3.唯一のフレンドプレイヤー
ヒト種の最終防衛地点。もとい、プレイヤーの拠点となる《ガーデン》と名付けられたこの街は、かつて千代田区と呼ばれた場所にあるプレイヤーが作り上げた最初の街である。
その一角、ギルドに所属しない野良プレイヤーが集まる地下街を拡張したスラムにある酒場で、僕は依頼されたポーションの受け渡しをしていた。スラムとは言っても住んでいるのはゲームプレイヤーなので当然飢えることは無く、ゲーム内にマイホームを持たない者や脛に傷を持つプレイヤーが住まうだけのそれなりに整然とした場所である
「むす~」
このゲームで僕の唯の友人と言えるグリムは、依頼品を受け取ってからもむすっとした表情でこちらを見つめてくる。擬音を発して不満の意思を伝えてこようとするあたり、じつはそれほど怒っていないことはわかっている。
長く赤い髪とスレンダーかつ女性らしいボディライン、モデル体型にもかかわらず可愛らしさも残る少し低めの身長が、彼女のキャラクタークリエイトへのこだわりを感じさせた。
「これは僕が文字通り死ぬ思いをして採取してきた素材で作ったエクスポーションだぞ。いったい何が不満なんだよ?」
もっとも、死んだのは完全に自業自得であるわけだが。
「死ぬのがイヤならだれかフレンドとか誘えば良かったんじゃないですかね~?」
「僕のフレンドは君一人だよ。昔は他にも何人かいたけど、全員いなくなった」
一年前のNPCによるプレイヤー襲撃以来、街づくりを楽しんでいたプレイヤーは変化する環境を受け入れられず、あるいは受け入れて適応したために、僕から離れていった。
グリムはその直後に参入したプレイヤーなのでそれなりに長い付き合いになる。
「先輩がぼっちなのなんて誰でも知ってますよ! だからわざわざ難易度高い依頼してるのに、どぉぉぉしてそこで私を誘うって選択肢が出てこないんですか!?」
「いや、依頼者であるグリムに素材調達を頼んだら僕の報酬が減るじゃないか」
「そんなセコイことしませんよ! 久しぶりに先輩と一緒に冒険だーって張り切って防具まで新調したんですよ! ほら! 今着てるこれです! なんか言うことありますか!?」
どうだとばかりに胸を張り見せつけてくる防具は、防御性能など飾りだと言わんばかりの布地面積の少なさとスカートに刺繍された細やかな金細工で、それが普段の冒険用ではなくお洒落用の装備だとわかる。
「さすがは廃人と言われるレベル200オーバー、防具もビジュアルに全振り出来て羨ましい」
このゲームでのレベル200はプレイヤーの一割以下とかなりの上位層に入る。
「ぶち殺しますよ?」
「冗談だ、似合ってるよ」
耐刃性能に魔法耐性、レベル1の僕は防御性能にかなり気を使っているので羨ましいというのも本音だ。
「はあ~、毎回ボケかましてくるのは気になりますが、素直に褒めてくれたので許します」
ため息を付きながらも顔はまんざらでもなさそうだ。そういう反応をするから僕も余計な一言を挟みたくなるのだが。
「まあ防具の話はともかく、私としては先輩にはもうちょっとレベル上がってほしいんですよ。私とパーティ組んで支援してくれるだけでも多少は経験値入るのにどうして一緒に行ってくれないんですかー?」
「別にレベルなんてどうでもいいだろう。戦闘スキルがなくても逃げるだけなら何とでもなるよ」
「そりゃあアポカリプスがレベリングゲーじゃないってのは解ってますよ。先輩みたいにアイテムクリエイトに特化したり、戦術を駆使すればジャイアントキリングだって不可能じゃないですし」
グリムの言う通り、僕はステータス上こそレベル1だが、アイテムの生成なら多少なりとも覚えがある。今回依頼されたエクスポーションは服用しなくとも振りかけるだけで傷を癒せる貴重なアイテムだが、製作出来る者が希少ないため市場には流通しておらず、それを狙ってカツアゲまがいのプレイヤーに絡まれることもある。しかしそれで殺されたことは一度もない。
「だからこそ、それが出来る先輩が不当な評価を受けてるのが私には我慢できないんですよ! 先輩が一部で何て呼ばれてるか知ってますか!? 最古参のレベ……」
「よぉ~! レベルワン! 相変わらず雑魚モンスター一匹殺せてねえのか~?」
