第64話 それぞれの道
濱中や沖田、そしてそれらの友達などがインスタグラム等のSNSで拡散するとそれなりに拡散された。
行列が出来るほどではないにせよ出だしとしては好調で、見ず知らずの人も写真をアップしているのも見かけるようになった。
またランチのテイクアウトオムライスもOLさんを中心にまずまず好調だ。
はじめは店にやってきて満席だから買っていくという具合だったが、近頃でははじめからオムライスを買いに来る人もいるそうだ。
その中にはこれまで店に来ていたお客さんじゃない人も多いらしい。
新たなサービスが新しいお客さんを呼び込んだというわけだ。
こうしてプランは軌道に乗りはじめた。
放課後、俺と香月さんは手伝いを兼ねて喫茶『ago』へと向かった。
店内は岩見が広めた予備校の生徒たちが目立ち、ワッフルを買いに来る人もそれなりにやって来る。
ワッフルを担当しているのは吾郷だ。
はじめは手間取っていたらしいが今はずいぶん手際よくこなしている。
その隣でちゃっかり岩見もお手伝いをしていた。
「結構たくさんお客さんが来られるんですね!」
少し客足が途切れたところで香月さんが汗を拭きながら微笑む。
「ああ。ほんと、相楽たちのお陰だ。ありがとう」
「いや、この店のもともと持ってるポテンシャルが高いからだ。それに案だけ出してもそれを実行する行動力も大切だし。だからこれは吾郷や店の力なんだよ」
「そんなことあるか。あんなアイデア、俺だったら絶対生まれなかった。相楽にも香月さんにも、クラスのみんなにも感謝してる」
岩見はエサをお預けされた犬みたいな顔をして吾郷を見ていた。
「もちろん岩見さんにも感謝してる」
「お、お役に立てて嬉しいです……」
岩見は俯いて、メガネのブリッジをくいっと押しながらボソボソっと呟く。
これは店の建て直しより二人の恋愛が進展するほうが時間がかかかりそうだ。
「これで人を雇って吾郷くんも学校に行けますね!」
「そのことなんだけど……ごめん。俺やっぱ中退して店継ぐわ」
カラッと笑う吾郷に香月さんと岩見は目が点になる。
そうなるだろうなと薄々感じていた俺は「そうか」と頷いた。
「な、なななんでですか!? せっかく余裕も出来たじゃないですか!」
「ごめんな、香月さん。でも余裕が出来たとは言え、まだまだこれからだ。それにこの流れを一過性のものにしないためにも頑張らなきゃいけない」
「人を雇って放課後とかだけじゃダメなんですか?」
「ああ。俺はまだまだ覚えることも多い。もっと腕を磨いていまよりもっといい店にしていきたいんだ」
「そんなのダメ!」
呆然としていた岩見が感情のままに叫ぶ。
「高校は出た方がいいよ! 学べるときに学ばないと後悔するよ?」
「俺は学校の勉強より料理や店のことを学びたいんだ」
「経営のこととか経理のこととか勉強しておいて損はないですってば!」
「そういうのはおふくろがしてるし」
「お母様だっていつまでも出来る訳じゃないんですよ!?」
「それはそうだけど……そんときは経理とかに強い嫁さんもらうからいいよ」
「お、お嫁さん……?」
苦し紛れのジョークだったのだろうが、岩見の動きが止まった。
きっといま彼女の脳内はフル回転している。そしてなにやら答えが見つかったのか、顔を赤らめていた。
この瞬間、岩見は志望学部を商学科か経営学科に変更したのだろう。
「でもっ」
「別にもう二度と吾郷と会えなくなる訳じゃない」
なおも食い下がろうとする香月さんを宥める。
「あれこれ考えてくれたのに悪いな」
「いや。吾郷が考えて決めたことなら、俺は応援するよ」
「ありがとな」
「これからも店に遊びに来させてもらうぞ」
「もちろん。大歓迎だ」
「……吾郷くんの人生ですもんね……私の理想ばかり押し付けてごめんなさい」
「よ、嫁というのは具体的にいつから探す感じでしょうか?」
一人だけ話が噛み合っていないが、なんとか騒ぎは収まった。
話し込んでしまっているうちに新たなお客さんが来ており、俺たちは慌てて仕事に戻った。
「やっぱり相楽くんは周りの人を幸せにする力があります」
帰り道、香月さんは感慨深げに呟いた。
「相変わらず大袈裟だなぁ」
「だって吾郷くんすごく楽しそうに働いてましたよ。はじめにお店に行ったときはあんなに渋い顔していたのに」
「そう言われれば」
最初に店に訪れたときのことを思い出す。
あの時の吾郷は刺々しくて疲れた顔をしていた。
なにか重いものを背負わされたような、悲壮感ある決意を滲ませていた。
「よかったよな、俺たちも少しは役に立てて」
「はい。あ、でも……」
「なに?」
「ううん。なんでもありません」
「えー? 気になる。教えて」
「こんなこと言っても嫌わないでくださいね?」
「もちろん」
香月さんはモジモジとしながら俺の顔をチラチラと見る。
「樹里さんのことなんですけど」
「樹里? あー、濱中のことか。どうしたの?」
「今回の件で樹里さんにも協力してもらってもちろん感謝してるんですけど……あれ以来相楽くんがカッコいいとか、友達想いのいい奴とか、誉めてまして……嬉しい反面、なんか取られてしまうのではないかと不安になりまして……ごめんなさい。嫉妬なんて醜いですよね」
「は? ないない。あり得ない。俺は香月さん以外の女子なんて興味ないから!」
「で、でも! ワッフルのアイデア出してるとき、すごく仲良さそうにしてました!」
「それは濱中のアイデアがすごくよかったから」
「どうせ私は相づちを打つだけですもんね」
「そんなこと言ってないってば」
「あー、ごめんなさい。私、可愛くないですよね……ほんと、嫌になる」
香月さんは頭を振って泣きそうな顔になっていた。
「考えすぎだって。それに嫉妬してくれる香月さんも可愛いよ」
「うそ。面倒くさい女だーとか思ってるでしょ」
「思ってない」
「本当ですか?」
「本当だ。てか濱中もカッコいいとか誉めてるのは香月さんをからかってるだけだと思うよ?」
「そうでしょうか?」
ここ最近ワッフルのことばかりで香月さんとこうして二人きりで話すことが少なかった。
だから不安にさせちゃったのかもしれない。
「俺が好きなのは香月さんだけだから」
「はい。私もですよ。相楽くんのことだけです」
「ありがとう」
はじめてちょっと喧嘩になりかけたけど、すぐに機嫌を直してもらえて助かった。
「あー、なんかホッとしたら肩がこりました」
「え? 普通逆じゃない?」
「今度のお休みはマッサージして欲しいな」
なんだかやけにしっとりした声でおねだりをされる。
仲直りの印みたいにマッサージをおねだりする人も珍しい。
そういえば通常のカップルは仲直りの時に何をするものなのだろう?
そんなことを考えながら、二人で秋が深まりつつある夕暮れを歩いていた。
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