう意味??


「俺からは以上だ。由樹、蓮斗に泣かされたらすぐに俺に言えよ?こんな男は、腐るほどいるからな」


「……伯父さん?」


どういう事……?

私だけ、全く理解できていないんですけど……。


「師匠、俺達これで失礼します。お忙しい中、ありがとうございました。ほら、由樹……帰るぞ」


「れ、蓮斗さん!?伯父さん、また来ますね」


蓮斗さんは伯父さんに深々と頭を下げると、私の手を引き店を出ていった。



店を出ると、蓮斗さんはそのまま私を車の所まで連れてきた。


だけど、私はまだ……全く状況が分かっておらず、蓮斗さんの行動に唖然としたまま。


蓮斗さんは、私を見ようとしないし……と言うか、何故か私から視線を逸らしている。


「蓮斗さん、さっきの伯父さんとの約束……どういう意味ですか?」

「あ……あぁ、そのままの意味だが」


……?

私を泣かせるなとか、伯父さんが蓮斗さんを1発殴るとかですよ?


「私には……意味が分かりません」

「分からないなら、それで良いよ。由樹、車に乗って待っていてくれるか?店に忘れ物をしたみたいだから、取りに行ってくる」


蓮斗さんは苦笑いした後車の鍵を開けると、店に小走りで戻っていった。

私は言われた通り、車に乗り蓮斗さんを待った。


やっぱり考えても分からない。

だって、伯父さんのあの言葉は……まるで私達が付き合ってるという感じに聞こえたもの。

……何故、伯父さんはあんな事言ったんだろう。

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