(6)人族の領域
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ドワーフと協力して作る船用の新しいインゴット、自領の強化のための眷属、準眷属の増強、樺太方面へ向けての準備。
それらは全て今後のため布石となっている。
こうして並べてみればそれぞれにやることが多くて頭を抱えそうになるが、そのほとんどが眷属にお任せ状態になっているので俺の役目はその報告を待ってさらに指示を出すだけだ。
勿論だからといって放置しっぱなしというわけではなく、時折進捗状況を確認したりするようにはしている。
あまり頻繁に確認ばかりしていると口うるさい上司という認識を持ちかねないので、匙加減が重要だったりする。
そしてそれらの案件に加えて、もう一つ重要な件が進化する前から動き続けている。
それが何かといえば、蜘蛛、蜂の子眷属を使った本島の調査だ。
部署を立ち上げた時から比べてかなりの規模になっている調査隊だが、俺のところに来る情報は情報部を統率している女王二体とシルク、クインがまとめたものになる。
それらの中には今後のことを考えるために、重要になりそうな情報もある。
特に現在は、エゾから一番近いツガル領から情報を得ることに力を入れていた。
ちなみにツガル領というのはこちらが勝手につけた名前で、それぞれの土地を支配している家の土地という意味でつけている。
その名前から分かる通り現代日本で青森から秋田辺りを支配している豪族の名が、ツガル家ということになる。
この世界のこの時代では、魔物という存在がいるせいなのか県境的なはっきりした境界線は存在していないようだ。
各豪族がどこどこの町や村を支配しているという緩やかな統治のようで、戦でのやり取りもあくまでも町や村の奪い合いということになる。
ただ人族同士での戦は勿論あるのだがその頻度は思ったよりも少なく、豪族が持つ戦力のほとんどは大自然の中で発生している魔物に向けられている。
他家と争って町や村の奪い合いをするよりも、魔物と領域を争って土地を広げるほうが利益が出やすいのだろう。
人族との戦でもそうだが、魔物と戦うために必要な一番重要な資源は良質な鉄や回復量の高い回復薬……などではなく、人そのものだ。
いくら上質な武器や薬があっても、それを使う人材がいなければ意味がない。
魔物と戦うために人材を欲しているのに、人族同士の争いで一番重要な資源を失うわけにはいかないといったところだろうか。
その影響が強いのか、単に歴史としてそうなっているのかはわからないが、人族同士の戦争では軍団でのぶつかり合いよりも一騎打ちのような形で最終決着をつけることもあるようだ。
勿論、軍団同士での戦いが全くないというわけではない。
当たり前のように人数が揃えられるような大豪族は、一騎打ちなんていう博打ではなく数だけで押し切る戦いもしている。
その数を見て、実際に戦わずに軍門に下るなんてことも起こっている。
時に無駄なあがきをする豪族もいるようだが、大抵は大豪族の軍門に下って昔ながらの土地を守り続けること選択する一族も多いようである。
というわけで、少なくともツガル以南の本島では大掛かりな大戦争というのは起こりずらい状況にあるらしい。
宗教的にも自然信仰がそのまま続いている状況なので、宗教戦争といった側面もほとんど起こらないようだ。
それもこれも常に魔物という脅威にさらされている世界ならではと言えるだろうか。
もっとも俺たちにとっては、それが大きな問題に繋がるわけだが。
「――うーん。究極を言ってしまえば、こっそり領域化を進めていくか、敢えて存在を知らせてから進めるか、なんだけれどね」
「どちらもメリットよりもデメリットの方が大きく見えますか」
「だねぇ。前者はばれた時の反発が面倒。後者は魔物の管理を押し付けられるのが確実なので面倒」
「……人族が絡むと厄介ですね」
クインの答えに、俺としても「全くだね」とした答えられない。
現在、クイン、シルクと一緒に話を進めているのは、本島以降の攻略をどうするかということだ。
本来であれば眷属全員を集めて話し合ってもいいのだが、今いる二人以外は何だかんだで忙しく動いている。
ルフ&ミア夫妻には特に仕事は渡していないのだが、今は新しい子供を産み育てることに集中してほしい。
もうすでにユリアの実家であるサダ家には存在を知られているので何をいまさらと言われそうだが、実際に土地を領域化するとなると話は違ってくる。
領域化することによって魔物の発生を抑えられることが知られれば、間違いなく人族が住める領域を要求してくるだろう。
そんなものは無視すればいいのだろうが、そうすればそうしたで今度は魔物に向けていた軍をこちらに向けてくるのは間違いない。
いかに人が資源として重要とはいっても、魔物を一つにまとめられる脅威を排除するためには簡単に使ってくるはずだ。
「うーん、仕方ない。玉虫色といわれるかもしれないが、折衷案で行こうか」
「折衷案……ですか」
「ノースやセプトを見ている限りでは、人族の営みには影響がないことが分かっているんだから領域化は進める。でも隠れたままでは後々問題が大きくなりそうなので、それとなく知らせていく」
「それでは利用されるのでは?」
「そこは突っぱねるしかないかな。お前のところでは、自領で発生した賊が他領に行って迷惑をかけた時にまで責任を負うのかと」
「……生まれは自分のところかもしれないが、管理下にない存在まで面倒はみきれないといったところですか」
「そうそう。そもそも自然発生している魔物はこちらの管理下に無いわけだしね」
「厄介な魔物の討伐を依頼された場合は?」
「こちらに利があるのであればやってもいいんじゃない? 何でもかんでも引き受けるわけにはいかない――というよりも人族をコントロールするうえで敢えて残しておくのも手の内だし」
そんなことを話し合いつつ今後の予定を細かく決めていった。
今ここで話している内容は、後日全員を集めて再度細かいことを決めていくことにしている。
三人だけでは気付けなかった点はいくらでもあると思われるので、そうした詳細を詰めていかなければならない。
「大まかな方針についてはわかりましたわ。後は皆で集まって細かいことを決めていきましょう。ですがその前に、一つ重要なことを主様に決めていただかなければならないことがありますわ」
「あれ? まだ何かあったっけ?」
「わたくしたちの名前ですわ。今後は存在を明らかにしていく以上、集団としての名前がなければなりません」
「無名のままだといずれ
「あ~。名前……名前ね。それは全く考えてなかったな。……どうしようか」
これまで全く考えていなかったことを指摘されて、思わずクインとシルクを交互に見たが二人からの反応は薄かった。
何が何でも俺に決めてほしいという意思表示だ。
これで二人が決めたとなったら眷属同士の小競り合いが起こりそうなので、その気持ちはよくわかる。
俺自身も余計なことで眷属同士の争いが勃発してほしくはない。
…………小競り合いとはいっても物理的な殴り合いとかではないのだが。
結局この場でいきなり思いついたもので決めるのではなく、次回の話し合いで発表するということになった。
そして二人と別れた俺は、ハウスから持ってきた辞典やら何やらを使って色々と調べまくって一つの名前に決めた。
その名前は『ユグホウラ』というもので、ユグドラシルとギリシア語の国を意味するホ(コ?)ウラを足したものになる。
語源を知る者からすればセンスの欠片もないと笑われそうだが、これ以上のいいアイデアが浮かばなかったのだから仕方ない。
そしてそれから数日は、名前を決めたと発表した時に眷属たちからどう言われるのだろうとドキドキしつつ、その時が来るまで待つはめになるのであった。
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