(3)分体時の成長
§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§
準眷属(予定)との面会の準備はラックに任せた俺は、ルフとクインを伴って領域の南側に来ていた。
以前はルフの背中に乗ったりしていないと足が遅かったのだが、今の体だとしっかりと眷属たちの後を追えるようになっている。
正確にいえば足を使って走っているのではなく空を飛んでいるのだが、その飛行スピードが目に見えて早くなっていた。
こんなところでも進化の恩恵を感じることができたわけだが、それは本来の目的ではない。
一番大きな目的は、以前から試していた領域の境界線を越えることができるかどうかだ。
以前試した時には、もっと大きな魔力が体の中にあれば――という結論に至ったわけだが、今の自分自身には妙な確信があった。
その確信が何かといえば、勿論領域を超えることができるということだ。
それが世界樹としての本能なのか、単に内包する魔力が増大したことによって抱いている自信からなのかはわからない。
そんな妙な確信は横に置いておくとして、南の境界線近くまで来た俺はルフとクインに見守られながらゆっくりと進んでいった。
以前までであれば、透明な壁のようなものが領域の外に出ることを拒んでいたのだが、今回はどうだろうか。
幾分ドキドキしながら壁があるところまで手を伸ばしてみたが、特に抵抗らしきものは感じなかった。
それで確信を得た俺は、そのままの勢いを借りてさらに前進してみる。
すると以前は確実に阻んでいた透明な壁はなく、意外とすんなりと領域の壁を超えることができた。
ただ、何の感触もなく乗り越えたというわけではない。
何となく水の中を歩いているときのような抵抗を感じたのだが、それほど体に負担を感じるわけでもなく壁を超えることができていた。
その抵抗からはどちらかといえば、俺自身を守っているような優しさまで余韻として残っている。
何とも不思議な感覚を体の中に感じつつも、ちょっとした達成感で思わず感嘆の声をあげてしまった。
「――――やった!」
「主様、おめでとうございます」
「ワッフ!」
進化する以前から俺が何度か領域を超えようとしていることを知っていたルフとクインからは祝いの言葉を貰うことができた。
祝いというとちょっとばかり大げさに聞こえるかもしれないが、今の俺自身のとしてはまさしく「祝い」だと感じ取れる気分だ。
たかが領域の壁を超えられたくらいで大げさなと思われるかもしれないが、少なくとも俺にとってはそれくらいの衝撃を感じていた。
しばらく余韻に浸っていた俺だが、すぐに次の確認に移った。
具体的に何をしたのかといえば、領域内と領域外で使える魔法に差があるのかを確認した。
結論からいえば差はあったのだが、内容としては予想とは上のようにいい結果になった。
というのも、領域外で使える魔法は以前とほとんど変わらなかったのだが、領域内で使える魔法はレベルが高いものが使えるようになっていたのだ。
これは恐らく世界樹が進化したことによって使える魔力が大幅に増えたことによる結果だと思われる。
その増えた分の魔力の大部分を領域外に出ることに使うために、使える魔法自体はそこまで強力なものではないということだと考えている。
それでも領域外に出ることができることのメリットは多いし、領域内で使える魔法が強くなっていることもかなりの成果と言えるだろう。
ちなみに領域内で使える魔法がどのようなものかといえば、何となく最初に使った魔法を見て珍しくクインが惚けたようになって「……すごい」と言うほどだった。
ルフは外見からはよく違いが分からないのだが、しっぽの動きを見る限りでは同じように驚いていることが分かった。
そもそも魔法を使った俺自身も驚いていたのだから、その場にいた全員にとって予想外の威力だったといえる。
使ったのは風魔法だったのだが、幅が二メートルほどで長さが十メートル近くにわたって生えていた植物がズタズタになっていたのだから驚くのも当然だろう。
以前だとその十分の一の結果も出せなかったのだから。
とにかく、魔法の威力が上がったことだけは間違いない。
勿論それだけで眷属たちの戦闘力を上回ることができたというわけではないが、より近づけたことだけは確かだろう。
何よりも体そのものが大きくなっていることもあって、立ち回りもより鋭くなっている感じがしている。
本来であれば体が大きくなれば動きづらくなるのではと思わなくもないのだが、小さすぎるのも問題があるようだ。
まさかそんなことを自分自身で実感することになるとは、考えてもいなかった。
それはともかく、結果としてはいい方向に進化しているので嘆く必要はなく、むしろ喜ばしいことだと思う。
魔法の威力が上がっているということは、単純に魔力が増えたお陰というだけではない。
それでも使える魔力が増えているのは間違いないので、これから先今以上に色々な魔法が使えるようになるはずだ。
そのためにもレベルを上げて魔法を覚える……のではなく、きちんと勉強をして覚えていかなければならない。
まさか掲示板で魔法使い職に就いた人たちの嘆きが自分に降りかかってくるとは思っていなかったのだが、こればかりはいくら嘆いていても仕方ない。
これで手数を増やすためにも、今後の魔法の勉強は必須事項となった。
幸いにも魔法の勉強法については、ハウスで買える教本もどきがあるので特に心配はしていない。
魔法職の方々のお墨付きもあるので、変なものをつかまされる心配もないはずだ。
もっとも意外にも(?)運営は知識系について嘘を混ぜ込むというように、愉快犯的なことはしていないのだ。
そして、魔法関係に関してもう一つ。
これは進化後初めて分体生成をしてから感じていたことなのだが、新しく種族由来のスキルが使えるようになっているようだった。
それをさっそく試してみたのだが、何ともらしいスキルだった。
後からステータス画面を確認して分かったそのスキルの名前は『植物生成』で、その名の通り好きなタイミングで植物を生み出すことができる魔法だった。
ルフとクインが見守っているところで試しに使ってみたのだが、実験で風魔法を使って荒らしてしまった土地が、見事に草が生い茂る草地に戻った。
それを見てさすがに黙っていられなかったのか、クインが呆れと驚きが混じった声で話しかけてきた。
「これは……さすがというべきなのでしょうか?」
「いや、まあ……うん。俺も驚いているよ。まさかここまで結果が出ることは思わなかった」
「そうなのですか?」
「うん。何となく出来ると思ったからやってみたけれど、ここまで劇的だと少し引いてしまうな」
「何もそこまで卑下する必要はないかと思います。むしろ素晴らしいと思いますが?」
「そう? ありがとう」
クインからの素直な賞賛に、少し照れながらそう返すことしかできなかった。
これで植物生成についての最初の実験は終わったわけだが、一度そのスキルを使ったことによって別の感覚も芽生えていた。
このスキルは単に植物を生やすだけのものではない、と。
そう確信できた俺は、折角ちょうどいい場所があるだろうとあたりをつけて、ダークエルフの里へと向かった。
現在ダークエルフの里では、来年以降のことも考えて新しい畑を次々に増やしていて、その新しい畑を使って試したいことがある。
折角作った畑を駄目にするようなことはできないが、実験がうまくいけばさらにダークエルフの食事情を改善することができるはずだ。
ちなみにダークエルフの里に着いた時に、大きくなった姿を見られて驚かれることになるのだが、それはまた別の話である。
§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます