(10)食用
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アンネの地下掘りは、基本的に彼女の好きにさせることになった。
ただし本当に好き勝手に地下を掘られてしまうと主に植物の根にダメージを与えてしまうという意味で、地上の環境に影響を与えてしまう可能性がある。
そのことだけは十分に注意するようにとだけは厳しく言いつけておいた。
もっとも現在掘られている空間もしっかりと草木の根にダメージを与えるような掘り方をしていないことから、ある程度のことは分かった上で掘っていると思われる。
今のアンネが知識のもとに掘っているとは思えないのであくまでも生まれ持った本能的な何かで避けていたりするのだろうが、それはそれで構わない。
さらに、今ある空間を活用する計画も順調に進んでいて、蜘蛛や蜂の子眷属たちが色々な物を運び込んで作業をしている姿が見受けられる。
保管庫として役に立つかは通年で確認しないといけないだろうが、今のところ過不足は発生していない。
折角の冬なので積もっている雪を運び込んで夏の間の冷却材としようという案も出たのだが、アンネが作った地下環境に関しては下手に手を入れない方がいいだろうということになって見送っている。
アンネの地下空間作りに関しては彼女が本能のままに行っていることなので、当面の間は様子を見ることになっている。
魔物が大量発生するような大問題が起きない限りは、放置していいだろうというのが眷属全員の意見だ。
というわけで今日も元気に穴掘りをしているアンネはそのままに、俺はルフとシルクを伴ってダークエルフの里を訪ねていた。
何か大きな出来事が起こったというわけではなく、いつもの定期訪問と必要素材の受け渡しだ。
「――それでは、こちらがいつもの分になりますわ」
そう言いながらシルクが差し出したのは、彼女の眷属たちが作り出したスパイダーシルクで作り出した反物だ。
最初はこんな贅沢なものは受け取れないと遠慮していた長老だったが、たくさん作れるので使いどころに困っていると正直に話すと微妙な表情になりながらも受け取ってくれていた。
勿論ただで譲っているというわけではなく対価である魔石や素材は受け取っているが、通常の対価レートではありえないほどの安値になっている。
里が外部とのやり取りを行っていないからこそできる荒業だが、今後ほかの町と交易が発生した場合は注意しなければならないだろう。
もっともそのことは長老を含めたダークエルフのほとんどが理解しているはずだ。
スパイダーシルクが安価に手に入ると分かれば、間違いなく略奪か搾取の対象になるだろう。
それがわかっているからこそ、長老は当初渋い顔になっていたのだ。
それでも受け取ることにしたのは、冬が厳しいこの辺りの環境で生き抜くためにはスパイダーシルクで作った衣服が重要だと理解しているためだろう。
シルクが出した反物を受け取った長老は、少しだけ間を空けてから話し始めた。
「それで今日ですが、少しだけ報告がございます」
「うん? 珍しいね。いつもは何事もないで終わるのに」
「ハハハ。いつもというのは言い過ぎでしょうが、確かにそうですね。――例の種についての結果が出始めましたので」
「ああ、そうか。なんだかんだで雪が積もってから二か月以上は経っているんだっけ」
「そうなりますな」
長老が言っている例の種というのは、氷の種を基本として変異させた種のことだ。
氷の種自体が極寒の地で育つことを目的として作ったので、それらの種も基本的に寒い環境の中でしか育たないようになっている。
逆にいえば、雪が降り積もっている環境の中で育てるには最高の植物ともいえるだろう。
長老がわざわざそのことを持ち出してきたということは、何らかの結果が出てきたということだ。
「まず植物の生長そのものですが、順調そのものといっていいそうです。ただ雪の中での作業ですのでこちらが苦労するようですが……初めてのことですので、いずれは慣れていくでしょう」
「ああ、そうか。雪の中の作業になるってことを忘れていたな。それは大変か」
「そうですが、必要なことですからそこは大した問題にはならないでしょう。それはいいのですが、少々別の問題が出てきました」
「別の問題?」
「育った野菜の中には、冷たすぎて人の食としては適さないものができているようです」
「ああ~。そういうことか。にしても冷たすぎてって……どれくらい?」
「用意していますので、ご覧ください」
そう言って出された野菜は、見た目は完全にジャガイモだが持って見るとひんやりと冷えている何かだった。
精霊もどきの体だと温度の感覚が違い過ぎるので、すぐシルクに確認してもらった。
「――確かにこれを食べ物として体内に取り込むのは、人としては辛いでしょう」
「そうか~。冬の間の栄養源確保になるかと思ったけれど、ダメか~」
「いえ。申し訳ございません。少し言葉が足りませんでしたかな。育っている野菜類でこうなっているのは一部で、残りは食に適したものもできているようです」
「そうなんだ。割合としてはどれくらい?」
「今のところ半々といったところでしょうか。これから先選別していけば、食用に適したものだけ育てていくことも可能だという話です」
「なるほどね」
食用として適した作物が育てられるのであれば、当初の目的を果たしたことになるので結果としては十分だということだろう。
俺としてはその結果を聞けただけで十分だったのだが、ここでシルクが話に混ざってきた。
「そちらの人の口に合わないものも継続的に育てることは可能ですか?」
「可能不可能でいえば可能でしょうが……何に使われるのかお伺いしても?」
「別に大したことではありませんわ。魔物の中にはそうしたものを食べられる者も存在しております。作ったものはそうした者に渡すことができますから、そなたたちの冬の仕事になればと思っただけですわ」
「そういうことですか。それでしたら喜んでお作り致します」
「無理はしなくていいですわ。絶対に必要というわけではありませんから」
「承知しております」
シルクの言葉に長老は殊更丁寧に頭を下げた。
俺に対しては比較的緩やかに対応している長老だが、眷属に対しては硬い態度を崩すことは絶対にない。
俺に対する対応はあくまでも俺が望んでいるからであって、あくまでも自分たちは配下か家臣であることをきちんと示すためだろう。
この態度は長老だけではなく、他のダークエルフも同じような感じだ。
こちらから注文したわけではないのだが、こちらとしては彼らがそうしたいのであればそうすればいいというスタンスだ。
今後どうなっていくかはわからないが、敢えてこちらから指摘をするつもりはない。
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ダークエルフの里から戻った俺は、ホームで留守番をしていたクインに呼び止められた。
そこで彼女から聞いた話によるとアンネが進化のために休眠期間に入ったということだった。
生まれてから三か月も経たずに進化するのかと多少驚いたが、そういうこともあるかとすぐに納得した。
これまで眷属や子眷属たちの進化を様々見てきているので、アンネがこのタイミングで進化するのも特に驚くことではないかと思い直したのだ。
その報告を聞いた俺は、それならばということでいったんハウスに戻ることにした。
前回戻ってから既にひと月近くは経っているし、もしかするとその時以上に取引相手が増えているのではないかと思ったのだ。
以前取引したときよりも扱える商品も増えているので、今のタイミングで様子を見るのもいいだろう。
雪が解けて春になれば、主に人里対応で忙しくなることは確定しているので今のうちに売買機能の様子を見ておきたい。
そんな考えの元、眷属たちに一言告げてからハウスへと戻るのであった。
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