(7)ユリアの提案
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イェフとの話し合いを終えた後で、ふと思いついたことがあってユリアのいる建物へと向かった。
別に一人暮らしを勧めているわけではないのだが、これも修行ですと言って当人が頑なに一人での生活を続けている。
何となく見た感じでは、親元を離れたくて敢えてそうしているのではないかと思われる節がある。
親に反抗……ではないが、何となく離れてみたいと思う時期が誰しもあると思うが、ユリアにもそれが来ているのではないかと思われる。
たとえそうだとしても、ユリアが住んでいる家を訪ねて満面の笑顔で出迎えられればわざわざこちらから親と一緒に住めばとは言い出しにくい。
ユリアの一人暮らし事情はともかくとして、このタイミングで訪ねたのはイェフにも伝えたツガル家のことともう一つある。
まずはツガル家のことを伝えたのだが、ユリア当人はピンと来ていないのか少しばかり不思議そうな顔をしていた。
「エゾの隣にあるツガル家が戦になっていることはわかりました。……ですが、それが私に何か関係あるのでしょうか?」
「ん~。あると言えばあるし、ないと言えばないかな。ユリアが戦に直接関わることは無いからそういう意味では関係ないんだけれど、実家の方がね」
「……そちらの方でしたか。それでしたらわかります……が、正直なところサダ家がどうなったとしてもあまり……」
なんとも歯切れの悪いユリアの言葉に、俺としても苦笑を返すことしかできなかった。
何しろ小さい時から実親の元を離れて、イェフ夫妻と共にこのエゾに渡ってきたのだ。
ユリアにとっては、サダ家が実家だと言われてもあまりピンとこないというのは理解できる。
とはいえ周りの大人たちは、当人の事情など関係なく色々と動き回ることになるのだが。
「そうか。とりあえずそんなことがあるかもと頭の中にいれておけばいいから。イェフたちが何か言ってくるかもしれないしね」
「……わかりました」
多少不満の残る顔で同意してきたユリアだったが、こればかりはきちんと言っておかないと後々騒動の原因になりかねない。
聞きたくない話であっても聞いておかなければならない機会はこれからもたくさん出てくるはずなので、今のうちに慣れておいたほうがいい。
「それじゃあサダ家の話はここまで。次なんだけれど、ちょっと聞きたいことがあってね」
「何でしょう……?」
「ユリアって旅の最中とかに神社の巫女とかに会ったこととかある?」
「巫女様にですか? ないわけではありませんが、そこまで多くの話をしたことはありません」
「そうかあ……」
「何かございましたか?」
「いや。イェフと話をしていて思ったんだけれど、巫女とか神主とかってもしかしたら歪みの知識持っていないかなってね」
イェフと巨木神話についての話をしている時に思いついたのだが、土着の神を祀っている神社であれば各地に残る神話なんかも管理しているかもしれない。
そうであるならば、もしかすると歪みについての話も伝わっているのではないかと思ったのだ。
たとえそれが「歪み」という直接的なことばではなくとも、例えば妖気とか悪魔とかそういった形でだ。
もしそうした伝承が残っているのであれば、世界樹の果たすべき役割もはっきりできるのではないかと考えていた。
「神職の方たちですか。確かに、言われてみればそうかも知れません……が、私にはちょっとわかりません」
「そっか。それはそうだろうね」
一応聞いてみたら答えが来るかもしれないという程度で聞いたので、はっきりとした答えが来なかったとしても特に問題はない。
いずれ戦が落ち着けば、ツガル家にある神社の神職辺りに聞いてみるのもありかも知れない。
そんなことを考えていると、今度はユリアが何かを決意したような表情になってこんなことを言い出してきた。
「キラ様。一つ……いえ、二つほどお願いがあるのですが、いいでしょうか?」
「うん? 珍しいね。何かあった?」
「歪みをもっとたくさん見るために、エゾ内を旅してみたいと思うようになりました。ですので、旅の許可を頂きたいのです。それと一人というのはやはり駄目でしょうから護衛のために眷属の方々を借りられないでしょうか」
「旅……ね。なるほど」
ユリアの言いたいことを理解した俺は、少し考えこんだ。
確かにもっと色々な歪みを見たいというユリアの気持ちはわかる。
ホーム周辺やダークエルフの里の周りを散策しているだけでも、特徴的な歪みがいくつも見つかっているのだ。
それを考えれば、遠出すれば他にも何か見つかるかもしれないというユリアの考えはよくわかる。
ちなみにユリアは小さな歪みであれば、自分で『処理』出来るようになっている。
勿論世界樹のように歪み(マナ)を魔力に変えるなんてことはできないのだが、歪みに触れて世界樹へと送るという技術を身に着けたのだ。
それこそまさに例のメッセージで伝わってきた世界樹の巫女としての能力なのだが、誰にも教わらずにそれを習得したユリアは天才だと言わざるを得ない。
あるいは世界樹の巫女となる者であれば誰にでも習得できるのかもしれないが、今のところユリア一人しかいないのでそう思っていても構わないだろう。
そんな天才少女(?)ユリアが申し出てきたことだ。
魔物と出会うような危険な旅は駄目だと言うのは簡単だが、自身の感覚で考えて「やってみたい」と思ったことを止めるのもどうかと思う。
……のだが、ちょっとした懸念点が思い浮かんだ。
「一つだけ確認なんだけれど、その話はちゃんとイェフたちには……って、こら」
言葉の途中でツイと横を向いたユリアに、思わず突っ込みを入れてしまった。
言葉で確認しなくてもその態度を見れば、ユリアがどういう対応をしているのかわかる。
「……だって、絶対反対されるのはわかっているのに……」
「だとしても、だよ。黙ったまま行くよりは、一度はきちんと話しておいた方が良い。旅も護衛を貸すのもいいから。まずはちゃんと両親に話しておくこと。いいね?」
「はーい」
一応了承の返事はしたものの未だに小さく頬を膨らませながらそっぽを向いている姿をみると、やはり年相応のところも残っているんだと安心できるところではある。
もっとも年齢で考えれば元の世界でいえば中学生くらいになっているはずなので、年相応といえるのかは微妙なところだが。
どちらにしても育ての親であるイェフ夫妻に話すことは、絶対の条件だと念を押しておいた。
「二人を説得出来たら行っても構わないのですね?」
「ああ。むしろ色々と見てきて欲しいね。護衛の心配はしなくていいから。あと旅の途中の食事なんかもね。子眷属たちに運ばせるから」
「……それだと旅というよりも、ただ単に拠点を移しているだけになるような気もしますが……?」
「それは仕方ない。自分のやりたいように旅をしたいんだったら、最低限自分自身で魔物とやり取りできるようにならないと」
俺が出した条件に、ユリアは「それは難しいですね」と笑って返してきた。
魔物が普通に出てくる世界だけに、いざという時に対処できるようになっていないとおちおち旅をすることもできないのだ。
ちなみに子眷属を仲介して仮拠点を作らせるというのは、何もユリアのためだけではない。
ユリアと話をしているときに思いついたのだが、いざ戦いになった時に軍を休ませる拠点を作るための小規模な訓練(というか確認?)になるのではないかと考えたのだ。
ユグホウラにその時が来るのかはわからないが、できる時にやっておけば無駄にはならない。
戦になれば各眷属との連携が必須になるのは確実なので、そのための確認作業という意味合いも含んでいる。
折角のユリアの申し出なので、それを生かさない手はないとそんなことを考えているのであった。
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