そうだ、これだ。これでいこう

花るんるん

第1話

 彼は、センと呼ばれていた。

 フルネームでは、オン=センだ。なぜか苗字で呼ばれ、親しまれている。センは隣町の温泉街から、この村に流れ着いたらしい。ウワサによると、レイザー・ソードを操る伝説の騎士オビ=ワンとかいう者の直弟子だったという。

 確かに、センは強かった。

 昨年の村のレイザー・ソード大会では、優勝だった。

 参加者は7名で、セン以外、全て小学生だったが。

 子どもたちは知っているのだ。都会でコンビニのバイトをしようと強盗から身を守るため、里山で働こうと野生動物から身を守るため、レイザー・ソードの力が必要なのだと。

 そのセンの力に目をつけたのが、十三会議だった。

 十三会議、すなわち村内の十三の地区(青山地区、赤岩地区、旭地区、泉地区、伊野地区、今井地区、大津地区、川原地区、亀田地区、鎌原地区、田沢地区、林地区、山田地区)の地区長会議だ。

 「例の件、彼に任せようと思っている」

 「大丈夫なのかね?」

 「小学生といえども、あの清四郎に勝ったのだ。腕は問題あるまい」

 天才・清瀬清四郎。

 中学生にでもなれば、大人に混じって、全国制覇も狙えるという、村一番の期待の星だ。

 「いや、腕の話ではない。『こんな大事な案件をよそ者に任せてよいのか』ということだ」

 「よそ者だからだよ」

 「やはり、そういうことか。人が悪いな」

 「犯人のおおよその察しはついている。よそ者同士で潰し合ってくれればいい」


 十三会議はさっそく、使者をセンに遣わした。センは廃棄された山小屋にいた。

 「――それで、それを俺にやってほしいと?」

 「はい」

 「俺には倒すべき敵がいる。奴を倒すために、修行の旅を続けている。その俺が畑の見張りなど――」

 「野菜泥棒からムラを守るためにお願いします。配下の者たちも付けます」

 「ま、いいだろう」

 「はい?」

 「こういう意味不明な依頼を受けることを含めての修行だ。謝礼ははずめよ」

 「あ、ありがとうございます! あと――」

 「まだあるのか?」

 「この村には、ささやかな血の掟がありまして」

 ささやかな血の掟?

 「お耳を拝借します」

 使者にセンの耳元でささやいた。うん。こういう村一番の美人(間宮美里)に耳元でささやかれるのも悪くない。

 「敗者には――」

 なにっ。どういうことだ。本気か。

 間宮は笑みを浮かべ、その場を去った。


 「そうか、よくやった。引き受けてくれるか」

 別日の十三会議。

 今日は、鎌原地区の寄合所で開催している。


 そうだ、これだ。これでいこうと藤野は思った。


 「ファースト(第一席)、是非お目にかかりたいとお客様です」

 「この十三会議中にか」

 「よいではないか。通せ」

 藤野は、円卓の間に案内された。地区長たちは、意外な訪問者にやや驚いた。

 「さすが全国区のニュースキャスターさんは違いますね」

 藤野は安心した。

 よし。やった。

 ここでなら、俺の神通力もまだ通じる。

 藤野は正確に言えば、全国区の元ニュースキャスターだった。芸能人にちょっかいを出した不祥事を理由に、番組を外され、都落ちしていた。

 そんなことは地区長たちも知っている。

 何と言っても、全国区だから。

 だから、地区長たちが驚いたのは、藤野のオーラなんかではけしてない。

 朝採れのレタスの方がよっぽどオーラを放っている。

 地区長たちが驚いたのは、犯人と目されている人物が、自分からノコノコと顔を出してきたからだ。そのふてぶてしさ、さすが元「若手人気ナンバーワンのキャスター」だと皆、感心した。

 藤野を疑うには十分な理由があった。

 藤野がこの村に来てから、野菜泥棒が始まったのだから。

 「それで、今日はどんなご用で?」

 「今日は皆さんにとってもいい話を持ってきました」

 イレブンス(第十一席)はあきれた。そういう前振りで本当にいい話だったためしなどない。

 「私、ぐんぐん放送局で、皆さんのこの村の特別番組を企画しているのですが、ご協力いただけないでしょうか」

 ぐんぐん放送局。ローカルね。

 特番組むために、やらせで泥棒騒ぎをつくっているんじゃねェの?

