(10)内情

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 ツクシにいるとされている三体の魔物は、大陸にいるはずの爵位持ちに関係していることが判明している。

 それらの魔物は十年以上前にそこに住み着いているが、ユグホウラ基準でいえば一向に攻略が進んでいるようには見えない。

 何故そんな状態になっているのか、一時例の上司が脳裏をかすめていたが、恐らく介入があったわけではないということがわかった。

 その情報を持ってきたのは、ツクシを攻略している最中のファイだった。

 後は残すところその三体の魔物が統治している領土を残したところで、一度報告がてら顔を見せに来たのだ。


「――ガウガウ(というわけで、何かの介入があったとかはないと思うぜ。ありゃ、完全に自滅パターンに入っているな)」

「なんというか完全に『案ずるより産むが安し』だったか」

「ガ……ガウ? (アン……なんだって?)」

「ああ、いや。変に考え過ぎたかってこと」


 学者の方から怒られそうな超意訳をして意味を伝えると、ファイは納得した様子で頷いていた。

 実際きちんと意図は伝わっているので問題ないだろう。

 

 それはともかく、件の三魔物が何故ここまで攻略が進んでいないかといえば、ファイが言ったとおりに自滅という表現が一番合いそうな状況だった。

 そもそも大陸にいる爵位持ちのヒノモト攻略はツクシから始まっているのだが、三つの領土を三体の魔物に任せるというだけの半ば投げやりなものだったらしい。

 その三体の魔物というのはまさしく今相対している魔物になるのだが、彼らは爵位持ちに領土を任せられた後で盛大にお互いの足を引っ張り始めたようだ。

 爵位持ちから新しい領土を任せられて浮き足立った魔物が、より多くの成果を上げようと目障りな同格に存在を狙い始めたというわけだ。

 

 そんなことをしないで領土を拡大したほうが爵位持ちから褒められるだろうと思うのだが、そこはやっぱり魔物というべきかお互いが競い合って土地を増やすのではなく、相手が持っている土地を狙ったというわけだ。

 勿論何の進展もないと爵位持ちから厳しい目を向けられることになるので適度に新しい領地へ侵略をしようとしたこともあるそうだが、その場合は別の魔物がそれを邪魔しておじゃんにするということを繰り返しているらしい。

 結果として新しい領土は増えることなく、現状維持のまま今の状態が続いているようだ。

 ここまで来ると笑うしかないような状況だが、案外大陸にいる爵位持ちも同じような気持ちで、完全にヒノモトに目を向けるのを止めているのかもしれない。

 

「――なんだろうね。こんなこと言ったら本当は駄目なんだろうけれど、もう少しだったら多少は歯ごたえのある相手になっていた可能性があるってことかな」

「ガウ(結果論だがな)」

「だね。まあ、いいか。お陰でこちらの攻略が楽で済みそうだということがわかったから」

「ガウ?(それじゃあ、良いんだな?)」

「うん。きれいさっぱりやっちゃって。言っておくけれど、今更命乞いしてきても受け入れたら駄目だからね?」

「ガウ(わかっているぜ)」


 一度逃げた魔物が厄介な存在になるということはファイも認識しているのか、当然だろうという様子で頷いていた。

 ファイは姿かたちがまんま熊なので、いつか動物園で見たエサを欲しがって愛嬌を振りまいている熊にしか見えないが、そんなことを口にすると何をされるのか分からないので黙っておいた。

 

 ファイからの報告はそれだけだったようで、俺の了承を取り付けたあとはすぐにツクシへと戻っていた。

 何とも慌しいが、これから行われるはずの戦闘に心躍らせているようなので、あれがファイにとっての日常である。

 もっとも今すぐに戻れたとしても夜になってしまうので、攻略を再開するのは朝になってからということになるだろうが。

 さすがに夜に仕掛けるほどファイは愚かではないので、そこは心配していない。

 

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 ファイの報告を受けた翌日には、シルクからキナイの攻略が終わったという報告を受けた。

 すでにメッセージを受け取って攻略済みだということはわかっていたが、こういうのはやはりきちんと当事者の口から結果を聞きたい。

 

 ――というわけでシルクとその側近を招いて攻略の状況を聞いていたのだが、その途中で興味深い話を聞くことができた。

「無事に相手を倒せたのはいいとして、例の受け入れた魔物はどうなった? 確か、兎種だったよね?」

「彼女ですか。それでしたら最後の最後に裏切ってきたので、しっかりと切り裂きましたわ」

「ああ~。やっぱりそうなったか」

「はい。予想できていたとはいえ、やはり多少の暗示のようなものはかかっていたようです」

「暗示……? うーん。そんなことができる魔物……いてもおかしくはないけれど、もし本格的に相手をするようになった場合には厄介そうだな」

「そうですね。ですが、主様はそこまで心配ないのではありませんか?」

「はて……? どういうこと?」

「暗示のような類のものがかかるのは、大抵魔力に差がある時と相場が決まっているようですわ」


 初めて聞くその話に、びっくりして思わずシルクを長く見つめってしまった。

 その俺の顔を見て、今度は逆にシルクが驚いたような顔になっていた。

 

「ご存じなかったのですか」

「まあね。でも確かにそれなら大抵の相手は大丈夫そうだな。ただ大陸には同格もいそうだけれど」

「それはそうでしょうが、恐らく大丈夫でしょう。大陸に爵位持ちに暗示をかけられるような強者がいるのであれば、とっくにすべてを制覇しているはずですわ」

「なるほどね。確かにそうかも知れないな。でもまあ、一応そういうこともあり得るとだけ覚えておこう」

「それがよろしいかと思いますわ」


 俺の決意(?)にシルクが微笑みながら頷いていたが、ここで非常に珍しいことが起こった。

 それが何かといえば、それまで黙って話を聞いていたシルクの側近の一人が、言葉を発したのだ。


「主様。少しよろしいでしょうか?」

「うん? どうしたの? 珍しいね」

 シルクもここでその側近が口を開くとは思っていなかったのか驚いた様子になっていたが、彼女が何を話そうとしているかまでは分からなかったらしい。

「どうしてもこの場で報告しておかなければならないことがあります」

「なんか重苦しい空気を感じるんだけれど、何かあったかな? ハイハイ。シルクは黙って話を聞いておこうか」

 何やら不穏な雰囲気を感じるのと同時に、何故かシルクが話を止めようとするのを感じて敢えてそれを止めた。

 こういう展開になるのは非常に珍しいことなので、きちんと話を聞いておかなければならないと察していた。

 

「先ほど話にあった例の異分子ですが、実は半分は成功していました」

「は……? どういうこと?」

「正確にいえば、シルク様が相手の攻撃を受けて油断させたところをそのまま切り捨てたという流れになっておりました」

「…………ほう? シルク、どういうことかな? そうそう簡単に命を捨てるようなまねをしたら駄目だと、常々いっていると思うんだけれど……?」


 側近による内部告発によって実は危うかった可能性があったことを知った俺は、問い詰めるような視線をシルクへと向けていた。

 その視線を受けてシルクが何やら焦った様子で言い訳を始めていたが、どれも聞いて納得できるようなものではなかった。

 その結果、シルクは数時間の間<おしおき>を受けることになるのだが、彼女の名誉のためにどんな内容だったかは伏せさせていただく。




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※いつもでしたらここで本編終了、閑話を挟んで次章へとなるのですが、今章はもう少しだけ本編が続きます。

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