(2)村の内情と少女
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セプトの町に対して外から行われている干渉は全部で三つのルートということになるが、敢えて細かい言い方をすれば外圧というよりも外交という言い方に近い状態だろう。
現在の世界の航行技術はそこまで高いものではないらしく、外圧というほど頻繁にはやり取りはされておらず交易によって多少の影響力を持っているというのが正しい表現になる。
三つの勢力のうち一番積極的に動いているのはやはりツガル(青森)からのもので、他の二つは半分以下にまで落ちる。
だからといってツガル勢の影響力が一番大きいわけではなく、他の二つは一度に行われるやり取りの多さで影響力の大きさを保っている状態のようだ。
簡単にいえば、ツガルはそこまで大きな船を持っておらず往復する回数を増やして対処しているといえばいいだろう。
さらにいえば、距離的に一番近いこともあって、取れる資源が似たようなものになっているのでそこまで大きな取引をする必要がないらしい。
ただ三つの勢力ともセプトの町との交易は行っているのだが、経費で考えればギリギリという感じになっているらしく、やはり外交的な問題で繋がりを持とうとしているのが現状のようだ。
ダークエルフが通過した時にはそこまで大きなやり取りはなかったらしいのだが、ここにきてそれらの問題が出てきているということは、航海をするうえで何か大きなブレイクスルーがあった可能性もある。
それについてはまだまだ分かっていないので、これから詳しく調べる必要があるだろう。
とはいえ今のところ思っていたほどの大きなやり取りはされていないことはわかった。
特に軍事面でいえば、いきなり大量の軍が送られてくる可能性はほとんどない――というよりも大軍が送られて来たとしても上陸する前に察知することが出来るはずだ。
となれば後はこちらの決断次第でどうとでもなるということになる。
それらの情報は個別に少しずつ知らされていたのだが、春になって一度眷属たちと集まった話し合いでまとめられた。
まだまだいきなり事態が急変するということにはならなさそうだったのでその時に即答することは避けたのだが、いつまでも迷っているわけにもいかない。
やるとすれば今の状態のままセプトの町を含めた辺りを領土化してしまうというのが一番の選択肢なのだが、どこか引っかかっているところがあった。
それが何かわからずに、モヤモヤしたまま眷属たちを待たせている状態だったりする。
さてどうしたものかとこの日もモヤモヤを抱えたままホーム周辺にある実験場の畑を見回っていると、クインとシルクが近寄ってきた。
「主様、今よろしいでしょうか?」
「特に何かあってみていたわけじゃないからいいけれど……何かあった?」
「はい。セプトに潜入していた偵察部隊からちょっとした情報がありました。ここで話すようなことではありませんので、来ていただいてもよろしいでしょうか」
「それは勿論構わないよ」
特に目立った目的があっていたわけではないので、クインからの誘いにすぐに乗った。
そしてアイが建てた建物の一つに入って座った俺は、早速クインに問いかけた。
「それで? 外で話せない内容というのは?」
「あの村に住んでいるとある一家について少し……」
「うん? 個別の家庭に突っ込むのは珍しいね。というか、そこで言いよどむクインも珍しい」
「申し訳ございません。私たちも未だによくわかっていない……というかこれ以上調べようがないことがありまして……」
「わかった。それじゃあ、とりあえずその話を聞いてみようか」
俺がそう言って話の続きを促すと、クインとシルクが交互に珍しく少し不明瞭な報告をしだした。
その話を最後まで聞いた俺は、少し考えてから村に向かうことを決断した。
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セプトの村は、大雑把に分けると海と畑で挟むように集落が存在している。
ただ集落といっても数百人程度の人口なのでそこまで大きなものではない。
さらに畑作業に従事している村人はそれぞれの畑の近くに家を持っているので、建物が固まっている集落に住んでいる者は海へ漁に出かけるかそれ以外の生産を行っている者たちになる。
魔物が出る世界なので畑を囲うようにして柵は建っているが、いざ魔物の集団が来ればあっさりと壊されてしまうだろう。
そんな簡易的な守りで大丈夫かと言いたくなるが、柵はあくまでも時間稼ぎできな存在でしかないのだろう。
村という規模だけに守りの要である戦士たちが駆けつけてくるのも普通の町よりも早く済むので、その程度の守りで十分だと考えているのかもしれない。
村を囲う柵の外側は、人の手が入っていない大自然が広がっている。
といっても内陸側には山があるので、ずっと平地が続いているというわけではない。
そんな山の麓には、人にとって重要な植物が多く生えている。
それらの植物の多くは、加工されて薬として使われることになる。
そんな薬草が多く生えている群生地で、一人の少女がご機嫌な表情で草摘みをしていた。
ここは村を守っている柵から少し離れた場所なのだが、魔物の出現も気にせずに採取を行えているのは何かの守りを持っているからなのだろうか。
それを証明するかのように、その少女は俺が近づいていてもほとんど気付くことなく採取を続けていた。
そんな状態で普段は大丈夫なのかと心配になったが、報告を聞いた限りでは大丈夫なのだということはわかる。
少女の守りが何なのかはわからないが、このまま見守っているだけではただの変態と変わらなくなってしまう。
そこでいつまでも気付く様子のない少女に、話しかけてみることにした。
「随分とご機嫌ですね。いいものが採れましたか?」
「キャッ………………!?」
俺が話しかけるまで傍に誰かがいるとは思っていなかったのか、少女は驚いた様子でこちらを見てきた。
驚きで人が飛び上がるというのは漫画でよくある表現だが、実際に目の前で見たのは初めてだ。
「だだ、誰なの?」
「誰……というか、通りすがりの妖精? ……精霊だったかな?」
「…………ふーん」
俺の言葉に、見た目中学生くらいの少女は疑わし気な視線を向けてきた。
さすがに自分でもあり得ない答えだということはわかっているので、その視線を不快に思うことは無い。
ちなみにステータス的には精霊となっているのだが、人の認識で精霊と妖精の違いがわかっていないので敢えて濁して答えている。
それが逆に少女に不信を植え付ける結果になっている気もするが、変に決めつけるのもよくないので敢えて曖昧な言い方にした。
「薬草摘みが楽しいのはわかるけれど、あまり夢中になり過ぎると夜になってしまうよ?」
「何を言って……って、え! もうこんな時間!?」
太陽の位置を見てすぐさま時間を判断できるのはさすがと思うが、あまりに無防備すぎる気もする。
そんなことを考えつつも、慌てて帰り支度を始める少女を見つめていた。
やがて薬草を掘り返していた場所を丁寧に埋めなおした少女は、こちらに向かって一度だけ頭を下げた。
「あの……時間を教えていただきありがとうございます。あと変な風に見てごめんなさい」
「ああ。気にしていないからいいよ。それよりも急がないといけないんじゃない?」
「は、はい……! それじゃあ、また!」
疑いもなくまた会えることを信じている様子で、少女はそんなことを言いながらその場から村の方向へと走っていった。
日が沈むまで間もないので、家に戻って夕飯づくりの手伝いをするのだろう。
その様子をしばらく見守っていた俺はといえば、そこから動くことなくとある結果を待つことにした。
すでにその時には、少女には見えないように姿を消していたシルクとクインも傍に控えているのであった。
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