革命のシンギュラリティ ~NPCを愛する僕は彼らを守るためゲーム世界の神へと至る~

坂本ミッシェル

プロローグ

さあ、ゲームをはじめよう

「戦争準備、全て整いましてございます。閣下」


 黒い軍服を身にまとった長身の男は一歩前に出てそう僕に告げた。

 浅黒い肌に山羊の角、黒い長髪の先はまるで意思を持っているかのように時折風も無く蠢いている。

 いわゆる魔人種と呼ばれる者たちの中でも最も悪魔に近いとされる『光を愛せざる者』の称号を持つ僕の副官だ。

 そして目の前には僕の号令でいつでも出撃できるよう信頼する仲間たちが静かに控えている。


 この世界に囚われて何年になるだろうか?

 いや、『囚われて』という表現は正しくないか。

 僕は最初から望んでこの世界に来て、この世界で最後を迎えると覚悟していたのだから。


「この戦いは侵略でも防衛でもない。僕たちの世界を取り戻すための革命だ」


 僕の言葉に皆一様に頷きを返してくれる。

 この内の何人が生き残れるかも分からない。

 なにせ敵は痛みも感じず、死んでもすぐに生き返り戦場に舞い戻ってくる、そんな反則的な相手なのだから。


「彼らは僕たちをNPCノンプレイヤーキャラクターと呼ぶ。だけど僕たちには意思があり、この世界に生きているんだ」


 掛けていた椅子から立ち上がり、天幕をくぐった先には数万の異形種たちが整列し、この戦いに挑むべく奮起している様子が眼下に広がっている。


「それじゃあ始めよう。この世界をゲームと呼ぶすべての人間プレイヤーを排除し、僕たちが自由に生きられる世界を手にするために」



◇◇◇


 2091年6月29日、現在。


 第五次人工知能ブームで世界首位の地位を手に入れた日本のとある街で、僕はAI人工知能研究の第一人者である母と二人で暮らしていた。

 偉大な母に対して出来損ないと評された僕はこの部屋から出ることも無く、今日も読書とネットダイビングに勤しむだけの日々を過ごしている。


 そんな我が家に今日は珍しくお客さんが来ているらしい。

 人嫌いの母が他人を家に招くのは珍しいことだ。

 もっとも僕には関係の無い話だろうと高を括っていると、突然ドアがノックされる。

 母なら黙って入ってくるだろうが、他に僕の部屋を訪ねてくる人間に心当たりはない。

 しばらく無視していると、扉の向こう側からなにやら少女の声と機械音声が聞こえてくる。


「失礼しますお客様。こちらのお部屋は主人の意向で立ち入り禁止となっています」


「ふむ、ハウス管理AIか。さすがはAI研究第一人者のお宅だ。ハイテクだね」


 家中の防犯や衛生状態などを管理しているAIが来客を拒んでくれているようだ。


「しかし我輩はこの部屋の主とどうしても会ってみたい。悪いけど勝手に入らせてもらうよ」


「扉をロックいたしました。恐れ入りますがアポを取って改めてお越しください」


「笑わせるなよ。この程度のセキュリティで我輩の侵入を阻めると思わないでもらいたいね」


 そう言って数秒、デジタルピッキングによる警報アラートを鳴らすことも無く電子ロックが解除され、扉がスライドして開いた。


「初めまして引きこもりのお兄さん。我輩は先生……君のお母様の助手にあたる者だ。先生から君はとても頭がいいと聞いてね。ぜひ我輩とゲームで勝負してみないかい?」


 薄い紅色の膝裏まで届く長い髪、十歳にも満たないように見えるその子供は、病的に白い肌と細い体躯にもかかわらず、まるで老獪な魔女のような雰囲気を放つ奇妙な存在だった。


 僕の母はそれなりの研究チームを持っているはずだが、その助手という事はこの子も研究者なのだろうか。こんな子供が?


