第46話 拗らせ幼馴染みの終焉
準備が終わると既に日が傾いていた。
辺りには灯りが少ないので暮れるのが早い気がする。
「さあ、焼こうぜ!」
「おー!」
串に刺した野菜やお肉を焚き火の上に並べると芳ばしい香りが漂い始めた。
次第に肉汁が滴り、炭に落ちてじゅっと音を立て始める。
「んー。いい香り。お腹空いてきた!」
「もう食べられるんじゃね?」
「ちょっと! まだ早すぎるよ、もう!」
冗談で串を取ろうとした陽祐に沖田さんがマジツッコミをいれる。
香月さんは笑いながらみんなにジュースを配っていた。
「ありがと」
「みんなとこうしてバーベキューができるなんて考えてこともなかったです。素敵な提案をしてくださってありがとうございます」
「俺の方こそありがとう。泊まりのキャンプに来てもらえるとは思わなかったよ」
香月さんと付き合い、泊まりで旅行する。
夏の終わりにこんな素敵な展開があるなんて、セミが鳴き始めた季節には想像さえしていなかった。
焼き上がったバーベキューをみんなで食べる。
焦げそうだからと慌てて食べ始めたけど、玉ねぎはまだ少しシャリッとしている。
火加減や材料の大きさはまだまだ検討の余地はありそうだ。
でもそんなことは気にならないくらいとても美味しかった。
食事は何を食べるかより、どこで誰と食べるかの方が大切なんだって改めて思い知らされる。
母さんがまだ生きていた頃、よくこうしてみんなでバーベキューをした。
あのとき食べたバーベキューと似た美味しさを感じていた。
食後はお湯を沸かしてコーヒーを飲む。
デザートはスキレットに食パンを並べ、そこにバナナ、マシュマロ、チョコを乗せて焼いたものだった。
お腹いっぱい食べたはずなのに食べられるから不思議だ。
「でさー、陽祐って小学生の頃からバカだったの。テストとか信じらんないくらい悪い点で。よくうちの高校入れたよねー」
「うっせー。沖田だって算数苦手だっただろ」
「苦手な私より低い点数だったくせに」
二人は思い出話で盛り上がっている。
とはいえ恋愛的に『いい雰囲気』というわけではないけれど。
「でも面白いから人気はあったんだよね」
「べ、別に人気なんかねーし」
じとーとした目で睨まれ、陽祐は気まずそうに視線を逸らす。
「クラスの女子でこっそり人気男子の投票したら生意気に三位だったの」
「へぇ。すごい。陽祐くんカッコいいですもんね」
「どこが?」
掩護射撃のつもりで放った香月さんの言葉に沖田さんが真顔で力強くツッコむ。
「しかもクラスで一番人気あった女子からコクられて、生意気にも陽祐フッてたの。あり得なくない?」
「いいだろ、別に。ていうか沖田も
「た、武石はなんかモテるアピールウザいし、キモいから」
「キモくねーし。てかそのアンケートで一位だった男子って誰だよ?」
「…………武石」
「ほら、やっぱ人気なんじゃねーかよ。沖田の方があり得ねーだろ」
なんか二人とも顔が赤い。
ちょっといい感じになってきたっぽくないか、これ?
でもここから突然残念な展開になってしまうのがこの二人の特徴だ。
「ちょっともったいなかったとか後悔し──」
「なあ、陽祐」
沖田さんの声を遮って陽祐に問いかける。
「なんで陽祐はそんなクラスで人気の美少女を振ったんだ?」
「そ、それはだな……」
逃げるな。
そのメッセージを籠めてじっと陽祐を見詰める。
「ほ、ほかに好きな女がいたからだよ……」
夏の虫の声に負けそうな声量で呟く。
沖田さんはビクッと身体を震わせ、不安と期待が入り乱れた表情になる。
「へぇ。誰?」
「ちょ、相楽っ……いまは」
「私も知りたいです」
「こ、香月さんまで……」
陽祐はいきなり汗を額に浮かべ、オロオロする。
「教えて、陽祐……私も知りたい……」
沖田さんは俯き加減で陽祐に問い掛ける。
いつものような溌剌とした感じではなく、守りたくなるような弱々しい姿だった。
ここで言わなきゃ男じゃない。
俺は目に力を込めて陽祐を見守る。
「そ、それは……お、沖田だよ。当たり前だろ……」
陽祐が想いを告げた瞬間、沖田さんはボフッと音を立てそうなほど顔を赤らめて首をきゅっと竦めた。
「う、うそ……絶対うそ……そんなわけないもん……」
「嘘なんてつくか。俺はあの頃から、今でもずーっとお前が好きなんだよ!」
「だって陽祐いつも私のことを『スカートを穿いた男子』とか『色気ゼロ』とかいじってたじゃん!」
「そ、それは、好きだからついからかうというか」
「なんか思い出してムカついてきた! すごく傷ついたんだからね!」
「それより沖田さんはどうなんですか? 陽祐くんのこと、好きなんですか?」
照れ隠しで暴走しそうになった沖田さんを香月さんが止める。
ナイスアシストだ。
「す、すす好きっ……ていうか、陽祐はずっと一緒だったし……」
「それは好きじゃないってことですか?」
香月さんはニヤりと笑って沖田さんの顔を覗き込む。
「だから、それはっ……その……すき、かな」
「ん? なんですか?」
「もう、いじわるしないで! 好き! 私も陽祐のこと好きだし! 武石フッたのも陽祐が好きだから!」
やけくそ気味で沖田さんが告げると陽祐は顔を真っ赤にして硬直した。
「えっ、嘘……マジで……?」
「こんな嘘つくか、ばか!」
二人は見たことないほど緊張しあって向き合っている。
むしろこの状態でお互いなんで相手の気持ちに気づかなかったのか不思議なくらいだ。
「俺、沖田と同じ高校入るために死ぬほど勉強頑張ったんだからな」
「そ、それだったらもっと早くコクればよかったでしょ。ずっと待ってたんだから……」
「フラれたら気まずいじゃん! てか沖田が言えばよかっただろ」
「やだよ! 恥ずかしいもん」
いつものような口喧嘩風だけど、確実にお互い喜んでいる。
香月さんが俺のシャツの裾を引っ張り、森の方を指差す。
二人きりにさせようって意味だろう。
俺は頷いて立ち上がる。
「ちょっ!? 相楽、どこ行くんだよ! 香月さんまで!」
「俺たちも二人きりで話がしたいんだよ。じゃあな」
「えっ!? ちょっと待ってよ」
「お二人でゆっくり話してくださいね」
縋る二人を置き去りにしてキャンプ場から離れていく。
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