第41話 初イキり

 模擬テストが終わり、その足で俺の部屋に香月さんと岩見がやって来ていた。

 テストの結果は一ヶ月後まで分からないので自己採点をして決着をつけるためだ。

 不正を防止するため答案は互いに交換している。


「結構難しかったよね。岩見さんはどうだった?」


 香月さんは笑顔で話しかけるが、岩見は鋭い目で睨み返す。


「今回は逃げなかったんだね。それだけは誉めてあげるわ」

「うん。ありがとう」

「はぁ……なんか香月さんと喋っているとこっちの調子が狂う」

「そう? 私は岩見さんと話していると楽しいよ」

「そういうとこ。なにいい子ぶってるわけ? 男の前ではそうやっていい顔するんだ?」

「ストップ。そこまでだ」


 ヒートアップする岩見を制する。


「今日は喧嘩するために集まったわけじゃないだろ」

「そうね。さっさと始めましょう」


 自分でふっかけておいて岩見は涼しい顔で採点を始める。

 表情や態度を見るからに岩見は自信があるのだろう。

 香月さんはちょっとバツの悪そうな笑顔を僕に向けてから採点を始めた。


 教科は英語、国語、数学。テスト終了と共に生徒が答え合わせできるよう、ネット上に回答が解説と共にアップされていた。


 採点を進めていくにつれ、岩見は「嘘!?」とか「そんな……」と呟いて表情を青くしていっている。

 そんな岩見を香月さんは心配そうな眼差しで見守っていた。


 結果は香月さんの圧勝だった。

 納得いかない岩見は自分の答案を再度自己採点したが、結果はもちろん変わらなかった。


「そんな……なんで……私は怠けずにずっとこの四ヶ月間勉強だけをしてきたのに」

「テストは運もありますよ。たまたま今回は──」

「やめてっ!」


 岩見は悔しさで充血した目で香月さんを睨んだ。


「慰めとかしないで! あなたのそういう言葉にこれまでどれだけ傷つけられたと思ってるの! 上から目線の嫌みにしか聞こえないから!」

「お前いい加減にしろよ! なんで香月さんの優しさを理解してやれないんだよ! 今の香月さんの言葉のどこが上から目線なんだ!」

「勝負に勝った上で人を思いやる余裕を見せるなんて見下してるとしか思えないでしょ!」

「上から目線じゃないだろ。お前が勝手に卑屈になって見上げてるだけだ! 香月さんのせいにするな」


 岩見は顔を赤くして更になにか反論しようとした。


「私は岩見さんが羨ましかったよ」


 香月さんがまっすぐ岩見を見て呟く。


「高校入試も気負いすぎずしっかりと力を出せる強さが羨ましかった。私は怖くて頭が真っ白になっちゃうのに、岩見さんは違った。私もそんな風になりたかった」

「それは……」


 岩見は言葉を詰まらせて目を反らした。


「前向きになれず、いつもプレッシャーを抱えて生きてきた私を変えてくれたのが、相楽くんなの」


 ニコッと微笑んで俺を見詰める。

 照れくさいけど俺も笑顔で頷き返した。


「相楽くんは私に未来を期待することや、今を楽しむこと、理由もない恐怖に怯えないことを教えてくれた。だから相楽くんと過ごした時間は決して堕落なんかじゃないよ」

「……堕落は言いすぎた。謝る。ごめんなさい」


 岩見は俺の目を見て深々と頭を下げる。


「いや、まあ。分かってくれればいいけど」


 素直に謝れるところを見ると、元々そんなに悪いやつではないのだろう。


「香月さんも、ごめん。ひどいこと言っちゃって」

「ううん。私も無意識に傷つけてたんだね。ごめん……ってこうやってすぐ謝ったり気遣ったりするのが嫌なんだよね」

「ううん。それが香月さんの性格だって、本当はちゃんと知ってるから」

「いや、ダメ。すぐに謝ったりしないから」


 そういうとすぅーっと香月さんは大きく息を吸った。

 そして──


「いえーい! 私の勝ちですね! やったー! やっぱり堕落とかしてませんでしたし!」

「へ?」

「こ、香月さん?」

「勝ったので謙虚にならず、イキってみました」

「やっぱり悪影響を与えてるんじゃ……?」


 岩見は非難がましい目で俺を見る。

 いや、俺、香月さんの前であんなイキりかたしたことないし……


 イキりが功を奏したわけではないだろうが、二人はまた打ち解けられたようだった。

 いきなり以前のようにとはいかないだろうけど、徐々に親交を取り戻していくだろう。


「それじゃお邪魔しました」


 玄関先で岩見は俺にもにこっと笑顔を見せる。

 険しい表情ばかりを向けられてきたけど、笑うとそれなりに愛想があって可愛らしかった。


「またね! 今度ゆっくり話そうね」

「うん。約束ね。私も息抜きとか必要だなって思ったし」


 急に岩見は真剣な顔になって俺を見る。


「香月さんのこと、泣かせたりしたら私が許しませんから」

「そ、そんなことするかよ」

「どうかな? 相楽くんモテそうだし。まあ彼女は大切にするタイプっぽいけど」

「い、いや、俺と香づ──」

「それじゃ!」


 言うだけ言うと、岩見はさっさと出ていってしまった。

 わざわざ追いかけて「香月さんと俺は付き合っている訳じゃない」と言うのもおかしいのでそのままにする。


「さあ、次は相楽くんの番ですね!」

「なにが?」

「ほら、テストが終わったら言うことがあるって言ってたじゃないですか」


 香月さんは興味津々といった顔だ。

 どう見ても告白待ちをする女の子の顔じゃない。

 ましてや香月さんは照れ屋で緊張しがちな性格だ。

 まさか俺が今から告白するなんて夢にも思っていない様子だった。


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