(5)新しい製品

§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§




 シルクのチームに加わることになった魔物は、攻略が進んでいても特に大きな動きは見せていなかった。

 考えてみれば眷属や準眷属以外の魔物をユグホウラに引き入れるのは初めてのことで、魔力的な縛りがない魔物がどういう行動を見せるのか非常に興味深いところがある。

 それに掲示板では話題になったことがあるが、魔物の中には魔力的に縛られずに集団で行動する性質があるものもいる。

 そうした魔物の中で異種族であっても集団の中で行動するという性質の魔物がいれば、保身のために加わろうとする魔物がいてもおかしくはないだろう。

 保身というとちょっといやらしい感じがするが、そもそも弱い魔物が強い魔物のもとに下って保護を願うのは何もおかしいことではない。

 そうして種の保存を狙っているのだから生物の行動としては、考えられる一つの手段ではある。

 ただ強い集団を渡り歩くために元居た集団に対して何か具体的な行動を起こされると、元の集団はたまったものではないのだが。

 もっとも自ら他の集団に属そうとするほどに弱い種であれば、反乱的なことを起こされたとしてもさほど影響はないような気もする。

 

 順調に進んでいるヒノモトの攻略状況の報告を逐一受けつつ、俺自身は日常をゆったりと過ごしていた。

 そんな日常の風景の一つに、日課といってもいい行動の一つがある。

 それが何かといえば、広場に出来た温泉施設で入浴をすることだ。

 元の世界に比べて娯楽が少ないこの世界では、入浴は大切な娯楽の一つになっている。

 

 そんな日課を済ませてホームに戻ろうとアイと合流したそのタイミングで、霊体な人のハーズさんに呼び止められた。

 なんでも精霊鍛冶師であるハルさんが呼んでいるそうで、彼の作業場にまで来てほしいとのことだった。

 ハルさんは、俺が温泉に日参していることは既に多くのプレイヤーが知っているので、温泉に向かいそうなプレイヤーに声をかけていたそうだ。

 そこまでして呼ばれる用事があったかと首を傾げながら向かっていると、ハーズさんも一緒に着いてきていた。

 ハルさんの用事はハーズさんにも関連している内容だそうだが、何故かその内容までは教えてもらえなかった。

 わざわざ隠しておく必要がある用事なのかと不思議に思っていたが、ハルさんから話を聞いてなるほどと納得することになる。

 

「おう。やっぱり今日も来ていたか。わざわざすまんな」

「いえ。それは良いのですが、用事とはなんですか?」

「なんだ。連れて来たハーズから聞いていなかったのか? お前さんらみたいな精霊やら霊体やらに合う武器や防具が作れないかと思ってな」

「あ~。なるほど。そういうことですか」


 そもそも精霊や霊体というのは、実体が希薄な存在になっている。

 そのため実体そのものである武器や防具を作ることは、今のところ不可能だとされていた。

 ちなみに見た目ではきちんと服を着ているのだが、これらは精霊や霊体として存在する際に自動で付与されるものらしい。

 分体生成で外に出るときに真っ裸ということはないので便利だなと思うことはあっても、それを不思議に思ったことはない。

 種族的にそういうものだと納得するしかないのだが、他のプレイヤーから見れば確かに不思議現象だと思われてもおかしくはないだろう。

 

「――ただ意図はわかったのですが、私は一般的な精霊とは離れていますよ?」

「だよな。お前さんは最初から装備ができたらしいからな。元の世界樹という明確な存在があるからかもしれんが……今はその考察はいいか。むしろだからこそ試して欲しいんだよ」

