第19話 誠実と不誠実
俺はまだ幼い頃教育係のメイナード・マーティン・ブルック先生から
「トラヴィス殿下…いいですか?キスは本当に好きなお方とするのです」
「判っている…。誰彼構わずしてはダメで想い合う男女でするのだろう?それは結婚後か?」
「婚約者や恋人同士であれば構いませんが結婚前に身体を触ったりなどしてはいけません!」
と厳しく言われた。
それから数日後…奥さんのいるメイナード先生が人目に付かない図書館でメイドとキスしているのを目撃した。
俺は本棚の影から隠れてジーッと見ていた。先生は気付かずにメイドと何度もキスをしている。
確か結婚前に身体を触るのはダメ…。先生めっちゃ触っとる。いやあのメイドも若い旦那がいたような。
二人とも結婚しているからオッケー?
という結論に至る。しかし判らない。本当に好きな人とキスしなさいと先生は言っていた。どっちも奥さん旦那がいる。奥さんと旦那さんは好きでない?いや、結婚は政略結婚が多いし?
俺はとりあえず聞いてみることにした。
先生達がブチュブチュとキスしてる後ろから
「メイナード先生…どちらも結婚していてキスしているのはどういう意味があるんだ?」
と聞いたら先生がギギギと振り向き、メイドは真っ青になった。
「で、殿下!!?いつからそこに!!」
「先程からだ…」
「あの…このことは誰にも…言わないでください」
「何故だ?」
「大人の問題なのです…」
と先生は言った。
俺はとりあえずうなづいた。
流石にそれから数年経ち、成長して学園に通う頃には先生とメイドが不倫していたことに気付いた。あれは…世間的には悪いことであった。
先生は俺に誠実さを教えておきながら妻を裏切ってメイドもまた旦那を裏切るという不誠実さを示した。政略結婚があるにしろ王宮で堂々としていいものでもない。お互い奥さんや妻と別れてからするべきな筈…。何か酷く汚らわしいと思った。
それから俺は絶対に結婚するまではそういう事を軽々しくしないぞ!と誓った。しかし他の奴等は皆恋人とどこまでとか婚約者とあそこまでという話題が自然に出ていた。
俺はなんて節操のない野郎共だ!せめて手だけだろ!!しかも婚約者がいながら他の女にも手をつけたりする奴も多くて正直うんざりした。
だから俺はマティルダと婚約破棄していたが彼女には手なんて出さなかった。そもそもこの時は勘違いしていたし。
俺の事を想ってくれるシャーロットと恋人同士になりようやく手だけは繋いだ。シャーロットはキスをねだったこともあったが俺はその度に
「そう言うことは結婚後にしよう」
と躱した。
シャーロットはたまにボソリと
「シシュンキのチュウガクセイよりひど…」
と意味不明なこと言っていた。
それからシャーロットは微妙に俺を避けてる時期があった。
俺は他の奴等と違って誠実であろうと…そう思っていただけなのに。
先生とメイドは本当に好き合ってのキスなのか判らない。他の奴も婚約者がいながら他の相手と浮気をしたり。何が正解で何が嘘なのか俺は混乱した。浮気は男の勲章とか何だ?
でも…マティルダはさっき俺を好きと言ってキスした。その時俺は嫌なものとは思えなかった。
俺もマティルダを好きだからだ。
でも…そのキスはマティルダにとっては本当なのか?俺は信じていいのだろうか?
寝入ってしまった彼女の唇をジーッと夜が明けるまで見つめていた。
*
鳥の声が聞こえた。私は薄ら目を開けると何か視線が…。
目で横を追うとトラヴィスが昨日の姿勢のままジッとこっちを見ていた。
「きゃっ!トラヴィス!!!?」
「オハヨウ…マティルダ…」
「ど、どうしたの?眠れなかったの?」
ま、まさか…昨日のキスでこいつずっと固まってたの!?それで私の寝顔ずっと見てたの?身体大丈夫なの?
「トラヴィス…な、なんかごめんなさい…」
と謝る。とりあえず謝る。
「…………マティルダ…キスは本当に好きな人とするんだぞ…」
「は?」
何当たり前のことを言ってるんだろう?
するとようやく動いたトラヴィスは静かにこう言った。
「俺たち…恋人同士となったからキスはしていいと思う。でも他の奴とするのはダメだぞ…」
と言う。
?
何当たり前の事を言ってるんだろう??
「トラヴィスどうしたの?」
するとトラヴィスは話始めた。自分の恋愛感を。彼は妻子ありながら浮気していた自分の教育係とメイドのこと、学園でのこと、シャーロットのことを話した。
な、なるほど…つまり。
「つまり、トラヴィスは私のあなたへの愛を疑っているのかしら?」
「マティルダが嘘をつかないのは知ってる。きっと俺の事を硬い奴だと思うだろう。…でも皆がやってる事が正解なのか…。そもそも昨日のは夢だったのか…」
と言うからバチンと頰を叩いてやった。
「痛い…」
「ごめんね…でも夢じゃないわよ?それにトラヴィスはトラヴィスなりの愛し方があるんだと思うわ。ごめんね、急にキスしたりして。もうトラヴィスからしてくれるまで私は何もしないわよ?これでいい?」
と言った。トラヴィスは真面目で誠実でそして教育係の先生から悪い見本を見せられていた。彼にとって恋愛とは慎ましやかで物語のように綺麗な物でなければならないのだろう。彼の中の理想が歯止めとなっているのか。
だから…手だけは繋げるのだ。
と私は気付いた。
「驚かせてごめんね?トラヴィス…」
「いや…俺が変なんだ…」
「別に変じゃないよ。トラヴィスは純粋だからね?浮気する奴とかが悪いのは当たり前だからね?言っとくけど…トラヴィスと仲が悪かった時、私はそれでも王家の王子様の婚約者だから浮気なんてしないよう躾けられてたわ。他の貴族は知らないけど…妃教育で他の男性と話をする時は一定以上離れて扇子越しに会話と…破ったら折檻されるの」
「……マティルダ…ごめん。あの頃は悪かった。そ、それなのに…お、俺はシャーロットの香水に騙されて……」
「もう蒸し返さなくていいわ。トラヴィスは私と入れ替わって改心してくれたし、私のことを好きになってくれたし、私も好きになったしもういいでしょ?キスのことは悪かったわ。もっとゆっくりいきましょう」
そういうとトラヴィスは震えた。
また泣いたかな?と思うとトラヴィスは私をガバーッと抱きしめて
「………好きだ!!マティルダ好きだ!!抱きしめてごめん!!あんまり可愛いことを言うから!!ううっ!」
とやはり泣いてるのか。理想と理性が争い混乱しつつあるんだろうな。
背中を優しくポンポン叩きあやした。
「私も大好きだから…早く藍の国に行こうね」
「ふぐうっ!…ああ!行こう!!俺が必ず守る!!……それから浮気は絶対にダメだからな!マティルダ!!藍の国の王子が可愛くてもダメだぞ!!」
と言われた!!
ああ…藍の国の王子…お、推しだけど好きの意味は違うだろう。あれは憧れに近い。私はシャーロットとは違う。
ギュウギュウと抱きしめてくるトラヴィスを裏切って悲しませたくない。ていうか裏切ることなんて多分一生ないんだけどね。
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