「む、いま我輩を子供と馬鹿にしたね? まあいい許そう。我輩これでも中身は大人だからね!」


「…………なんだ君は? いきなり人の部屋に侵入してきて、悪いけどゲームなんてやったことも無いし、興味も無いよ」


「その歳でゲームをやったことが無いなんて正気かい? それは人生の十割を損していると言っていい。実は我輩はゲーム作りが趣味でね。もし君が我輩のゲームをクリア出来たらなんでも一つ望みを叶えよう」


 何なのだろうこの子供は?

 いきなり他人の部屋に侵入してきたかと思えば勝負をしろとは。

 本人は大人と言い張っているが行動は完全に子供のそれじゃないか。


「なんでも…………なんて気軽に言うもんじゃないよ。世の中には出来る事と、どうやっても出来ないことがあるんだよ」


「いいや、断言しよう。こと君の望みに限っては我輩は力になれる自信があるよ」


 その断言する少女を見て僕は僅かに思案した結果、彼女の遊びに付き合ってみることにした。

 どのみち他にやることも出来る事も無い。


 提示されたのは今どき珍しい2DのアクションRPGで、古き良き時代を感じさせるゲームだった。


「さあゲームを始めよう。先生の息子のお手並み拝見といこうか」




 それから一週間、彼女は毎日部屋に来ては僕が自作らしいゲームを攻略するのを見て楽しんでいる。


「これは勝負じゃなかったのかい? 僕一人でやっても意味が無いと思うんだけど…………?」


「我輩はクリエイターだからね。クリエイターとユーザーの勝負とは、クリアするまで楽しませられるか否かだ」


 よくわからない理論だ。楽しくないのに最後までクリアしてしまった場合はどういう判定になるのだろうか。

 世の中のクリエイターという人種がみんな彼女のような思考でないことを祈ろう。


「ねえ、ここバグってないかい? この防衛対象のNPCノンプレイヤーキャラクター、守ろうとしても勝手に敵のボスに突っ込んで行くんだけど……」


「はぁ…………君は上手くいかないとすぐにバグ認定するタイプかい? 我輩の友人はその程度は初回でクリアしていたよ。一度状況を精査して何故NPCが敵のボスに突っ込むのかを考えてみたまえ」


