#33 エピローグ(3) 七星エリカ「ねじこめた!」
「あっだああああっ!?」
俺は、平手打ちを食らった頬を押さえ、床の上をのたうちまわる。
「歯を食いしばれって言ったじゃない」
「いだだだ……おまえ、これ平手打ちってレベルじゃねえぞ!」
「言ったでしょ! 空手の段持ってるって!」
「それは身を守るためのかわいい嘘じゃなかったのか……」
「わたしは嘘が嫌いだって言ってるでしょうが! 空手は初段で、向こうではボクシングも習ってたわ!」
「なんで殴られたんだよ!」
「あんたがわたしに、大暴言をかましたからよ!」
「いつ!? 俺はおまえのためを思って――」
「それが大間違いだって言ってんの! あのね、散々助けてもらっておいて、いまさら『ルリナは公式ライバーじゃないからもうイラネ』なんてわたしが言うわけないでしょうが!」
「そりゃそうだが、だからこそ俺から……!」
「たしかに、あんたの言うことは筋が通ってるわよ。マジキャス公式ライバーは厳しいオーディションを経てデビューしてるんだから、横入りはよくないわ。これを許したら、他のライバーも好き勝手に新しいライバーを作れることになっちゃうもの」
「だろ!? それなのにルリナだけ特別扱いしてもらったら、おまえの立場が悪くなる! そんな負担をかけてまで、俺のふわっとした夢を叶えるためにルリナを演じ続けるなんてできねえよ!」
「それは正しいわね。エリカのキャラ付けとしても、姉妹百合で売るより単独でやったほうがしっくりくるのも事実でしょう」
「そうなんだよ! 妹がいるって設定自体はあってもいいけど、妹とのからみがメインになるのは、キャラ設定的に無理があるんだ! 他のライバーとのコラボだってしにくくなる!」
Vtuberは、ソロだけで売ってるわけじゃない。
本人の魅力はもちろん大事だが、他のライバーとからんだときのおもしろさもまた、Vtuberには欠かせない要素なのだ。
俺みたいななんちゃってライバーとセット扱いされることは、今後の七星エリカにとって必ず足かせになってくる。
「だからあんたが身を引くってわけね」
「そうだよ! それしかないだろ!」
食い下がる俺に、神崎が大きくため息をついた。
「まったく……。あんたは、想い人に好きな人がいるのを知って、潔く身を引く少女マンガのヒロインか!」
「だだだ誰が想い人か! おまえに対してそういう気持ちは微塵もねえよ!」
「はいはいツンデレ乙ー」
「ちゃかすな! じゃあどうするつもりなんだよ!」
「どうするもこうするも……その問題、わたしが解決しておいたわ」
神崎が、腰に手を当て、胸を張ってそう言った。
「は……?」
「そ、わたしが解決したの」
「解決って……どういうことだ?」
「七星ルリナは公式ライバーじゃないのに、エリカの妹として認知されてしまった。いまさらフェードアウトさせるのも、それはそれで大変よね」
「まあ、そうだけど」
「でも、いまのままエリカとルリナの姉妹で配信するのは、エリカのキャラ設定に抵触する」
「そうだな」
「この問題を解決する一手を思いついたわたしは、さっそく奥平社長に頼んだの。
――七星ルリナを、マジキャスの四期生にできないかって」
俺の頭がフリーズした。
「…………は?」
「七星ルリナが四期生、つまり公式ライバーになってしまえば、エリカの妹でもおかしくないでしょ。他のライバーへの示しもつくわ。
七星ルリナは、エリカとはべつに、自分のチャンネルをマイチューブに開設して、エリカとは独立したライバーとして活動するの。
姉妹って設定なんだから、月一くらいで雑談コラボでもするべきでしょうね。
こうすれば、いまあんたの言った問題は全部解決するわ」
「ちょ……待てよ! 俺、ライバーになりたいなんて一言も言ってねえんだけど!?」
「あんたねえ、そういうとこよ!」
神崎が、俺をびしっ!と指差した。
「なにがだよ!?」
「わたしは、ルリナを演じるあんたをすぐ隣で見てたのよ!? バレバレよ! こいつ、美少女に受肉してヴァーチャルアイドルやりたいんだなって!」
「そ、そんなことは……」
「自分の中の受け入れられない性癖的な葛藤でもあるんでしょうけど、はっきりいってどうでもいいわ! キモオタがうじうじ悩んでても、ただただキモいだけじゃない! いつまで経っても決めないから、わたしが世話を焼いてあげたのよ! 感謝なさい!」
「いや、俺の意思を確認しろよ!?」
「確認したら、『い、いやぁ、俺はVtuberとかそういうのはいいんで……』みたいに、未練たらたら断ってくるのが目に見えてるわ!」