グリムのセリフを遮って、突然の大声が僕たちの席に向かって飛び込んでくる。振り向いて確認してみるが知らない顔だ。セリフから察するに面識はあるようだったが、覚えていないということは僕にとって益のない人間なのだろう。
「なんなら俺が戦い方を教えてやろうか? 報酬はエクスポーション100個でいいぜ」
先ほど言ったカツアゲまがいとはまさにこんな感じで寄って来る。
「悪いけどポーションなら無いですよ。いま彼女に全部売ったところなので」
「へえ、こんな姫プレイしてそうなのが貴重なエクスポーションを何に使うんだ? なんなら俺に譲ってくれたらナイト様役をやってやってもいいぜ」
目的の品が僕にないと知ったカツアゲらしい男はグリムに矛先を変える。
しかし事前に絡む相手のステータスチェックもしない時点でその結果は目に見えていた。
「ああそうそう、こういう頭の弱いヌーブ野郎に先輩がバカにされるのが一番腹が立つんですよ……!」
「あぁん!? てめぇ誰に向かって……!」
先ほどのお返しとばかりに、今度はグリムが男のセリフを遮った。もちろん声ではなく鉄拳制裁という形でだ。
顔面にモロに一撃をくらった男は10メートルは吹っ飛び、コンクリートの壁にヒビを刻んでいる。
ゲームのシステム上、現実より身体強度が上乗せされていると言ってもあれでは即死だろう。
ちなみに僕はNPCとは違い、プレイヤーが死ぬ分には特に感傷は抱かない。痛覚は減算処理されているし、死んでもリスポーンして再スタートできるのだから当然だ。
「あ、もしもしグリムですけど、いま強盗を一人リスポーンゲートに送りましたので、生き返ったらギルド本部まで連行しといてください」
リスポーン地点にいる憲兵に音声チャットで指示を飛ばしている。
グリムはこの街を運営している統括ギルドのメンバーなので、こういうのも仕事の内なのだろう。
「さすがはギルド『インペリアル』のお偉いさん。お見事でした」
「やめてくださいよその言い方。というかインペリアルってギルド名、正直ダサくないですか?」
「分かりやすくていいと思うよ。最強プレイヤーたちが結成した帝国主義を標榜するギルド。戦争中のこの世界でならもっとも現実的な政治手法だと思うけどね」
統括ギルド『インペリアル』は、アポカリプス内で最も強いと比較される十二人のプレイヤーによって半年ほど前に発足されたギルドだ。
なんでもアリとなったこのゲームでは、戦闘に不慣れな初心者や生産職を営むプレイヤーはカモにされ強い者だけが得をする、まさに無法地帯となりかけていた。
インペリアルはそんなプレイヤー保護のために法を作り、各種
一見するとそれ自体も強者によるお仕着せのようにも見えるが、プレイヤー間の略奪行為を禁止し、多くのレア素材を提供してくれる彼らは大多数のプレイヤー、特にカモとなっていたプレイヤーから大きな支持を得ている。
実際にインペリアルの発足以降、半年でプレイヤーの定住率は五倍にも増加している。
「それなら先輩もギルドに入りましょうよ! 先輩ならアイテムクリエイターとしてインペリアルでも活躍間違いなしですよ!」
インペリアル管理下のギルドに属していないものは街での売買や施設の利用を許可されていないため、通称『野良』と呼ばれている。
野良プレイヤーは単純にインペリアルの思想に反感を抱くもの、あるいは
僕がもその野良の一人であり、そのため素材の収集を依頼したり護衛を頼むこともできない。
グリムの提案は実益を考えれば非常に魅力的な提案ではあるのだが――――。
「断る。僕がNPC狩りが嫌いなのは知ってるだろう? 領土侵略を主目的にしているインペリアルとは根本的に合わないんだよ」
「相変わらずのAI人権論者なんですね。でもそういうところも含めて、私は先輩を尊敬してますよ」
AI人権論とはその名の通り人工知能に人権を与えるべきという主張だ。
クジラですらその知能の高さから反捕鯨を叫ばれているのに、意思の疎通ができるAIに人権を認めないのは如何なものかと僕は考える。
「過剰な評価だと思うけどありがとう。友人として恥をかかせないよう努力はするよ」
話が一区切りついたところで席を立とうとする。
