#26 陽キャだからってオタクコンテンツにハマらないとは限らない
登校して教室に入ると、七星エリカの声が聞こえてきた。
神崎絵美莉の声じゃない。
ヴァーチャルアイドル・七星エリカの声だ。
何事かと、俺は声の聞こえてきたほうに目を向けた。
「ねーっ!? おもしろいっしょ!」
教卓の周りに集まった女子の一人が、スマホを指差してそう言った。
神崎の親友である駒川だ。
さっきの声は、駒川のスマホから再生されたものらしい。
――スマホでマイチューブの動画を再生して、教室中に聞こえるような音を出す。
あいかわらず、陽キャ様はやることなすこと遠慮がない。
俺や北村、いや、もうちょいカーストが上の平均的な男子女子だって、教室内でスマホから音を垂れ流したりはしないだろう。
って、そうじゃなかった。
「う、うーん。おもしろい、のかしら……」
歯切れの悪い相づちを打ってるのは、他でもない神崎だ。
(あいつ、自分の動画を、そうとは知らない「親友」に教室で見せられて感想を求められてるのか……)
これはおもしろ……じゃなかった、なかなか大変そうな状況だな。
状況を見て取った俺に、先に教室にいた北村が話しかけてくる。
「拙者と駒川嬢が、カタロニヤで人見氏らと遭遇したことがあったでござろう」
「ああ、あの時か。そういや、七星エリカを勧めたっけ」
俺が、というより、神崎が。
「あいつ、自分で自分の首を締めやがって」
だから俺は、あえて七星エリカの名前を挙げなかったというのに。変にイキったりするからこうなるんだ。
「駒川嬢は、七星エリカにハマってしまったようでござる。先日の配信からのにわかではござるが、それだけに熱狂醒めやらぬ様子でござるな」
教卓の周りでは、駒川が熱心に七星エリカを布教してる。
神崎は、それを否定も肯定もできず、あいまいに相手を続けていた。
そこで、駒川が出し抜けに言う。
「エリリってさ……なんか絵美莉に似てる気がするんだよね」
ゴン! ……というのは、神崎が教卓で頭を打った音な。
神崎が顔を跳ね上げた。
「に、似てるってどこが!? ありえないでしょ!」
「うーん……声の調子は違うけど、しゃべりかたとか、話題とか、会話のテンポとかが、絵美莉そっくりなんだよね。親近感湧くー」
「どどど、どうしてわたしがこんなキモオタ虹豚向けヴァーチャルアイドルなんかに似てなきゃなんないのよ!」
「そ、そんなムキになることないじゃん。なんかこの子、一時期やらかして叩かれてたらしいんだけどさ。最近がんばってるみたいで、こないだの配信もすっごくおもしろかった!」
「そ、そう……」
神崎が照れたように頬をかく。
(おい、気をつけろ!)
俺はひやっとしたが、さいわい駒川は神崎の様子には気づかなかった。
でも、ちがうところにはつっこみどころを見つけていた。
「ていうか、絵美莉、詳しいね。キモオタ虹豚なんて言葉、わたしエリリの配信で初めて聞いたよー。検索して笑っちゃった」
「へ、へえー」
しまったって顔で、神崎がぎこちなく相づちを打つ。
「オタクの自虐ネタをまとめたサイトがあってさー。チョー笑えんの! あいつら、おもしろいよね。変にカッコつけてないから自由にボケれるっていうか」
「う、うーん。そうかしら……わ、わたしにはよくわかんないけど」
陽キャ女子からのまさかのオタク上げに、神崎が反応に困ってる。
「やっぱり、聞けば聞くほど似てるんだよね。イントネーション?っていうの? 声音変えてても、しゃべりかたまでは変わんないじゃん? たぶん絵美莉がこの声で話したらこんな感じになるんじゃないかなーって」
「や、やめてよ! Vtuberだかなんだか知らないけど、そんなキモいのと一緒にしないで!」
「ちょっと! そこまで言うことないでしょ!? エリリ、がんばってるんだよ!?」
「う、あ、そ、そうね……。で、でもそういうのって、中身は大人の声優さんとかなんじゃ……」
「そうっぽい人もいるけど、エリリは普通の女の子にしか思えないよ。話題からして、同年代なんじゃないかなー。それこそ、絵美莉みたいな女子高生がやっててもおかしくなくて」
駒川が言葉を切って、やおら神崎の目を覗きこむ。
まるで、なにかを探るかのように。
「な、なによ?」
神崎がたじろいだ。
駒川は、神崎に顔を近づけ、首をひねる。
「……うーん。そんな偶然あるわけないと思うんだけど……やっぱ似てる。ってか、似すぎてる」
「な、なーに言ってんのよ! そんなわけないでしょ! あはは、冗談やめてよ!」
作り笑いで否定する神崎に、駒川がしばし考える。
「ね、それなら、エリリが配信してる時に、わたしと電話してくれない?」
「ええっ! そ、それは……」
駒川のセリフに、神崎が言葉を詰まらせた。
「違うんなら問題ないよね? もし勘違いだったら謝るからさー。ロイヤルディナーで絵美莉の好きなガトーショコラ奢ってあげる!」
「そ、そうね……ええと……そうよね。わたしはVtuberなんかじゃないんだし……ロイヤルディナーのケーキは美味しいってみんな知ってて……」
「それは、オッケーってこと?」
「う、うう!? そ、そうよ! わたしはそのエリリとかじゃないから! 似てるなんて言われ続けるのも迷惑だし、ちゃんと証明してあげようじゃない!」
神崎が、やけくそ気味にそう叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます