(3)村からの使い

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 少女との邂逅を済ませて完全に夜の帳が下りた頃。

 セプトの村の端にある柵に近い位置に建っている一軒の家から、一つの小さな灯りが漏れてきた。

 その灯りは移動していてもし他に見ている者がいれば、誰かが松明を持っていることがわかっただろう。

 ただその場所は畑が多くある場所ということもあり人家はまばらで、住んでいるものも日の出とともに起きて働きだす農民がほとんどということから気付いている者はいなかった。

 そんな中、松明を持った人物はその光を頼りに村の外へと歩き出した。

 本来であればそんな時間の外出は認められるはずはないのだが、その人物は柵の一部に建てられた門という名の開閉口をすんなり通って村の外へと出てきた。

 それは、それだけ門を守っている門番たちからの信用を得ているということを意味している。

 そんな警備を潜り抜けた人物は、真っすぐに目的地へと向かって行った。

 

 灯りを持った人物が向かった先は、昼間に彼が育てている娘が薬草採取をしていたところだ。

 そこで気になる出会いがあったという話を聞いたその男は、娘が寝静まったのを見計らってわざわざその場に向かったのである。

 その様子をすべて見ていたシルクが、俺に短く報告をしてきた。

「――どうやら待ち人来る、ようですわ」

「おや。数日かかってもおかしくはないと思っていたんだけれど……思ったよりも早かったかな?」

「そのようですわ。能力の上方修正をしましょうか」

「その辺は好きに任せるけれども、余計な口出しはしないようにね」

「あら。それは相手次第ですわ」

 場合によっては手も口も出すと現在に告げてくるシルクに、俺としては苦笑を返すことしかできなかった。

 

 灯りを持った人物――男は、三十分ほどで俺たちが待っている場所の近くまで来ていた。

 昼間に会った少女の足で一時間ほどかかる道をそれだけの時間で来れたのは、大人の足だからということと少し駆け足気味に歩いてきたからだろう。

 そうした細かい報告は、子眷属たちから聞いていた。

 といってもこちらに向かってきている人物に気付かれる恐れがあるので、報告自体はそこまで頻繁に行われているわけではないのだが。

 

 そうこうしているうちに、その男が持っている灯りのお陰で顔が確認できるまでの距離に近づいていた。

 ちなみにこの場にいる俺やシルク、クインは光が無くても周囲の物が見えるようになっている。

 この辺りの感覚は人である時と比べて大分違うのだが、その感覚の違いは数か月もしないうちに慣れている。

 シルクやクインが見えるのは、単に魔物だからというだけではなく進化をしてそういう体質になったからということも聞いていた。

 

 村から駆け足気味でこちらに向かってきていた男は、俺たちの姿が確認できた時点で早歩きを止めて通常の速度になっていた。

 不測の事態が起こることを考えて、息を整える意味も含めて速度を落としたのだろう。

 手に持っている松明の灯で俺たちの姿が確認できているのかはわからないが、恐らく探知系のスキルのようなものを持っていると思われる。

 そうでなければ夜の闇の中で、こちらの姿を確認できたとは思えない。

 

 もしかしたら未だ確認できていないスキルのようなものを使っている可能性もあるのだろうか――そんなことを考えていたら、ついに男は声が聞こえる位置にまで近づいていた。

 男がどうかはわからないが、その位置にまで近づいてくれれば顔かたちも含めてはっきり確認することが出来る。

 年でいえば五十代に差し掛かっているように見えるその男は、既に抜いた状態で持っている剣を十分に扱えることを証明するように、鍛え抜かれた体をしていた。

 体格がいいということもあるのだが、松明を持ちながらもしっかりと攻撃をできる体勢になっていることがその印象を強めているのだろう。

 

「――ああ。その場で止まっても構いませんよ。声は届いていますよね?」

 俺がそう話しかけると、男はこちらから話しかけたことに戸惑いを見せた。

「おや? こちらから話しかけるとは思いませんでしたか? もともとあなたたちと話をしたくて、少々迂遠な方法を取ったのですが」

「…………私と、か。他は誰だか聞いても?」

「それは勿論、あなたの奥様ですよ。とはいえいきなり二人同時には難しいと考えたので、このような方法を取らせていただきました」

「…………なるほど」

 見た目はほとんど人に近いクインはともかくとして、あからさまに魔物だと分かる姿をしているシルクの傍にいる俺のことを不審に思わないはずがない。

 それでも男は話ができる相手ということで、一段警戒度を下げたようだった。

 少なくともこちらが不用意な行動を取らない限りは、持っている剣を攻撃のために使うということはないだろう。

 

「それで、わざわざこんな時間にこんなところまで来てもらった理由なのですが……先に言っておきます。あの子がどこの誰の子だとか、何故こんなところにいるのかとかは興味がないとだけ言っておきます」

「ほう……? それだけの情報を集めているのに、興味がないと?」

「はっきり言ってしまえば、人の地位は人外の私にとってはあまり意味がないからですね」

 シルクが傍にいることで既に分かっていることだろうが、はっきりと人外だと宣言したことで男は目を細めてこちらを見てきた。

 

「……なるほど。それでは何故、と聞いても?」

「勿論です。そのために来ていただいたのですから。といってもやはりあの子のことであるのには違いないのです。ただいきなり本人に確認するよりも先に、保護者の意見を聞いておこうと考えた次第です」

「保護者……か。まあいい。それで、確認したいこととは?」

「それが、私もよくわからないのです。いえ、わかっていることもあるのですが、確証が持てないというべきでしょうか」

「ふむ……はっきりしないな」

「でしょうね。こちらもはっきりしていないことを話そうとしているので、そうなってしまうのはご了承ください。ただ、あの子が持っている巫女としての性質について……といえばご理解いただけるでしょうか」


 俺が巫女と口にしたことで、少し下がり気味になっていた男の警戒度が再び上がった。

「……何故それを?」

「そう警戒しないでください。それを確認するためということもあって、わざわざ先に会っておいたのですから」

「直接会ったことで確認できたと……?」

「正確にいえば、確認はできましたが核心には至っていないと言ったところでしょうか」

「……よくわからないな。結局、何が言いたい?」

「確かに仰る通り。私も話していて、よくわからなくなってきました。端的にいえば、あなた方三人家族で少し長旅をしてみませんか?」


 いきなりそんなことを申し出た俺に、さすがに虚を突かれたのか男は少し驚いた表情になっていた。

 その顔には「いきなりそんなことを言われて従うとでも?」と書かれていたが、そんなことはこちらも十分に理解している。

「――言いたいことはわかりますが、長年抱えてきた問題を解決する可能性があると思えば、賭けとしてはそこまで無謀ではないと思いますよ? そもそも殺す気があるのであればさっさとやっていますし」

「……それはまた、随分とあっさり言ったものだな」

「納得しがたいというのは理解できますが……ああ、そうだ。折角ですからあれに一撃入れてみませんか? そうすれば納得できるのではないでしょうか」

「……ほう?」

 あらかじめ用意していた案山子のようなものを指すと、男は興味深げにそれを見た。

 見た目はただの案山子なのだが実際にはそんなわけはなく、事前にしっかりと用意したものでそんじょそこらの攻撃ではびくともしないように作られている。

 案山子に攻撃した時点で大きな隙ができるともいえるが、何故か男はあっさりとそれを了承して案山子に向かって行くのであった。




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