第3話 彼の苦悩。その2

開店時間……。


「いらっしゃいませ」

「どうぞ、ご案内致します」

「は、はい……」


俺と琉斗さんは、開店と同時にお客様を席にご案内する。

今日もあっという間に満席になり、キッチンとホールは大忙しだ。


「光、今日も頼みますよ」

「ラジャー!」


琉斗さんにそう言われると、任された気分になるから気がビシッと引き締まる。

まぁ……ちょっとした時間の合間に、由樹ちゃんの様子とかお客様の様子とか見ているんだけどね。


あっ、この間の子だ。

琉斗さんが気に入ってた……あの子。

たぶん……もうすぐ琉斗さんが出迎えるかもね。


「光、あのお客様は僕が担当しますから」

「ラジャー!」


……やっぱり、俺の思った通りだった。

琉斗さんは、あの子が好みなのかなぁ……。

由樹ちゃんが好きなのかとも思ってたんだけど、蓮斗さんの想い人だし諦めたのかもしれないな。

まぁ、俺には瞳(ひとみ)ちゃんという彼女がいるから、他の人の心配をしている暇は無いけどね。


「すみませーん、注文お願いします!」

「はい、ただいまお伺い致します」



「由樹、このチキンをソテーしてくれ」

「わかりました」


キッチンで陽毅さんの助手をし始めて、大変だけど楽しいなって思う。

多分、料理をするのが好きだから……なのかな?

時折、蓮斗さんからの厳しい視線を感じるけど、気を引き締めなくちゃって思えるから、ありがたいって思う。


「由樹、同時にそのソースを温めろ。ソテーが終わったら盛り付けて、その上からかけるんだぞ」


「はい、わかりました」


今日のランチメニューは、チキンのフルーツソースがけと根菜のサラダに焼き立てのパン。

それにプチケーキと珈琲がついている。

一昨日、試作で食べさせてもらったけど、とても美味しかった。

まだ私には、カフェのメニューを考えることを任される段階じゃ無いけれど、いつかは出してもらえる様に頑張ろう。


「チキン出来ました。蓮斗さん、よろしくお願いします」

「あぁ、わかった」


由樹から皿に盛り付けられたチキンを受けとると、トレーにパンやサラダを乗せた。


「光、5番頼む」

「ラジャー!」


あとは食べ終わる頃を見計らって、ケーキと珈琲を出す。


それにしても、まだ3日目なのに由樹の手際が良いことに驚いた。

まぁ……初日は少し戸惑っていたけど、日頃から家で料理をしていた様だし。

すぐに慣れて、陽毅の助手としてよく働いてくれている。

俺としては、張り合いが無いんだけどな……。

しかも、陽毅とあんなに息がぴったりで……少し腹立たしくもある。


「兄さん、眉間にシワがよってますよ?」

「は?」

「……いいえ、何でもありません」


なんだよ。

言いたいことがあるなら、ハッキリ言えって。

それにしても、由樹が料理をしている姿っていうのも、良いもんだな。


「蓮斗さん、ぼーっとしてますが……やっぱり具合が悪いんですね?先に休憩を取ってくださいね?」

「あ、いや……大丈夫だ」


由樹に見惚れていただけなんだが……。


「大丈夫じゃないです!ここは私達に任せて下さい。今、サッと蓮斗さんのお昼作りますね」


由樹はそう言うと、俺の昼食を作り始めた。

そう言えば、今日のまかない飯は何だろうか?

いつもは陽毅がパパッと作っているが、由樹が作るのは始めてだ。

朝食では味わっているが、どんなメニューなのかとワクワクしている俺がいた。


「兄さん、ここは大人しく由樹さんに従って下さいね。今は、お客様の流れも落ち着いているし大丈夫ですから」

「……わかった」


ふぅ……。

琉斗がここにいなかったら、このまま変に浮かれそうになってたぞ。

危ないな……。

由樹が戻ってきてから、いつもの俺じゃなくなってきている。

『鬼の蓮斗』は、何処へやらだ。


「蓮斗さん、出来ました。ゆっくり食べてきて良いですからね?」

「あぁ……」


由樹はそう言うと、俺に昼食が乗ったトレーを渡してきた。


……ん?このメニュー、何処かで見た気がするが?

取りあえず、休憩に行くか……。

俺は『じゃ、お先』と皆に言うと、リビングへのドアを開け……テーブルにトレイを置いた。


由樹が作ってくれたのは、『卵とチキンのクラブサンド』だ。

一口味わうと、とても美味い。

だが、この味は……最近味わったものだ。

そう、これは俺の幼馴染みの店で食べたものと同じなんだ。


由樹が元彼と別れ、その後行方が分からなくなり……俺が一日中探し回った。

だが、見付からず……クタクタになった時、アイツが店に招いてくれて、その時に出してくれた料理だ。

それなのに、何故……同じ味がここにあるんだ?

俺は目の前の料理を味わいながらも、この疑問が気になって仕方がなかった。

由樹に聞けば済むことだろうが、それ以前にアイツの店を知っている筈がないだろうし……。


「一体……何故だ」


いくら考えても、この疑問が俺に解ける事は無かった。



「蓮斗さん、お疲れ様です。具合は大丈夫ですか?」

「……あぁ、なんとかな」


もう交代の時間か。

体調は何ともなかったが、疑問が増えて頭が痛くなりそうだよ。


「これ、美味しそうですよね。由樹ちゃんって料理上手だから、何を食べても美味しいだろうけど」

「そうだな。じゃ、俺は店に戻るぞ」


ホールも忙しくなるだろうしな……。


「ラジャー!」

「由樹、今日の昼のまかない旨かったぞ」

「ありがとうございます。これは、時々ですが……家でも作るんですよ」


蓮斗さんと交代で休憩に入った陽毅さんが、戻ってくるなり私を褒めてくれた。

料理が上手な人にそう言ってもらえると、嬉しさが倍増よね。


「そうか、あの中のソースはオリジナルか?あれが特に旨かったな」

「ソースですか?あれは、前に学生時代にバイトしていた洋食屋の、オーナーに教えてもらったんです」


確かあれは……学校に持っていくお弁当がマンネリ化していて悩んでいた時、簡単でボリュームがあるぞって教えてくれたもの。

このクラブサンドは、あの当時……洋食屋のメニューにはなかったけど、私が凄く美味しかったって言ったら、『いつかはメニューに載せような』って言ってくれたんだ。

あれから何年も経つけれど、オーナーは元気にしてるかなぁ……。


「良かったら、俺にもレシピ教えてもらえないか?由樹さえ良ければ、メニューに採用して御客様にも提供したいしな」

「えっ、本当ですか!?あっ、でも……教えてくれたオーナーに許可もらってみます」


私のレシピじゃないし、念の為……使用を許可してもらえるか話してみないとね。


「そうだな、いい返事を期待してるから」

「おいっ、由樹!いつまでも話していないで、早く休憩行ってこい!」


そうだ……休憩、私の番だった!

そんなに長話してたかな?

久しぶりに、蓮斗さんが鬼の形相なんだけど……。


「あっ、はい……蓮斗さん、スミマセン。陽毅さん、それではお昼の休憩行ってきます」


「おう、行ってこい」

「由樹、急がなくて良いからな」

「はい。蓮斗さん、ありがとうございます」


私は二人にキッチンをお願いすると、自分の昼食を持ってリビングへ行ったのでした。


蓮斗さん……不機嫌なのか、それとも何かあったのかな?

さっきは鬼の蓮斗さんだったのに、今は優しい言葉を掛けてくれて……何だかキュンとしちゃった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る