第18話 新しい家族。その1

「……由樹さん?」

「あっ、琢磨さん」


ホテルの入口で微動だにしない私に、琢磨さんが話し掛けてきた。


「……どうしたのですか?」


琢磨さんが私にハンカチを差し出してきて、顔を覗き込んできた。


「あっ、何でも無いです!そ、それより……琢磨さんが何故ここに?」


泣き顔見られちゃったかな……。

私は急いで涙を拭った。


「プッ……。酷い顔ですね?目がパンダになっていますよ」


え……。

あっ、涙を拭くのに目を擦ったからだ……。

そんなに酷いのかな?

私は、バッグからコンパクトミラーを取り出した。


「あ……」


本当に酷いかも……。

マスカラまで、大変なことになってる。


「由樹さん、あちらに化粧室がありますよ」

「ありがとうございます」


私は琢磨さんにお礼を言うと、顔を隠しながら化粧室へと飛び込んだ。



「仁奈、とりあえずこっちに座れ」


俺はこのままでは長話になると思い、ホテル内のカフェコーナーに場所を移した。

真は疲れたのか子供用の椅子に座って寝てしまっていた。


「さっきの、真の父親って……。蓮斗は、何故あんな事を言ってきたの?私は、何度も蓮斗が父親だって言っているわよね?」

「そうだな。煩いくらい言われたな」


仁奈は、いい加減認めなさいよと腹を立てていた。


「蓮斗、あなたは私の言うことが嘘だと?だから、信じてくれないの?母親の私が、真の父親が誰か知っているのよ」

「あぁ、それは知っている。お前が真に大きな嘘もついた事もな。今ならまだ間に合う。だから、お前は正直になれよ」


俺が父親じゃ無いって事は、お前も知っている筈なんだよ。

だから俺はこんなにも苦労しているのに、お前は全く気付いていないんだな。


「じゃ、聞くけど……真の父親って誰よ?」


そこで開き直るのかよ、どこまでも上から目線なんだな。

もう、俺もいい加減限界なんだよ。

お前がそんな態度に出るなら、俺が真実をぶちまけてやるからな。


「琢磨だろ。アイツしか、思い当たらない。仁奈、お前は俺と別れてから地元へ帰らずにアイツが働く店に通い詰めていただろ?そこで、お前は……アイツに失恋の傷を慰めてもらい、それから琢磨と深い仲になっていった。違うか?」

「…………」


仁奈は俺の話を聞くと、黙り俯いてしまった。

この短期間で、俺が動き回って調べたんだ。

ま、俺の地元だからな……人脈もあるんだよ。

真の父親の情報を知る事と同時に、俺の潔白も証明できたし……一石二鳥だったよ。


「俺の情報力は確かなんだ。仁奈、いつまでも黙っていないで何とか言え」

「…………」


また黙りかよ……。

どうするんだよこの状況、このままでは終わらないだろ。

おっ、そうだ……あれを言い忘れていたな。


「あぁ……そう言えば、琢磨は離婚したらしいぞ。お前に惚れたから別れたとか聞いたけど?」

「……えっ、それ本当?」


ふぅ……やっとこっちを見たな。

やっぱり、仁奈も知らなかったんだな。



「仁奈さん!」


おっ、やっと来たか。

全くお前は……遅いんだよ。


「琢磨、今……お前の話をしていた。仁奈に惚れてるんだってな?しかも、それで離婚までしたとか。俺に遠慮すること無い。真の為だ、全て話してくれ」


俺は、琢磨にちゃんと話せよ……と、目で訴えかけた。


「……はい、その通りです。俺は、あの晩から仁奈さんが忘れられなくて……それで、離婚してしまいました」

「……琢磨」


仁奈は琢磨の言葉を聞き、かなり驚いていた。


「仁奈、琢磨が来たんだ……お前も真実を話せ」


これで、お前も正直になれるだろ。

何も障害が無くなったんだからな……。


「……琢磨、ごめんなさい。真の本当の父親は、貴方なの。貴方の家庭を壊したくなくて、今まで嘘をついていたの……」

「仁奈さん、謝らないで下さい。俺は、貴女が正直に話してくれて嬉しいです。今日から、仁奈さんと真は、俺の大切な家族です」


琢磨は嗚咽を上げながら泣く仁奈を抱き締め、優しく語りかけていた。


「これで、一件落着だな。俺は家に帰るよ。琢磨、仁奈と真を幸せにしてやってくれ」


俺は席を立ち上がると、琢磨にエールを送った。


「はい、蓮斗さん……今まで申し訳ありませんでした。絶対に幸せにしてみせます!」


ハハハ……いい奴じゃないか。

俺に冷たく当たっていたのは、仁奈を奪われたと思っていたからだったんだな。


ま、解決したから全てチャラにしてやるよ。


「じゃあな、たまにはうちの店にも顔を出せよ」


こうして、ようやく問題は解決し……俺はホテルを出て家に帰っていった。



そして翌朝。


「兄さん、宗助さんから電話だよ」


……宗助?由樹が居ない今、もう用は無いはずだが。

「もしもし」


『蓮斗さん、その家宛で由樹の荷物を送るように手配しましたから。よろしくお願いします』


……由樹の荷物?


