(7)怒りと焦り
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「ご主人様! 何をやっているのですか!」
「いやー。失敗、失敗」
半ば悲鳴のような声で抗議をしてきたアイに、俺は誤魔化すように頭を掻くような仕草をした。
「――待って待って、そんなに怒らないで。一応、決定的なことにはならないという目論見があってやったことだから。現に、今も普通の木と比べてあり得ないくらいの速度で燃えているだろう?」
「あ。本当だー」
未だに目を吊り上げたままのアイに対して、アンネは素直に俺の指している方向を見た。
そしてそこで起こっていた光景は、先ほどから変わらずにパチパチと小気味いい音を立てながら燃えている世界樹の根――の残りものだった。
「あれが燃えていって根元に行ったとしても、既に本体とは切り離してあるから完全に燃え尽きても大丈夫にはしてあるよ」
「……ふう。すみません。取り乱しました。――それで、目論見というのは?」
「ああ。そっちは簡単。『火炎の因子』が手に入ったから本体に影響があると思ってやったんだ。……残念ながら思ったほどの効果じゃなかったみたいだけれどね」
「耐性が着いていると?」
「だね。さすがに溶岩の熱気に耐えられるほどじゃなかったみたいだけれど、火に関しては確実に強くなっているね。あれを見る限り」
そう言いながらもう一度視線を根の切れ端に向けると、相変わらず火を揺らめかしながら燃え続けている。
これまでの領土ボス戦で手に入れた因子が、魔石や眷属たちに影響を与えているだけではないということは、既に種の作成で確認している。
それならば、そもそも元になっている世界樹が影響を受けてないはずがない。
実はそのこと自体は、極寒の因子が手に入ったあとの冬が来た時点で既に効果を確認していた。
だからこそ折角の機会だからと溶岩エリアで確認をしてみたのだが、さすがに無謀な挑戦だったようだ。
とはいえ完全に無駄というわけではなく、火や熱に対して普通ではありえないくらいの耐性を身に着けていることは分かった。
それがわかっただけでも、今回の実験は成功だと言えるだろう。
その目的が理解できたのか、生産者でもあるアイはようやく納得した顔になってくれていた。
「……ですが、実行する前に一言くれてもよかったのでは?」
「うっ……。それについては、ごめん。ついつい好奇心のほうが勝ってしまってね」
「気持ちはわかりますので今回は許しますが、次は無しです」
「はい……」
アイに説教をされて思わず項垂れてしまった。
心配をかけてしまったという自覚はあるだけに、反発する気には全くならない。
とはいえアイとしても研究者としての血が騒いだのか、怒りはさほど続かずに興味の先は燃えている木の根のほうに向いていた。
「それにしても『火炎の因子』の効果ですか。確かにかなり影響を受けているようですね。以前はこれほどではありませんでした」
「へ? 確認したことがあるの?」
「はい。体の材料としていいと言われた時に」
「なるほどね。アイだったらきちんと確認してから使うか。となると、今後も因子の入手は重要になってくるかな?」
「確かにそうなりますね。私たちの進化もそうですが、ご主人様自身の影響も無視はできません」
「木が熱に弱いというのはわかり切っていることだからねえ。出来ることなら完全無効とか手に入れたいけれど、さすがにそこまでうまい話はないか」
「それを確認するためにも領土化は重要になります」
「そうだけれどね。だからといって無茶をするつもりはないよ」
「それは皆が分かっているでしょう」
相変わらず主張をする俺に、アイは特に気にした様子もなく淡々と頷いていた。
俺が人に対してより慎重な行動を取るのは、世界樹として転生する前が人だったことが影響している。
そのことを、少なくともアイを含めた眷属たちは十分に理解しているのである。
アンネがその辺りのことを理解しているのかは、ちょっと微妙なところなのだが。
それはともかく、今の世界樹の状態は十分に理解できたので、もう一度同じようなことをするつもりはない。
少なくとも熱や火に対して効果のありそうな新しい因子を手に入れるまでは、ここをめがけて根を成長させるつもりはない。
そのことをアンネに話そう――としたところで、ふと様子がおかしいことに気が付いた。
つい先ほどまでは、俺の無茶に怒ったり楽しそうな表情をしていたのだが、今は心ここにあらずという顔になっている。
「……アンネ? どうしたんだ?」
「あっれー? ご主人様ー? 特に何もない……って、ウギ、サギ、どうしたの?」
「どうしたの、ではありません!」
「主の主、失礼ではありますが、我々はこのまま失礼いたします」
これまでのほとんど口を聞いていなかったウギとサギが、いきなり慌てた様子になっていた。
二人がそんな状態になるところを始めて見ることになった俺は、思わず頷きながら問いかけた。
「それはいいけれど、何かあった? 必要なものがあれば用意するけれど?」
「ありがたいですが、今は特に必要ありません。主の主にはこういえば通じますでしょうか。主の進化が始まりましたので、安静出来る場所へと移します」
「ああ、なるほど。そういうことね。だったら邪魔をして悪かった。すぐに向かうといいよ」
すでにコクリコクリと首を揺らし始めているアンネを見てすべてを理解した俺は、少し早口になって答えた。
そうしている間に俺の相手をしているサギではなく、ウギがアンネを抱えようとしていた。
そして俺の言葉を聞いたウギは、何やら独り言のようなことを呟いているアンネのことを無視して歩き出してしまった。
恐らくサギが言った『安静にできる場所』に向かったのだろう。
アンネたちが向かった先がどこでなのかはわからないが、ウギとサギの二人に任せておけば大丈夫だろう。
それだけは確信できるので、俺とアイは特に何を言うでもなく見送った。
それからほんの数秒後に気付いたことがあって、ふとアイに向かって聞いた。
「――そういえば、帰り道はわかる?」
「問題ありません。ご主人様は……分体生成で戻れば問題ありませんか」
「そうなんだけれどね。一人で戻るのも退屈だろうから付き合うよ。どうせ急ぎで戻る必要もないからね」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「いいのいいの。折角の機会だから魔道具の話なんかもしたかったしね。アイに急ぎの用事がなければのんびりと戻ろうか」
「はい」
何やら嬉しそうな顔になって頷くアイに、俺も笑って頷いておいた。
それからは特に問題も起こるでもなく、ごく普通に
考えてみればアイと二人きりになって話をするのは久しぶりのことだったが、思った以上に話は弾んだ。
というのもアイの魔道具に関する知識はうなぎのぼりになっていて、非常に興味深い話がてんこ盛りだったのだ。
特にアイは、俺が以前暮らしていた世界で使っていた道具類に興味があるらしく、色々と細かいところまで聞かれた。
ハウスで買った本には、そうした商品が乗っているカタログのようなものまであるのだが、肝心の製造方法まで載っているものはない。
そのためアイとしても実際に使っていた者の意見を詳しく聞きたかったようだ。
こんな話をしているということは、いずれアイが作った魔道具によって生活レベルが向上するかもしれない。
そんな期待を抱きつつ、俺たちは地下空間から無事に脱出(?)を果たすのであった。
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