(7)インヨウ攻略
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ヒノモトの攻略を開始してからひと月以上が過ぎていた。
以前シルクに問われて参入を許可した魔物はこれまで特に大きな動きを見せておらず、部隊の行軍に足を引っ張ることもなく着いてきているらしい。
眷属にはなっていない魔物がどういう行動を取るのかという観察をするにおいても貴重なサンプルになっているので、彼(彼女?)是非ともこのまま居続けてほしいと願うばかりだ。
そんな異分子のことはともかくとして、三地域の攻略自体は特に問題が起こることもなく予定よりも若干早めに進行が進んでいた。
その中でも一番顕著だったのはインヨウの攻略で、この時点で既に最後に領土を一つ残すのみとなっている。
インヨウでも妨害が入ると予想していたので、爵位持ちの関与がないと判明してからは予定が早まるとは思っていたが、ひと月でここまで来るというのはさすがに予想外だった。
ただ、予想よりも予定が早まったことで困ることは一つもない。
むしろ早くインヨウの攻略を終えて、他二地域の攻略に向けて部隊を再編したいと考えている。
勿論そんな考えを持っているからといって行軍を急かすような真似はせずにいつも通りに待っていようと決意していたのだが、俺の雰囲気を読み取ったのか最後の領土の攻略も「残り一つになった」という報告を受けてから五日後には攻略を終えていた。
その報告を聞いた時はさすがに早すぎだと思ったのだが、どうやら部隊のトップとして任命したアンネが機転を利かせて本体の一部を分けて攻略部隊として振り分けたらしい。
この時点でインヨウには爵位持ちの関与がないと確定していたので、多くの戦力がいる本体をそのまま行軍させるだけなのはもったいないと判断したようだ。
もともと多くの部下を抱えて暮らす種だけあってか、その判断はよくやってくれたと言いたかった。
もっとも初期からいる眷属たちは全員が似たようなことはできるようになっているとは思うが、そこはそれだ。
アンネもそれくらいのことはできておかしくはないとは思うのだが、実際に行軍をしている最中に上(俺)からの指示を変えるようなやり方を実行するのは中々難しい……と思う。
どういう理由で本隊を分けることにしたのかは後でしっかりと話を聞かないといけないが、今の時点で怒るつもりは全くない。
軍によっては命令を無視して勝手な行動をしたと判断されることもあるかも知れないが、こういった状況判断による変更は大歓迎である。
――とまあ、ここまで手放しで喜んでいられるのはあくまでもきちんと結果を残したからで、これが失敗していればやはり判断ミスだったと言われるになっただろう。
俺自身が何かを言わなくても周りから何かを言われる可能性は残っているわけで、そういう意味ではやはり権限の委譲は早く進めておきたいところだ。
今回は軍の編成と行動に関しては俺が全て決めたが、これから先では爵位持ちの関与が強くなることも考えてある程度は現場で判断して行動させるようにしておきたい。
ユグホウラには明確な軍既定のようなものはないのだが、そんなことができているのはやはり眷属と子眷属という関係が特殊なものだからだ。
「勝手なことをしたアンネは怒られますか?」
ホーム近くにある建物で休んでいると、アイがそんなことを聞いてきた。
「いや。怒らないよ。ただ一応皆がいる前で質疑応答のようなものはするかな?」
「つるし上げ?」
「いや。なんでそうなるかな。そんなことをするつもりはないよ。ちゃんと結果を出しているんだから、そんなことをしたらやる気を無くすしね」
「だったら何故?」
「できればもっと現場判断で進められるように権限の委譲をするように――という意見が出てくれればいいとは思っているけれど……眷属には難しいかな?」
「多分……いや、きっとラックなら……」
「そうか。だったらそれに期待しておこうか」
基本的に眷属は、主である俺に対して反対的な立場を取ることはない。
勿論時に反対的な意見を言うこともあるが、それはあくまでも全体としてより良い方向に進むときだけだ。
それを考えると権限の委譲という意見も言い出してきそうなものだが、こと戦闘に関しては話が変わってくる。
眷属といえども根っこはあくまでも魔物なので、集団のより強い長に対して戦闘的なもので反対意見を述べるということがほぼあり得ないのである。
俺としてはできることならもう少し柔軟になってほしいと言いたいところではあるのだが、こればかりは魔物としての本能のようなものが絡んでくるので無理を言うことはできない。
これが眷属ではなくフラッと仲間にした魔物であるなら平気で首を狙ってきたりすることもある得るのだが、魔力的な縛りが強い眷属ではほとんどそうしたことは起こらないと考えたほうがいい。
勿論魔力的な縛りが強い眷属とはいえ普段の扱いが悪ければ裏切りも当然のように起こりえるのだが、俺の普段の行動でそんなことが起こることはまずあり得ない――というのがアイの言葉だった。
となるとこと戦いに関しては、眷属からの反抗的な態度は勿論のこと、意見もあまり期待できないということになる。
「――魔物としての性質となると中々直すのも難しいとは思うけれど、どうにかならないかな?」
「……一つ思い当ることがあります」
「へえ? それは何?」
「進化して性質そのものを変えてしまうこと」
「……なるほど。それは確かにあり得そうだ。進化ならどの進化でも変化しそうな気はするけれど……それって進化前に思いっきり叩き込まないと駄目なパターンじゃない?」
「……体罰、頑張りますか?」
「いや。それで植え付けられるのは恐怖心だけじゃないかな」
「あら。まあ、冗談はともかくとして、やっぱり何度も教え込むのが一番の近道でしょうか。ご主人様はそれが分かっていてやっていたわけではなさそうですが」
「確かに意識してやっていたことは無いなあ。とにかく急がば回れってことか」
肉体的な構造を変えるのであればそれぞれが性格と戦闘能力に合わせてどんどん変わっていくが、精神面についてはより上位の存在の「教え」が大切だということだろう。
ユグホウラも大きくなってきて軍事力としては個々の能力も軍全体としての能力も上がっている今、俺の役目は精神的な教えに変わっているのかもしれない。
高位魔物の寿命からいえば百年も生きていない若造であるおれがそんなことをしてもいいのかと思わなくもないが、そもそもユグホウラにいる眷属は全員が俺よりも下なのであまり気にする必要はないのかもしれない。
そんな眷属たちの意識改変は長期計画でやっていくとして、今は目先のヒノモト攻略が重要になる。
このままいけばインヨウは一週間も待たずに公領化が可能になるはずで、その時にはやはり警戒する必要はあるだろう。
大物を狙っている一瞬のスキをついて第三者が横取りするなんてことはよくあることなので、やはり爵位持ちの関与は気を付けなければならない。
今までの様子を見ている限りでは、キナイとツクシでの対応で手一杯という感じにはなりそうだが、直接大陸から向かって来る可能性も無いわけではない。
一応海の警戒も行ってはいるが、全ての海域を見張り続けることなど不可能なので十分に注意するつもりだ。
インヨウの攻略を終えた後も爵位持ちがちょっかいをかけてこないとも限らないので、全て軍を解散というわけにはいかないだろう。
少なくともヒノモトの攻略をきちんと終えるまでは、ある程度の数は残しておくつもりでいる。
既にそのことはアンネにも伝えているので、きちんと理解して軍の運用を行っている……はずである。
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