「おい、宗助……どういう事だ?」

『あれ?由樹から聞いてませんか?俺達、別れたんですよ』


はぁ!?


「お前、由樹を幸せにするって約束しただろ!それを、1日も経たずに破ったのか?」


『仕方無いんですよ、俺では無理だったんです。だから、蓮斗さんが由樹を幸せにしてあげてください。それじゃ、俺は忙しいので電話切りますね』


プー……プー……プー……。


「おい、宗助!」


アイツ、一体何を考えているんだ?

由樹は宗助の事が好きだから、ここを離れるって決めたんだろ?


「兄さん、由樹さんに何かあったの?」

「由樹の荷物がここに届くらしい」


それじゃ、って……。

由樹は……何処にいるんだ?


「荷物って、どういう事?」

「琉斗、由樹を探しにいってくる!」


こんな所で考えている場合じゃない。

由樹は一人で不安な夜を過ごしたはずだ。

俺があの時引き止めていたら、そんな思いはさせなかったのに!


「兄さん、えっ!?由樹さんを探しにって……」


俺は琉斗に説明している暇はないと、家を飛び出し……車に乗り込んだ。



「ん~!おはようございます!あれ……?琉斗さん、どうしたんですか?あれ?蓮斗さんは?」


光が、欠伸をしながら部屋から出てきた。

全く……呑気ですね。

それは俺が聞きたいですよ……。


「兄さんは、由樹さんを探しに行きました。先程、宗助さんから連絡があったのですが……僕も良くわかりません」


荷物が届くと言われましたが、まさか普通の荷物ではないですよね?

宗助さんと由樹さんの間に、何かあったのでしょうか?


「そっか、由樹ちゃんがまだ何処かにいるなら……きっと、帰るのを止めたんですよ!良かった、また会えるんだ!蓮斗さん、頑張れ~」


光、それを言うのはまだ早い気がしますが……。

俺も期待をしつつ、兄さんを応援しますよ。


「さて、僕達は開店準備をしましょうか」

「ラジャー!」



「いらっしゃいませ!お客様、ご案内致します」


光はいつも以上の笑顔で接客中です。

何故なら、彼女がランチに来るとかで張り切っているんです。


兄さんはというと、まだ帰ってきません……。

オーナーなのに、良いのでしょうか?


「琉斗さん、これ頼みます」

「はい」


俺は厨房を陽毅さんに任せて接客係です。

あまり忙しくなると、この笑顔が崩れるかもしれません。

早く帰ってきてもらいたいです……。


「お待たせ致しました、今日のランチです」

「わぁ、美味しそう!」


そんなに喜んでいただけると、私も嬉しいです。


「……では、ごゆっくりお寛ぎくださいね」

「は、はいっ。ありがとうございます」


可愛いなぁ……。

っと、見惚れている場合ではありませんね。

自分の中に閉じ込めている狼が、久しぶりに出そうになりました。

ふぅ……勤務中はいけません、いけません。


「光、僕は洗い場に入りますから」

「ラジャー!」


洗い場で集中すれば、落ち着くでしょう。

これはきっと周りで浮かれているから、俺も影響を受けているのでしょうか?

全く……このキャラを維持するのも、最近は疲れるんですよね。


『氷の王子』なんて高校時代に変なあだ名を付けられてから、変に自分を作っていましたから……。

まぁ……沢山の女性から言い寄られるのが嫌で、冷たい対応をしていましたから、仕方が無いのですが。

そして高校卒業後、このあだ名が嫌で俺は笑顔を作り今の自分になっている。

でも、『王子』キャラは変わらないらしいですね……。


「あの……、まだ営業していますか?」

「えぇ、どうぞ。ご案内致しますね」

「ありがとうございます!」


ふぅ……。

この地の俺を見せられる女性が現れるまで、続けるしかないでしょうか。

由樹さんみたいな女性がもう一人いたら……。


「どうぞ、こちらにお掛けください。今の季節、ここから綺麗な紅葉が見れますよ」

「わぁ、本当ですね!綺麗~」


そう、こんな感じの癒し系の女性が良いですね……。

「気に入っていただけて、良かったです。では注文が決まりましたら、お呼びくださいね」


「はいっ!」


あぁ、久しぶりに癒されそうです……。


「琉斗さん、何だか嬉しそうですね~?」

「そうですか?光の気のせいでしょう」

「そうかなぁ……?あのお客様が来た時から、楽しそうですよ?」


楽しそう?

自分では気付きませんでしたが、確かに……彼女が現れてからは、疲れが無くなり元気になった気がします。


「光、僕の事は良いですから。それより、閉店の札を出してきて下さい」

「ラジャー!」


光に分かってしまうなんて、俺もまだまだですね。

これでは他のお客様にも知られてしまいます。

少し早いですが、閉店にしてしまいましょう。

さて私は彼女の注文を聞きつつ、あの癒しの雰囲気を堪能させていただきましょうか。

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