両想いの幼馴染は恋人になりたくないらしい
久野真一
第1話 八重桜の咲く公園にて
俺、
「ゆうちゃーん、もうちょっとスピード出ないのー?」
すぐ後ろから、のんびりとした声が聞こえてくる。
「ただでさえ二人乗りだっつうのに、事故ったら目も当てられないっつの」
前方を見つつ、荷台に座る同乗者に声をかける。
「遠回しに私が重いって言ってるー?」
瞬間、俺を抱きしめる手に力が入った。
「ちょ、なんだよその深読み。つーか、く、苦しい……」
苦しそうな振りをしてみる。
「ぜんっぜん苦しそうじゃないんだけどー?」
しかし、長い付き合いのこいつにはお見通しらしい。
楽しそうな声でからかってくる。
同乗者の名前は
夜が好きというちょっと変わった高1女子で、昔馴染みでもある。
「いや、ほんと苦しいから、マジ、マジ」
好きな女の子から強くハグされて嬉しくないわけがない。
自転車での二人乗りという状況だろうと。
しかし、それを素直に認めるのは癪なのだ。
「ほんとにー?なんだか、嬉しそうな声なんだけどー」
こいつは悪魔か。いや、小悪魔かもしれない。
「あー、わかった。わかったよ。嬉しい。嬉しいですよ!」
こいつの攻めの前にあえなく陥落。白旗を上げる。
「ふーん。ゆうちゃんは嬉しいんだー?」
声色が変わる。悪戯を思いついた時の声。
瞬間、頬をひんやりと包み込む手の感触。
「ちょ、おま。マジで事故るから。いい加減にやめい!」
こんな馬鹿な事故で地方新聞の朝刊に乗るとかマジ勘弁だ。
「ゆうちゃんは、煽り耐性が足りないなー」
仕方ないなとばかりに、誘惑の手を緩めてくれた。
「煽り耐性って何だよ。どっちかっつーと誘惑だろ」
「そっちの意味でも私はいいけど?」
「はいはい。もうどっちでもいいですよ」
おざなりな返事をして、話を打ち切る。
自転車を走らせることしばらく。
目的地の、通称、
「やっぱり、何度見ても綺麗だねー」
隣り合って歩きながら、嬉しそうにこぼす八重。
公園には今、八重桜が咲き誇っている。
だから、お花見しようよーというのが今日のお誘いの趣旨。
わざわざ夜にと言い出す辺りがこいつらしい。
「お前の名前の由来でもあるしな」
産まれた病院から八重桜が見えたから八重。
「遠回しに私が綺麗だって言ってる?」
くるんと振り向いて悪戯めいた微笑みを向けてくる。
何かを期待するような、そんな表情。
「あー、なんだ。お前の解釈に任せる」
「そこは、「お前の方が綺麗だよ」とかなんとか言ってよー」
「言えるか!どこの三文芝居だよ!」
「もう、ゆうちゃんは照れ屋さんなんだからー」
「言わなくてもわかるだろ?」
「言って欲しいときもあるの!」
「わかった、わかった。ちょっと待ってくれよ」
足を止めて、息を大きく吸い込む。
「八重も綺麗だと思う、ぜ?」
恥ずかしいのを我慢して、言ってみた。
「ありがと、ゆうちゃん。大好き♪」
ぎゅっと抱きしめられて、チュッと口付けされる。
瞬間、身体全体がかーっと熱を持つ。
「はぁ。もう、お前はよく恥ずかしげもなく言えるよな」
「好きな気持ちを言うのに何か躊躇する理由でもある?」
駄目だ。本気で、不思議に思っている表情だ。
「お前はそういう奴だったよな。俺が馬鹿だった」
「それって遠回しに天然って言ってる?」
「遠回しじゃなくて、マジにな」
「私は自分に正直に生きてるだけなんだけどなー」
「それが天然って言うんだよ」
幸い、夜の小さな公園には誰も人は居ない。
「誰か人がいたら、バカップルだと思われてそうだ」
「それは遺憾だねー。私達、カップルなんかじゃないもの」