 「それはいいお話ですね。是非前向きに検討させていただきます。ときに――」

 さすがセカンド(第二席)。最高学府の出。先代の後をよく継いでいる。十五年後には村長になっているだろうとナインス(第九席)は思った。

 「――保冷剤を大量に購入されているとか?」

 藤野の表情か明らかに曇った。

 「どうしてそれを?」

 「しかも、プラスチックの箱型ではなく、ケーキの隙間に入れる、小袋状のものを大量購入されているとか」

 近隣市のスーパーで買っているところを、たまたま間宮が見かけたからな。

 「すいません。お邪魔しておいてたいへん恐縮ですが、私うっかり企画書を忘れてしまったようで。また出直しをさせていただきます」

 藤野は足早に辞そうとした。

 「次回は、田沢地区の寄合所だからな。間違えるなよ」

 「ご親切にありがとうございます」


 センは困っていた。

 配下の者たち、すなわち猛武(モブ。村の若者衆の軍団)を付けてくれたのはいいが、間宮に頼まれて二週間、野菜泥棒は一向に現れない。

 だが、そんな苦労も今晩までだった。

 午後11時30分。広大なレタス畑のあちこちに人影が見え、レタスを採っていく。

 泥棒軍団だ。

 レタスに紛れて、畑に埋まっていた猛武たちはいっせいに飛び出し、泥棒軍団に襲いかかった。

 いかにも人相の悪い、中年男性の集まりだった。

 「闇ルートで売りさばく気か」

 センは吠えた。

 泥棒軍団はそれには答えなかった。

 センも一味を捕縛しようとした。と、その時――。

 「なぜ、お前がここに?」

 センの前に立ちはだかる者が現れ、捕縛を邪魔する。

 「用心棒に雇われたんだよ」

 さ……。

 採算合うのか、泥棒軍団。

 奴こそは一時、銀河帝国最強の剣士と謳われた、ソロ=バン。奴も成長のためなら仕事を選ばないタイプだ。俺が成長するために、倒すべき敵……。

 二人はレイザー・ソードを抜いた。

 さすがに、ソロには微塵も隙がなかった。間合いに入れない。センは攻めあぐねた。

 「先生、早くっ!」

 バカッ。よせっ。

 猛武が集団で、ソロに襲いかかる。パンチを繰り出す。キックを繰り出す。

 そして、ソロはあっ気なく、倒された。

 「レタス農家、ナメんなよ」

 え?

 「来る日も来る日も、午前二時に起きて、一日中畑仕事して体鍛えてんだ。ナメんなよ」

 家業の手伝いをしている清四郎が剣術ばかりではなく、体術にも優れている訳だ。

 猛武の頭領・間宮龍生(間宮美里の兄)は昨年、銀河帝国の剣士(センの師匠)に敗れ、それをきっかけに子どもたちは剣術に興味を持った。だが、龍生は研鑽を怠らなかった。

 この日を境に、村の子どもたちは体術の修練に励むことになる。

 「食べてみろ」

 龍生はソロにレタスを差し出した。

 おそるおそる、ソロは噛む。

 「あ、甘い」

 これが……。

 これが採れたての美味さ。

 センは猛武と一緒に、泥棒軍団の捕縛にあたった。

 センは、捕まった一味の袖からひらりと小さな紙が落ちたのを見逃さなかった。 

 センはそれを拾い上げる。

 「何だ、これは?」


 「何だね、これは?」とテンス(第十席)は問うた。

 センが大捕り物をする前日、十三会議の席上のことだ。

 「保冷剤です」と藤野は言った。「皆さんと信頼関係を築くには包み隠さず、真実をお伝えする他ないと思い至りました。実は私、ゲル状の保冷剤が大好きでして…」

 「どういうことかね?」

 「皆さんご存じのとおり、私仕事を失ってから心が弱りはてましてね。そういう時、保冷剤をプニプニしていると、すごく落ち着くんですよ」

 プニプニ。

 プニプニ。

 (ヤバい奴だ……。)

 (いや……。)

 (でも……。)

「……分かる気がする……」

「フィフス(第五席)!」


「フィフス(第五席)、これはどういうことだ?」とセンは問うた。

 センが大捕り物をした翌日の緊急十三会議の席上のことだ。

 「泥棒の一味からは、川原地区自治会発行の村内用のお食事券が出てきた。あなたが後ろで手を引いていたということだよな?」

 「そうだ」

 「理由を聞かせてもらおう」

 「山の熊や鹿、猪から畑を守るためだ」とフィフス(第五席)は悪びれることなく、言った。「畑から離れたところにエサ置き場をつくって、山から野生動物が下りても、畑が荒らされないようにした。野菜は、皆の畑から均等に採った」

 「解せんな。それなら、こっそりやらずに、十三会議に正式に諮ればよかっただろう?」

 「もう少しこの地に留まり、馴染むといい」とセカンド(第二席)は言った。「フィフス(第五席)は、ゆくゆくは十三会議の頂点に立つべき者。その前に、現体制、つまり私とファースト(第一席)のお手並み拝見という意味合いもあったのだろう」

 「ああ。そこのセンはほとんど役に立たなかったが、猛武の活躍は目ざましかった。十分に及第点だったよ。小賢しいマネをして悪かった。改めてこれからも十三会議を頼む」

 センへは、薄謝となった。


 敗者にはカツ丼を。

 それがこの村の血の掟――。


 センはカツ丼をほおばりながら思った。

 最後にカツなのは俺だと。

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