第63話 ビデオレター
「テイクアウトっていうのがポイントなんだ。店で食べるなら収容人数に限界があるだろ? でも持ち帰りなら店舗には負担をかけない」
「それは私も同じ考えに至ったわ」
岩見は負けじと口を挟んできた。
「ランチのピーク時、満席だからって帰る人がいるって聞いた。だから私はお持ち帰りを提案したの」
「なるほど。お弁当か。でもこの店のメニューをお弁当にするのは大変なんじゃないの?」
「オムライスよ。オムライスをドーム状の容器に入れて蓋付きカップにスープを入れて販売するの」
岩見は得意気に人差し指をピッと立てて語るが、吾郷は渋い顔をしていた。
どうやら既に提案しているが吾郷は却下していたのだろう。
「ランチ前に用意しておけば商品を渡すだけでいいから楽でしょ? 作り置きだけどその分価格を下げておけばお得感あるし」
「店は店で営業すれば二段構えで売り上げ上がるな」
「サラダとかもあわせて売るといいかもしれませんね!」
「いい考えだと思うが、却下だ」
盛り上がる俺らに吾郷が冷ややかな言葉をぶつけた。
「オムライスもワッフルも出来たてが一番うまいんだ。そんな冷えたものを提供するなんてあり得ない。うちの看板を汚すだけだ」
「吾郷の言うことはもっともだ。間違ってはいない。でも売り上げを伸ばすためになにかを変えるのも必要なことじゃないか?」
吾郷の目を見て訴える。
しかし吾郷はその妥協はあり得ないと首を横に振る。
「この店はおやじとおふくろが苦労して作り、守ってきた店だ。レシピだって考え抜き、少しづつ手を加えて改良してきた。それを簡単に変えるようなことは出来ない」
「龍生」
静観していたおばさんが吾郷に声をかける。
「なんだよ? おふくろが何を言おうがこれはそう簡単な話じゃねぇんだよ」
「これを見て欲しいの」
おばさんはスマホをスタンドに設置して動画を再生する。
そこには病室のベッドの上で半身を起こした男性が映っていた。
「龍生、悪いな、苦労かけて。ずいぶん頑張ってくれていると母さんから聞いている」
「おやじ……」
お父さんからのビデオレターだ。
この相談をするため、香月さんは吾郷にプランを話すのを数日延期させていた。
「病気の方は大したことない。すぐによくなって退院する。だからお前は心配せず学校を続けろ……と言ったところで聞いてくれないんだろうな」
おじさんは病的な感じに痩せている。
おそらく病床に伏せる前はもっとがっしりした人だったんだろう。
痛々しげな表情で父を見る吾郷を見てそう感じた。
「お前は小さい頃からその店が好きだったな。邪魔になるだけなのに手伝うなんて言って俺も母さんも笑いながら困ったものだよ。そんな幼かったお前が今必死で店を守ろうとしてくれている。ありがとうな」
おじさんは隠すように目許を拭って笑った。
「お父さん。遺言じゃないんだから」
「おー、そうだったな。ベッドの上で息子にビデオレターなんて撮ってると、つい」
動画の中の二人のやり取りに俺たちのなかで小さな笑いが生まれる。
吾郷も微かに笑っていた。
「母さんから聞いたぞ。友だちが店のために色々とアイデアを出してくれてるんだって? ありがたいことだな。でもお前のことだから『そんなのやらない』とか言ってるんだろ? お見通しだ。なんせ龍生の父親を十六年もやってるんだからな」
「うるせーよ」
「俺が戻るまで、今はお前が舵を取れ。俺や母さんに気を遣う必要はない。お前たちの世代にはお前たちの世代の考えやらやり方がある。病気になって、考える時間が増えて、俺もようやくそのことに気付けた」
おじさんはまるで吾郷を見詰めるようにじっとカメラを見て微笑んでいた。
「龍生を心配して力になろうとしてくれる仲間がいる。そのことが俺は誇らしい。仲間はどんなものより大切な財産だ。そんな仲間を大切にしろよ」
「おやじ……」
「俺もたくさんの仲間に助けられて今まで店を続けてきた。お前もその店を守りたいなら、仲間を大切にな」
そこで動画は終わっていた。
「このワッフル、可愛いんじゃない? オムライスのテイクアウトもいいアイデアだと思うわ」
おばさんはスティックワッフルを手に取り、ニッコリと微笑んだ。
「そんなワッフル、駄目だ」
「龍生……」
吾郷は充血した赤い目で首を振る。
「そんなにデカかったら食ってる最中ポロって落ちるだろ! もっと小さくしないと。どれくらいのサイズがいいか、みんなで考えさせてくれ」
「吾郷……」
「うん! みんなで考えよう!」
サイズやチョコの付け方、ピスタチオの量、価格、販売方法などをみんなで決めていく。
実は店の前でものを売るということは昔もしていたことがあるらしく、販売台やら保温ケースなどは使い回すことが出来た。
こうして完成したテイクアウトプランはスタートすることとなった。
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