そう。誠に遺憾なのだが、俺たちは付き合っていない。
キスされてただろって?俺もそう思う。
好きだって言われてただろって?俺もそう思う。
だが、恋人同士になろうという申し出は既に拒絶されている。
だから、時折考えてしまうのだ。俺たちの関係ってなんだろうかと。
そんな懊悩を知ってか知らずか、すたすたと先を歩く八重。
甘い言葉を囁いたかと思えば、もう普通のテンションに戻っている。
(ほんと、こいつは何考えてるんだか)
言うのも恥ずかしいが、八重とは産まれた時からの付き合いって奴だ。
うちの親父やお袋と、八重の親父さんやお袋さんは昔から交友関係があったらしく、幼い頃からお互いの家に物心つかない俺や八重を連れてきていた。
それが始まり。
思春期にもなれば、照れや羞恥心が邪魔して、元々仲が良かったとしても疎遠になる事が多いらしいが……というか、俺は正直かなり恥ずかしかったのだが、マイペースが服を着て歩いている八重にはどうも照れというものが欠けていたらしい。
「宮本と川原、おまえらデキてるんだってなー」
そんな色気づき始めたガキの定番のからかいにも。
「別に出来てないよ?」
「……」
などと素で返すものだから、それ以上からかいが続かなかった。
と、なんやかんやで、ベタベタな距離感のままここまで来てしまった。
初めてキスされたのが、今年の、高校受験の合格発表当日。
◆◆◆◆
3月上旬。俺たちは、志望校の合格発表を見に来ていた。
「お、やった。やったぞ!」
「うん、うん。やったね!ゆうちゃん」
パチンと、喜びのあまりハイタッチをする俺たち。
「しかし、これで、高校も八重と一緒か……腐れ縁って奴だな」
同じ志望校を選んどいて腐れ縁も何もないのだが、どうにも照れがあった。
「うんうん、嬉しいよね。これで、高校もゆうちゃんと一緒かー」
しかし、素直に一緒の道を進めることを喜ぶ八重。
「あ、ああ。俺もまあ、嬉しいぞ」
だから、俺も素直になる。いつものパターン。
しばし、無言で感動を噛み締めていると、
「ゆうちゃん、ゆうちゃん。ちょっとこっち来て?」
「ん?なんだよ?」
「いーから、いーから」
と、人気の無い場所に誘い込まれた。
「お、おい。こんな所まで連れてきてなんだよ。体調でも悪いのか?」
言いつつも、長年の付き合いが、そんな事はないと告げていた。
「ね、ゆうちゃん。目、瞑って?」
微笑みながら、唐突に言われる。
「あ、ああ。でも、なんで……」
「いいからー」
「あー、もう。わかった、わかった」
言い出したら聞かない奴だ。押し問答は無意味。
しかし、このシチュエーションで、目を瞑る。
もしかして……と考えていると、唇に冷たい感触。
「!?」
びっくりして目を開けると、八重の唇と俺の唇が重なっていた。
「お、おま。なんでいきなり……」
あまりに急な出来事の前に、嬉しいより驚きが勝る。
唇を離して向かい合うと、少しだけ何やら頬を赤らめた八重。
「大好き、ゆうちゃん」
そう、真っ直ぐに気持ちをぶつけられたのだった。
あまりにも唐突なキスに告白。
「あ、ああ。俺も、おまえのことが好きだぞ」
動揺しつつも、素直な気持ちを返す俺。
こうして、俺達は両想いとなったのだった。
◇◇◇◇
(と、話がこれで終われば良かったんだけどなあ)
両想いを確かめあった後、恋人になることは拒絶されてしまったのだった。
本当にわけがわからない。
あ、そうそう。八重には、マイペース以外にも大きな習性がある。
夜が好き、正確には夜行性なのだ。
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