第37話 見上げた空は青
香月さんは俺と遊ぶことでむしろ集中力な高まると言ってくれたが、さすがに模試までは会うことを控えることにした。
寂しいが、岩見を見返すため、お父さんに認められるためと思えば一週間ちょっとの期間は我慢できる。
むしろ香月さんの方が納得してくれなかったけど、試験のあと一日中遊ぶという約束と交換条件で渋々了承してくれた。
こうして香月さんと会えない夏休みがはじまった。
かっこつけて会わないことを誓ったものの、いざ会えなくなると異常に寂しい。
今は何を見ても何をしても香月さんを思い出してしまう。
そんなある日、久し振りに陽祐から連絡があった。
「陸上大会?」
「そう。一緒に観に行こうぜ」
「それって沖田さんが出る大会だろ?」
「もちろん」
「じゃあ一人で行けよ。その方が沖田さんと話しやすいだろ」
「冷たいこというなよ。そもそもあいつは陸上部の仲間と一緒だから話す暇ないし」
「まあ、そうか」
ようは一人だと暇だからついてきてくれということなのだろう。
「お互い近況報告もしようぜ」
「仕方ないな。分かったよ」
沖田さんが頑張るところを応援したいという気持ちもあったのでオッケーする。
大会当日はよく晴れた日だった。
平日だし高校の県大会だから観客席は空いている。
気合いを入れた強豪校は応援も少しいるが、ほとんどは仲のいい友達と家族がちらほらいる程度だ。
「おーい、沖田!」
観客席から手を振るとアップをしていた沖田さんが振り返る。
しかし俺たちがどこにいるのか分からないようで、キョロキョロと視線をあちこちに向けていた。
「ここだよ、ここ! 頑張れよ!」
大声で手を振る陽祐に気付いたようで、沖田さんはカラッと明るい笑顔で手を振り返す。
その手首には陽祐がプレゼントした薄い水色のリストバンドがあった。
先日会ったときよりさらに焼けた肌に浮くように目立っている。
「仲直りしてうまくやってるみたいじゃん」
「まぁ、ぼちぼち。仲良くなったというより前に戻ったって程度だけどな」
「そんなことないって。困難を乗りきった分、前より絆は強くなってるよ」
「だといいけど」
靴底にトラックの感触を馴染ませるようにピョンピョン跳ねる沖田さんを見ながら陽祐はため息をつく。
沖田さんの細くとも逞しい身体は野生の草食動物のようだ。
「そういう相楽はどうなんだよ? 香月さんと進展あったのか?」
「うーん……進展というか。二人でテーマパークに行ったよ」
「マジか!? 泊まりで!?」
「んなわけねーだろ。日帰りだよ。パレードさえ見られなかった」
「それでもいいじゃん。香月さんと二人でテーマパークなんてすごいな。カップルじゃん」
「違ぇーし」
俺たちが取り留めもない話をしている間に大会は始まる。
沖田さんの種目である1500m走はまだ先だから会話を続ける。
「もうコクっちゃえよ」
「いや、実は俺もそう思って覚悟を決めたんだよ。そしたら──」
コクる直前に岩見がやって来て、話が思わぬ方へと展開していったことを説明する。
「なにそれ? その岩見とかいうヤツ、かなり痛いな」
「だろ? でも香月さん的にはかつての親友だから悪くはいえないみたいでさ」
「そんな勉強一筋のヤツと勝負して勝てるのか?」
「どうだろう。分からない」
「確かに香月さんはうちの学校ではダントツで一番賢いけど、そんなヤツが相手だと負けるかもよ?」
「まあそうかもしれないよな……」
高校に入学して四ヶ月とちょっと。
期間は短いがその間に向こうはかなり詰め込んでいるだろう。
いくら香月さんでも厳しいかもしれない。
「なに軽く言ってんだよ。お父さんを見返すという方はさておき、そんなヤツとの対決はやめさせろって」
「いや、いいんだ」
「よくねーし。負けたら相楽と一緒にいると堕落するとか認めなきゃいけないんだろ? まあそれで香月さんがお前と距離を取るとは思えないけど、不愉快じゃん」
「これは香月さんが決めたことなんだ。あんなに真剣で闘争心を燃やした香月さんは見たことがない」
あのときの瞳は本物だった。
大人しくて、ときには気弱にさえ見える彼女にあんな目が出来るとは思っても見なかった。
「香月さんの本気を邪魔したら悪い。それに実際俺と一緒にいることが彼女の邪魔になっていないか確認もしたい」
「なにそれ? それって負けたら香月さんを諦めるってこと?」
「そこまでは言わないよ。でもまあ、あまり連れ回すのはよくないかなって反省する」
「マジかよ」
競技場を見ると走り高跳びが行われていた。
ほんの僅かでも高く飛びたくて懸命に助走をし、身体を弓なりにしならせていた。
あれを見て「オリンピックに出場出来るわけないのに無駄な努力をしてる」なんて笑う人はいないだろう。
人の努力を、俺は応援して信じてあげたい。
「でもまあ、香月さんなら大丈夫だよ、きっと」
陽祐にではなく、ここにいない香月さんに向かって呟く。
「そっか。お前が言うならそうなのかもな」
バーを落として選手がマットに倒れる。飛べなかった空を悔しそうに見上げていた。
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