「あまり意味はわかりませんが、協力できることがあるのでしたら協力しますよ」

「そいつはありがたい。アイ嬢が一緒にいるのも助かるな」


 俺が広場に日参するようになって、護衛よろしく眷属たちも入れ替わり広場に来るようになっていた。

 その結果、あまり武器防具に興味を示してこなかった眷属が、プレイヤーの作ったそれらに興味を示すようになっている。

 以前は漢の武器は拳と言い切りそうだったファイが、ハルさんの作った武器を気に入って装備するようになったのが一番顕著な例だろう。

 それ以外にも魔物としての性質に合わせた特殊武器等を色々と見せられて、大体の眷属が何かしらの武器を手にするようになっていた。

 広場ができるまではドワーフたちが作るで一般的な武器だけだったので、異世界の知識が混じって作られるそれらに興味が湧くのも不思議はないのかもしれない。

 そうした事情があるからか、眷属たちが一番多く顔を合わせているのは鍛冶師たちになっているのは自然な流れなのかもしれない。

 

「それで私は何をすればいいのでしょうか?」

「おうよ。――まずはこれを持ってもらってもいいか?」

 ハルさんがそう言いながら差し出してきた布切れのようなものを見て、アイが真っ先に反応した。

「――凄い。金属糸の応用?」

「おう。そうだぜ。まさかアイ嬢に褒められるとは思っていなかったな」

「私には金属糸は作れない。でもこれを見せられると試してみたくなる。どうやってこれだけ効果の上乗せを?」

「糸を紡いだのは霊糸針子のミイナだ。俺は金属を作る時に協力した感じだな。効果の上乗せは、予想外の結果でこうなった」

「どういうこと……?」

「いや。違う効果が乗った糸をそれぞれ用意して、それを織り込んだら結果こうなった感じだな」


 ハルさんの説明を聞いたアイが、考え込むような表情になっていた。

 アイがこんな表情をするのは珍しく、それだけハルさんのやったことが凄いということなのだろう。

 端で見ている限りではその程度のことしかわからないが、それでもかなり凄いものを作ったということはわかる。

 ただ話を聞いていてふと疑問が浮かんできたので聞いてみることにした。

 

「シルクたちは金属糸を作れたはずだけれど、それとは違うの?」

「似ているけれど違いますね。これは完全に精霊とか霊体に合わせて作ってありますから。もしかするとこれを見せると同じものが作れるようになるかもしれません」

「ああ。それは確かに。あの姉さんだったら作れるようになってもおかしくはないか。……そういやプレイヤーにも蜘蛛はいたな。今度確認してみるか」

「なるほどね。それは良いとして一応確認だけれど、俺が触る分には問題なさそう?」


 一応アイに確認を取って問題ないという答えが返ってきたので、早速その金属糸で作ったという布を手に取って――みたが、すぐに違和感に気が付いた。

「おや。これはもしかするともしかする……かな?」

「なんだ? 特におかしいところはないと思うが、不具合でも出たか?」

「いえ。そうではなくて……えっと。こんな感じかな?」


 ついつい人が見ている前だというのに独り言のような呟きを出しながら、違和感にしたがって持った布に自分自身の魔力を通した。

 するとその布全体に魔力が染み渡るのと同時に、今まで実体として見えていた布が目の前から消えてしまった。

 一同のその驚きを確認してから、すぐに消えた布を出して見せる。

 

「――どうやらこの布、出し入れ可能になるみたいですね。実際に服なんかにしたときにどうなるのか、興味深いところです」

「…………なんとまあ」

「さすがにハルさんも予想外でしたか」

「まあなあ。魔力が同化されているからキラのものになったと認識されているようだが……」

「ああ、すみません。もう他の人には恐らく渡せないでしょう。料金は支払います」

「いや。むしろ実験の代金として受け取ってほしいんだがな。それくらいの価値はある」

「さすがにそれは駄目でしょう」


 しばらくの間、要る要らないのやり取りが続いたが、小粒の魔石を幾つか渡すことで決着がついた。

 それだとどう考えてもこの布に見合う値段とは言えないのだが、ハルさんにとってはもらい過ぎということらしい。

 あまりそこで問答を繰り返しても仕方ないので、それでお互いに引いた結果である。

 いずれにしてもこのままこの布の開発が進めば、これまで武器防具には一切縁のなかった霊体や精霊のプレイヤーにとっては大きな助けになることは間違いないはずである。




§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る