第66話 ご報告

 十月に入り、放課後には少し肌寒い日も出てきた。

 俺と香月さんは並んで帰宅する。

 二学期はじめはじろじろ見られたり、嫉妬混じりのことを言われたりもしたがいまはそんなこともない。

 みんな諦めがついたようだ。


 隣を歩く俺も、キスをして以来なんだか少し自信がついた気もする。

 もともと他人にどう思われようが気にも留めてなかったが、香月さんの彼氏であるという実感が沸いてなかったからだ。

 馬鹿馬鹿しい話かもしれないが、キスをしたことでいまは揺るぎない自信がある。

 不思議なものだ。


「寒くなりましたね」

「香月さんは寒いの苦手?」

「はい。冷え性なんです」

「そうなんだ。冷え性に効くツボもあるんだよ」

「是非お願いします!」


 食い気味で反応してくるところを見ると、よほど毎年冷え性に苦しめられているのだろう。


「でもマッサージもいいですけど、お父様やお母様にもご挨拶に行きたいです」

「そういえば吾郷のことでバタバタしてたし、すっかり忘れていたな」


 正式に付き合いはじめてから香月さんからはことあるごとに俺の実家に挨拶に行きたいと言われていた。


「じゃあ次の週末に行きましょう!」

「分かった。じゃあ父さんや妹に伝えておくよ」

「はい!」


 わざわざ挨拶なんていいのに香月さんは真面目だ。

 でもそういうところも嬉しい。



 香月さんを連れて二度目の帰省。

 彼女だと嘘をついて香月さんを連れて帰った前回に比べ罪悪感はないが、なんだか気恥ずかしさはあった。

 車窓に自然の割合が増えてくると香月さんは嬉しそうにそれらを愛でていた。

 紅葉の季節はまだ少し先だが、既にほんのり色づき始めた木々も見える。


「お兄! 香月さん、おかえり!」


 駅に着くと春花が飛び付く勢いで駆け寄ってくる。


「お久しぶりです、春花ちゃん」

「本当にお兄と付き合ってくれたんだね! 後悔はない?」

「ちょ、春花」

「もちろん! むしろ私なんかで申し訳ないくらいです」

「だってさー! よかったね、お兄。大切にしなよ!」


 生意気な口は相変わらずだ。


「よく来てくれたね」

「あ、お父様。その節は嘘などついて大変失礼しました」

「いやいや。こいつにこんなに可愛い彼女が出来たなんてあり得ないからすぐに分かったよ。まさか本当にうちの息子と付き合ってくれるなんてなぁ」

「相楽くんは素敵な人です。私なんかじゃもったいないくらいに」


 うちの家族の俺への評価も散々だが、その度に恥ずかしげもなく俺を誉めちぎる香月さんもなかなかのものだ。

 恥ずかしくて逆に居心地が悪い。


 早速お墓へ母さんに報告しに行くこととなった。

 母さんの眠るお墓は綺麗に掃除されている。

 いつも父さんがやって来ては掃除をしているからだ。

 ここに住んでいた頃、俺はほとんどお墓参りをしなかった。

 お墓を見るだけで胸が苦しくなり、罪悪感で身体が震えたからだ。


 でもいまは違う。

 落ち着いた気持ちで墓石の前に立つことが出来る。

 時が癒してくれたということもあるが、香月さんのお陰でもある。

 何もかもが嫌になって心を閉ざしていた俺に、香月さんが光を照らしてくれた。

 香月さんはいつも俺に感謝してくれているけど、俺も香月さんには感謝している。


 香月さんは線香を供え、手を合わせて目を閉じていた。

 祈るようなその横顔は、澄んだ空気のような清涼感があった。


 俺も手を合わせて目を閉じる。


『母さん。心配ばっかかけてごめん。でも俺はもう大丈夫だから。これからも天空から見守っていて』


 目を開けるとにっこりと微笑む香月さんの顔があった。


「お母様との約束を守れました」

「母さんとの約束?」

「はい。前回のお墓参りで必ず本当の恋人となって戻ってきますって約束したんです」

「そうだったんだ……」


 俺たちはすぅっと顔を上げて空を仰ぐ。

 秋の高い空に浮かぶ雲より遥か高いところから母さんがこちらを見て笑っている。

 そんな気がして俺も笑った。



 家に戻ると父さんが香月さんにあれこれと質問する。

 やれ俺のどこに惚れたのかとか、ご両親はどんな人なのかとか。

 それら一つひとつに香月さんは丁寧に返していく。


「いやぁ、こんな素敵なお嬢さんが息子のお嫁さんで来てくれたらなぁ」

「お、お嫁さんですか……!?」

「ちょ、父さん!」


 いきなりの発言に香月さんは顔を真っ赤にする。


「いきなり過ぎるってば! 香月さんビックリしてるでしょ!」


 さすがの春花も父さんを窘める。


「今すぐじゃないぞ? 高校卒業して、大学に行って、社会人になってからだ」

「き、気が早すぎるって! 香月さん困ってるだろ!」

「そうか? あっという間だぞ? 大樹も春花もついこないだまで赤ちゃんだったんだ。それがもうこんな大きくて生意気になって」


 香月さんは紅潮した顔で、手にした湯呑みに視線を落としている。


「い、いずれはそうなればいいなと思っております……」

「ちょっ……香月さん」


 真面目に答える香月さんに父さんはにっこり笑って「そうか、そうか」と頷く。


「えー、そうなったら香月さんお姉ちゃんじゃん! やった!」

「は、春花まで!」

「こんな美少女過ぎるお姉ちゃん欲しかったの!」

「私も春花ちゃんみたいな可愛い妹ちゃん欲しかったの」


 二人はニマニマして手を繋いでいる。

 ふと香月さんがウエディングドレスを来ている姿を想像し、俺も惚けてしまう。

 そんな夢のような未来もあり得るということもある現実に、急に鼓動が早くなった。





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 いつも応援頂き、ありがとうございます!

 これにてこの章は完結です。

 だんだん甘々な二人になってきて、私も身悶えながら書いてます。

 そんな悶々とした気持ちをマッサージシーンで発散できるので、我ながらなんか便利な小説を書いたなぁと思ってます。

(マッサージは医療行為です)


 さて次章ではどんなことが待ち受けているのでしょうか?

 そしてどんなS…マッサージが登場するのでしょうか?

 お楽しみに!


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