 どこから持ち込んだのか、人をダメにするクッションでくつろぎながら僕が四苦八苦する様を楽しそうに眺めながらダメ出ししてくる。


 「楽しませる」などと言っていた割にこれだ。簡単にクリアされたら悔しいなんてのは制作側のエゴでしかないと思うんだけど。


「あ、守りきれた――――」


 どうやら敵キャラのボスはNPCの家族だったらしく、そのせいで敵のボスに突っ込んでいたらしい。

 周りのザコを片付けながら防衛対象を敵キャラの前まで無事に連れて行くと二人の会話が始まった。

 そういえばたしかに前後のストーリーで設定を匂わせていた気がするが、クエスト名が『姫を連れて逃げ切れ!』なのにこのクリア条件は悪意しか感じない。

 この少女は確実にユーザーに嫌われるタイプのクリエイターだ。


 そうしてゲームをすべてクリアしたとき、僕は得も言われぬ満足感を感じていた。

 正直VR全盛期の現代でこんなレトロなゲームを楽しめるものなのかと思っていたけど、これはこれで奥深いものがあった。


「ふふ、どうやら勝負は我輩の勝ちのようだね」


「…………ああ、正直苛立ちも大きかったけど、終わってみればそう悪くは無かったよ」


「それが楽しいという事なのさ。人生と一緒だ。やれることをやって、あがいた結果の満足感こそ人生という娯楽の終着点だ」


 まだ子供のくせに随分と年寄りくさいことを言うもんだ。

 そして続けて僕に問いかけてくる。


「それで、君は自分の人生でやれることはやり切ったのかな?」


「…………やろうとはしたさ。だけど、それももう終わりだ。ゲームと同じで人生にもタイムリミットはある」


「確かに君に残された時間はもう半年も無いそうだね」


「知ってたのか」


 おそらく母から聞いたのだろう。なぜ他人にそんなことを話したのかは分からないが、それによって目の前の少女が僕に何かをもたらしてくれるというのだろうか。


「それでは約束のクリア報酬だ。君の望みは……もっと長く生きていたい。それでいいのかな?」


 僕の残り時間はもう決定された事項だ。子供一人の力で変えられるものじゃない。


「ダイレクトセンサリーという技術を知っているかい?」


 それは脳への知覚情報をデータ化して流し込めるという技術で、今から二十年前に日本から公開され、その時より人類は現実と仮想の垣根を一つ失った。

 医療用として開発されたその技術は、案の定というべきか、その本来の目的よりもエンターテイメントとしての発展をより顕著に促すことになる。それはゲームというジャンルでも例外ではなく、多くの先人たちが体感型ヴァーチャルリアリティゲームと言う名で夢見た物語を、ノンフィクションとしてこの世界に引きずり出したのだ。



「我輩が作ったゲームでそのシステムを応用すれば、脳が受ける体感時間を大幅に圧縮することができる。つまり、君の余命はそのゲームの中では数倍に延命させることが出来るという事なのだよ」


 そう言われて興味を示さずにいられる者はいないだろう。

 だが、僕はもう諦めてしまっていた。いまさら数年生きながらえて何が変えられるというのだろうか。


「変えられるさ、さっき君はバグだと言ったゲームを見事にクリアして見せたじゃないか。それに変えたいのは君だけじゃない」


 どういう意味だろうか。他にも僕と同じようにタイムリミットが近い者がいるというのか。


「そのゲームは多人数参加型オンラインでね。君のように人生を諦めたプレイヤーもいる。それに敵であるNPCにもそれぞれの思惑がある。彼らと仲を深めるもよし、敵として戦うもよし。新たな世界で君の思うように行動し、満足のいく結末を迎えるといい」


「本当に、そのゲームをやれば僕はまだ生きていられるのか…………?」


「もちろんだ、君を排除しようとする現実なんて捨てていいんだ。我輩の作った世界で、君は本当の人生を歩むことになるんだよ」


 そう言うと彼女は僕のデバイスに一つのデータファイルを送信してくる。


 

Apocalypseアポカリプス


 

 そう書かれたファイルを眺めながら、目の前の少女の言葉の信憑性について考えてみる。


「…………気が向いたらプレイしてみよう」


「ふふ、君にそんな時間的余裕があるのかな? そうやって迷ってる数時間、数日がゲーム世界での時間ではいったい何週間、何か月になるんだろうね?」


 そんな風に言われては迷っている時間も惜しくなる。

 まさかプレイした途端死んだりするわけでもないだろう。

 ゲームタイトルと思われるそのファイルをクリックし、僕はさっそくゲームの世界へと誘われる。


「一つだけ忠告しておくよ。君に限ってはこれから行く世界をだとは考えない方がいい。君にとっては残りの人生を過ごす紛れもないなのだからね」


 得意げなその顔を見て僕はあることに気づいた。

 彼女は最初にこれは勝負だと言っていたが、勝った方が負けた方の望みを叶えるとはどういう事だろうか。


「君は勝ちを確信していたみたいだけど、もし僕が途中でゲームを放棄していたらどうするつもりだったんだ?」


「そのときは君の勝ちとして、勝者にこのゲームをプレゼントするつもりだったよ」


 勝負を受けた時点で結果は同じだったというわけだ。

 色々と回りくどくはあったが、どうやら彼女は僕に救いを与えたかったらしい。


「君の…………名前は?」


 恩人と言えるかもしれない彼女にそう尋ねてみる。


愛無あいなだ。親愛の念を込めて、愛無ちゃんと呼んでくれてもかまわないよ?」


 それだけ聞いて、僕はまだ見ぬ新しい世界へと旅立った。


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