(6)サダ家への仲介役

§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§




 東北方面での戦が起こる前に意思統一を図ってからクインを見送ったあとは、シルクを伴ってダークエルフの里を訪ねた。

 用事があるのはダークエルフではなく、里に住んでいるイェフである。

 今回はきちんとイェフは在宅していたのだが、いきなり訪ねてきたにも関わらずにこやかに対応してくれた。

「――して、いきなり来られたわけですが、何か御用でしたかな?」

「用といえば用なんだけれどね。本当は伝えなくてもいいかなとも思ったんだけれど、やっぱり先に伝えておこうと思ってね」

 そう言った俺の声が思ったよりも真剣だったのか、イェフの顔が少し引き締められた。

「……ふむ。どういった要件でしょうか?」

「これから数日後にツガル家とイトウ家、ツガル家とトウドウ家の間で戦が起きます。イェフさんの主家であるサダ家はイトウ家と隣接していたはずですので一応連絡をと思いまして」

「そ、それは……!?」

 いきなりすぎる報告に、イェフは両目を見開いた。

 

 そもそもエゾに住んでいるイェフはサダ家が統治している地域からはあまりに遠いために知らされていないだけかもしれないが、やはりツガル家の戦のことは知らなかったらしい。

「サダ家では既に情報をつかんでいるかもしれませんが、一応報告しておいたほうがいいでしょうね」

「それは勿論……。ですが、何故この地にいるあなたがこの情報を?」

「それは簡単です。この戦に我々も関与しているからですね。伝えて欲しいのはこちらがメインかもしれません」

「なんと…………」

 ユグホウラが人族の戦に参加しているという情報に、イェフは先ほど以上に驚いていた。

 さらにもう一つあるとすれば、戦いが始まる前に教えてくれるとは思っていなかったのだ。

 

 イェフの表情にそのことは出ていなかったが、恐らくそう考えているのだろうと想像して話を進めた。

「どこでどう関与しているかまでは教えられませんが、関わっていることだけは確実です。できれば実際に戦が起こるまではサダ家には伝えてほしくはないですが……まあ、どう判断するのかはお任せいたします」

「……よろしいのですか?」

「構いませんよ。あなたが伝えたら伝えたでそれなりの行動を取るだけですので。あなたたちへの今後の対応も、実際の戦の方針もですが」

 たとえサダ家からイトウ家へと情報が伝わったとしても、そもそも大量の魔物が向かって来るかも知れないという状況は変わらない。

 子眷属たちを無視して行軍しようとしても、直接手を出すことを禁止していない以上はあまり意味がないのだ。

 子眷属たちに伝えているのは「直接の被害ができるでないように」であって「絶対に戦争状態にならないように」ではない。

 そもそも魔物がツガル家に操られた存在だと分かっても、目の前に現れている以上は無視することはほぼ不可能なのだ。

 こうした理由からたとえサダ家から情報が伝わっても問題ないと判断した。

 

 そんなことまで一々教えるつもりはないが、それでもイェフも色々と思うところはあったらしい。

 黙ったまま考え込むような顔になっていたが、やがて口を開いた。

「サダ家の主にツガル家の味方をしろと……?」

「ああ、いえ。そんなことは言いませんよ。あくまでもツガル家の味方をしているというだけですし。もっともあちらの対応を見ている限りは今後も付き合っていくことになりそうですが」


 今のツガル家の上層部は、ユグホウラを完全に世界樹が統率している組織として考えている。

 そのため眷属が魔物であっても、味方として手伝ってもらうという認識なのだろう。

 ツガル家もその時その時で対応が変わってくるだろうが、そもそも正式な文書を交わしているわけではないのでそれも致し方ないといったところだろう。

 もっとも情報部隊が集めている情報を纏める限りでは、いきなり裏切るような真似はしないというのが今のところの方針らしいが。

 

 昔の日本のように仲間になったり裏切ったりなどはそこまで激しくはないようだが、全くないわけではない。

 豪族たちの行動原理はあくまでも「家を守る」が重要なので、そこが守られれば割と平気で裏切ったりする。

 今回のトウドウ家がまさにその通りに動いた結果、今の状況になっているわけだが。

 ツガル家がユグホウラを裏切ると完全に後ろを突かれることになるのでこの状況での裏切りはないだろうが、勢力が大きくなってきた場合はどうなるかわからない。

 

 とまあ、ここまで考えるとツガル家が裏切ることを前提に動いているようにも見えるが、実のところそうそう簡単に裏切ったりはしないだろうという楽観視もしている。

 ツガル家あたりに根付いている巨木神話の影響はそこまで強いらしい。

 ツガル家の裏切りは一応の為政者としてあくまでも頭の片隅にいれている程度だ。

 そのことまでイェフに見抜かれているかはわからないが、今後の彼の行動とサダ家の動きによっても本島攻略の仕方は全く変わってくる。

 

 今の話を聞いたイェフが、当主にどう伝えるのかはわからない。

 その後の当主の対応によっては、今後のユリアやイェフ夫妻との付き合い方も変わってくる……かもしれない。

「――ところで、サダ家の当主には私の本体が世界樹であることは伝えているのでしょうか?」

「いや、そこまでは。……まさか?」

「そうなんですか。ええ。想像通りで間違っていないですよ。ツガル家には既に伝わっています。話の流れでそのほうが良いと判断したみたいですが」

「それは……なるほど。そういうことですか」

 ツガル家にユグホウラの中心が世界樹であることを伝えたと聞いて、イェフが納得の表情で何度か頷いていた。

 

 それを見て以前から少し疑問に思っていたことを聞いてみることにした。

「世界樹……というよりも巨木神話が各地に残っているという話は聞いていましたが、そこまでの影響力があるのですか?」

「正直なところ、こう言っては何ですが微妙……といったところでしょうか。ただやはり中央から外れると、まだまだ土着の伝承は未だに息づいております」

「ああ。それで『なるほど』というわけですか」

「まあ、そういうわけですね。ですが、中央も失ったというわけではありません。神に仕えている者たちには、まだまだ信仰として残っているはずです」

 本島では過去から伝わっている土着の信仰は、宗教という形になって残っている。

 大陸から伝わっている宗教の影響もあるということから、もしかすると過去の日本で起こっていた神道と仏教の共存の過程のようなものが起こっている最中なのかもしれない。

 あるいは土着の信仰は完全になくなって、新しい宗教が幅を利かすようになるのか……それは時間が経ってみないとわからないことだ。

 というよりもこういった変化はいつでも起こりうることなので、とにかく現状でどうなっているのかを確認して対処しなければならない。

 

 新しい信仰が入ってくる中で世界樹という土着の信仰に基づく存在が出てきた時に、サダ家の当主がどう行動するのか。

 それを見てみたい気もするが、このことを話すかどうかはイェフに完全に任せることにしている。

 もっともイェフの主家への忠誠度を見る限りは、今の話を聞いて話さないという選択肢はないとも思っているが。

 いずれにしてもユグホウラとツガル家の間に繋がりが生まれているということは、サダ家に伝わることだろう。

 わざわざ俺自身がここにこうして話をしに来ている時点で、話しておくようにと言っているようなものだからだ。

 もしこれでイェフが当主に話を通さなければ、完全にユグホウラ側へと気持ちが傾いていることを意味するので、それはそれで構わない。

 戦が始まるまで数日ないわけだが、イェフがどう判断するのかはしっかりと注視していきたいところだ。




§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る