彼女との会話は心地よいものではあったが、これ以上はお互いの立場的によくないだろう。
「グリム部隊長! やっと見つけましたよ! やっぱりここにいましたね!」
酒場のドア開け放って入り込んできた男はグリムを見つけるなり足早に駆け寄ってくる。
先ほどとは違い、今度の顔には見覚えがあった。
「ちっ、またお前か……」
彼はこの街の治安維持官で、グリムの直属の部下である。
つまりはグリムもその治安維持に努めるべき立場の人間であり、本来ギルドの庇護下に無い自分のような野良のプレイヤーと親密な関係を持つことを快く思わないギルドメンバーは多いということだ。
男は僕を無視し、焦っているのか早口でグリムに話しかける。
「北ゲートより亜人種の侵入を確認しました! 数は一、現在防衛区画を南下中です!」
「一人? 街にはギルドの兵士や冒険者だっているでしょ。なんで誰も手を出さないのよ?」
「今日は非番中よ」と手を振り袖なくする。
「もちろん抵抗はしています! ですが敵は
オーガとはエルフや獣人などが混在する亜人種の中でも特別戦闘能力に秀でており、レベル100を超えるプレイヤーが5人で連携を取って一体を討伐をしなければならないとされている程である。
「オーガか……、私一人で勝てるかなぁ……」
「現在街にいるプレイヤーで最もレベルが高いのはグリム隊長です! どうかお願いします!」
「うー、先輩、私とオーガのどっちを応援してくれます……?」
僕がNPCと自分のどっちを優先するのか気になるのだろう。
プレイヤーは死んでも生き返れるだろう。というのが本音だが、さすがに友人の死を応援するというのは気が引ける。
「殺さずに追い返してくれるならグリムかな」
妥協案だがそれが僕にとっての理想的展開だった。
僕が助けに行ったら最悪グリムと戦う羽目になるかもしれない。
この場は彼女を信じて任せるべきだと判断した。
「なんだとお前!!」
怒鳴りかかってくる部下を制するグリム。
「無茶苦茶言いますね。出来たらご褒美に何かくれます?」
「グリム専用のアミュレットでも作ってあげるよ。全属性耐性アップのレアモノだ」
「専用……、先輩が私のためだけに………。うん、その響きは最高です! 約束ですからね!」
満面の笑みを浮かべながら出て行ったグリムを部下の男が慌てて追いかけていく。
それに倣い、僕も酒場を出ようとすると、背後から野太い声が呼び止めてきた。
「おい、レベルワン。……
忘れていた。もしかしてグリムの分も僕が払うのだろうか。
店主に金額を訪ねると指を二本立てて催促してくる。
この世界の通貨は「円」でやりとりされる。もちろん日本銀行発行のそれではなく、インペリアルが鋳造したミスリル製の硬貨である。
プレイヤーの大多数が日本人であることから採用したと思われ、物価も現代日本のそれに倣っている。
つまり二本指が示すのは、二百円でなければ二千円だ。
「コーヒー二杯で二千円は高い気が……」
「馬鹿野郎。桁が一つ少ねえよ」
コーヒー二杯が二万円とはどこかの高級デザインブランドのカフェ並みだ。
当然こんな場末の酒場のサービスに払うべき金額ではない。
いくらスラムとは言えこれを素直に受け入れてしまっては僕はこれから先スラム中の店からカモにされるだろう。
断固として抗議するべく、僕は
「さっきの連れの女、ギルドのお偉いさんだよな? それがお前みたいなモグリと違法取引してるなんてバレたら困るのは誰かな?」
迂闊だった。取引自体は何度もこの店で行っているため安心していたが、さっきのグリムの部下が来たことで彼女の正体に気付かれてしまったらしい。
僕と彼女が既知の間柄であると知って脅しをかけてきたのだろう。
グリムには迷惑をかけまいと渋々財布から一万円のミスリル硬貨を二枚取り出して差し出す。
「安心しろよ。お前は一応常連だからな。これでこの話はキレイさっぱり忘れてやるからよ。勉強代だと思って次からは気を付けるんだな」
まいど! とばかりに硬貨をちらつかせニヤついた顔を向けてくる。
「グリムには次の依頼時に上乗せして請求しよう……」
そう心に誓って、僕は店を後にした。
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