「うぐ……」
俺、そんなふうに見えてたのか。
(な、情けねえ……)
顔から火を吹きそうだ。
こんなことなら、自分でやりたい、やらせてくださいと頼み込めばよかったな。
「とにかく、そういうことだから! あんたは、マジキャスの四期生ライバー・七星ルリナになるわ! 活動開始は他の四期生に合わせてほしいってことだったから、もうしばらく待ってもらうけど!」
「行動早えな、おい!」
「昨日都内の事務所まで行って、社長に直で頼んできたわ!」
「昨日の放課後やたら急いで帰ってたのはそのためだったのかよ!」
昨日は配信のない日だった。
駒川たちが遊びに誘うのを断ってまで急いで帰ってたから、何かあったのかとちょっと心配してたんだ。
「ど、どうしてそこまでしてくれるんだ?」
傍若無人天上天下唯我独尊。そんな神崎が、俺のために、なんでそこまでしてくれたのか。
「そ、それは……だって。あんたには借りがあるからよ!」
「借り?」
「そうよ! チカちゃんに土下座して頼んだんでしょ! それに比べればこれくらいなんてことないわ!」
「気にしなくてよかったのに」
「気にしないわけにもいかないでしょ!?」
そりゃそうか。
おおごとにしたくなかったからチカちゃんには黙っててくれって頼んだんだが、どういうわけかあの子はサクッとバラしてくれたからな。
「とにかく、これで貸し借りなしよ!」
「……俺、オーディションも受けてないんだけど。本当にいいのか?」
「配信でわたしの相方をやれてるんだからオーケーだって言ってたわ。七星ルリナのファンも、ちょっとだけどもういるし」
たしかに、ウィスパーでも、エリカとルリナが並んだイラストを描いてくれてるファンもいた。アニメなんかで「モブかわいいの法則」なんて言葉があるけど、メインキャラではなくサブキャラに目をつけるタイプのファンもいるからな。
だからこそ、早くフェードアウトしなければと焦ってたんだけどな。
「いい? あんたは、自分は七星ルリナだと名乗りを上げた。そのことを、視聴者たちが認知した。視聴者たちは、七星ルリナについて、感想やイラストを共有してくれた。
社長が言ってたわ。『既に、事務所が認めるとか認めないとかいう段階じゃねえ。七星ルリナは、もう視聴者の中で生きてんだ。いまさら、あれはエリカが勝手にやったことだから知りません、なんてクソダセェ言い訳が通じるか』」
「社長の真似うめえな!?」
「とまあ、そんなわけで。あんたは公式にわたしの妹になったのよ! ……って、自分で言っててきっしょってなった」
「遺憾ながら気持ちはわかる」
同級生のオタク男子が「妹」とか、神崎が非オタじゃなかったとしてもキツいだろう。
「ルリナがエリカの妹だって設定だからってだけじゃないわ。わたしは二期であんたは四期」
「ああ、上の世代は『お姉ちゃん』って呼ぶ不文律があるよな」
マジキャスのライバーは、上の期のライバーをお姉ちゃん(お兄ちゃん)と呼ぶ。
べつに体育会みたいな上下関係があるわけではなく、そう呼んだほうがエモい感じがするって程度のことだけど。
せっかくだから言ってみる。
「これからよろしくね! エリカお姉ちゃん☆」
「うっわ! きっも! その顔でお姉ちゃんとか言うのやめてよね!」
「……すまん、自分でもキツいと思った」
自分で言って、自分でダメージ受けてりゃ世話ないな。
「なまじ声だけは完璧なのがまたキモいのよね。わたしってば、もともと完璧な美少女じゃない?」
「……まあ、否定はしないけど」
「考えてみると、わたしみたいな美少女が美少女のガワをまとうより、あんたみたいなイケてない男子がまとったほうが、よっぽどみんなが幸せになれるじゃない!」
「普段の俺が他人を不幸にしてるみたいに言うな!
ま、正直なとこ、Vtuberが脚光を浴びだして、最初にそれは思ったんだけどな」
女みたいとからかわれるこの声も、ヴァーチャルの身体があれば違和感はない。
だからこそ、憧れた。
憧れて憧れて、憧れすぎて、いろいろこじらせてしまった。
北村が俺にモデルを送りつけてきたのも、動画を投稿してみろとあいつにしては珍しく食い下がってきたのも、俺のためを思えばこそだったんだよな。
「せいぜい、他の四期生に負けないようにがんばるのね! 他の四期より見るからにしょぼかったら、わたしが恥をかくじゃない!」
「……だな。がんばるよ」
「それでよし!」
神崎が、ぐっと親指を立ててそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます