『木の人』による異世界の歩き方

早秋

プロローグ

プロローグ1(序)

本日(2020/11/21)投稿1話目(1/4)


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 大学にある古めかしい講堂を思わせるような造りの部屋に、百人近い人が集まっていた。

 その部屋が一般的にイメージされる講堂と違っているのは、座れる椅子が個々に分かれており、それぞれの座席には一つ一つプロンプターの画面のようなものが備え付けられていることだ。

 それだけなら国際会議などの重要な会議などが開かれる場所だと言われてもおかしくはないのだが、不思議なのは集まっている人々の中で一組として(有名人なども含めて)顔見知りがいないということだ。

 さらにいえば、この部屋に集まっている全員がいつどうやってこの部屋に来たのかの記憶がなかった。

 

 そこそこブラックな企業に勤めている桂木昭もまた、この不可思議な情況に置かれた者の一人だ。

 気が付けばこの部屋の椅子に座らされた状態にあって、そのことに気が付いた当初は必死にここに来る前の記憶を探っている状態だった。

 記憶がないのはこの部屋に関することだけであり、名前も含めた個人情報などの記憶はきちんと残っている。

 さらに問題なのは、そんな状況にも関わらず騒ぎ出す者が一人もいないということだ。

 もっと正確にいえば、騒ぐどころか一メートルと離れていない隣の席に座る者と会話をすることすらできない。

 声を出すことはできるのだが、その音が伝わっていないようなのだ。

 どうにかこの状況を打開しようと隣の者に話しかけようとする仕草をする者が幾人もいるのだが、昭が見ている限りでは会話に成功した者は一組もいないようだった。

 

 そんな状態が五分ほど続いたところで、ようやく大きな変化が訪れることになった。

 大学の講堂であれば教員が立つべき教壇がある場所に、目も覚めるような美女が一人現れたのだ。

 その美女の出現は、昭がこの場に現れた(と認識した)時と同じように唐突な出来事だった。

 部屋の扉から歩いてきたわけでもなく、音もなくその場に出てきたのである。

 普通であれば超常現象といわれてもおかしくはない女性の出現の仕方に、その場にいた多くの者たちは驚きながらもこの状況を打開してくれるのではないかと視線が集まり始めていた。

 

 そして部屋にいる者たちの視線を集めたと思われるほどの時間が経ったときに、ようやくその美女が口を開いた。

「始めまして、皆さま。私の名前は……そうですね。『案内人』とでもお呼びください」

 聞きようによってはふざけているようにも聞こえるその挨拶に、聴衆者からの不満な声は聞こえてこなかった。

 中にはふざけるなといいそうな表情をしている者はいたのだが、女性が現れる前までと状況は変わらず実際に声が周囲に響くことはなかった。

 

 それを十分に理解しているのか、案内人と名乗った女性はさらに話を続ける。

「いきなりのこの状況に戸惑っている方がほとんどだとは思いますが、まず始めに言っておくことがあります。それは、今ここにいる皆様方は既に亡くなっていて、その魂だけがこの場に集められているということです」

 まともに聞けば、いきなりぶっ飛んだことを言い始めた案内人に対して、室内の空気は白けたムードになっていた。

 それはそうだろう。いくら状況が普通ではありえない状態とはいえ、自分が既に死んでいるなんて言われてすぐに信じるほうがどうかしている。

 さらに、自らの持っている記憶にそんなシーンがないとなれば猶更だろう。

 

 そんな雰囲気を感じ取っているのかいないのか、案内人は特に気にした様子もなく淡々として話を続けた。

「――信じるも信じないも自由ですが、元の世界に戻るようにしてくれといっても無駄ですのでご了承ください。この状況から解放されることを選択するとすれば、それは通常の輪廻の輪に戻るということになります」

 少なくとも昭にとっては、案内人の淡々とした表情が逆に事実を伝えているだけだと感じられた。

 その雰囲気を感じとっていた昭も含めた室内にいる者たちのほとんどは、その空気に飲まれ始めていた。

 そして数名の者がそんな空気に耐えられなかったのか、あるいは反発したいだけだったのか、いきなり席を立ちあがって指を突き付けながら何かを言い始めた。

 その様子に勢いを得たのか、最初の数名に加わるようにさらに十名近い者たちが同じように立ち上がって騒ぎ始めたのだ。

 残念ながら言葉自体は昭には直接届いていないので彼らが何を言っているのかは具体的にはわからないが、その表情と態度で大体のことは理解できる。


 昭のその予想を裏付けするように、案内人がそちらを見ながらこんなことを言った。

「まともに聞く気にもなれないような罵詈雑言ばかりですが、言いたいことはおおむね理解できます。では、あなた方はこの先の話を聞く気もないということでよろしいでしょうか?」

 あくまでも強い感情は見せず、淡々としたまま言い続けるその女性に気おされたのか、騒いでいた者たちの一部が渋々といった感じで席に座り始めた。

 だが、最初に騒ぎ始めた数名の者たちは、懲りることなく騒ぎ続ける。

「――どう駄々をこねてもできないものはできませんので、ではあなた方には輪廻の輪に戻っていただきます」

 案内人が宣言するようにそう言って手をパチンと音を立てて合わせると、立ち上がっていたその数名の者たちがいきなりその場から姿を消した。

 

 姿を消したその数名の者たちは、部屋の中でも一番後方でしかもなぜかその数名分だけ固まった場所に席が用意されていた。

 その座席の部分だけぽっかりと空いたのを見れば、案内人の言った「予定通り」という言葉がただの偶然ではないことがわかる。

 結果この場から姿を消すことになった彼らは、自分たちにそれを見せるためだけに用意されたのではないかとさえ思えた。

 それほどまでにこの時の案内人は、場の空気を支配しているのではないかと昭には感じられていた。

 

 そんなことを考えているのが昭だけではないことは、そっと周囲の様子を見回すことで理解できた。

 全く表情を変えていない者も中にはいたのだが、多くは飲まれたような表情になっていたのだ。

 そんな場の空気には全く構うことなく、騒いでいた者たちのことはなかったかのように案内人はさらに話を続けた。

「私どもがわざわざこのような場を設けたのは、あなた方にやってもらいたいことがあるからです。先に言っておきますが、これに参加するかどうかは皆様方の自由意思です。拒否することもできますので、いつでも私にお申し付けください。とはいえ、いきなりそんなことを言われても判断ができるはずもないでしょうから、私から少々細かい話をさせていただきます」

 

 そう前置きをして語った案内人の話をまとめると次のようなものだった。

・今のこの不可思議な情況を作ったのは彼女の上司に当たる存在で、いくつもの世界を管理している。

・その上司は、とある目的のために新たにゲームや小説の世界を作り、そこに地球の人々を送りこむことにした。

・その目的というのは上司の娯楽。用意された世界の中で、プレイヤーに当たるこの場に集められた者たちがどのような行動をするのかを観察するそうだ。

 (上司にとっては、映画やドラマを見ているようなものだそうだ)

・上司や案内人がそれぞれの世界に入り込んだプレイヤーたちに対して過度(理不尽)な干渉をするつもりはない。

・それぞれのプレイヤーがどの世界に行くのか、どんなプレイスタイルで生活していくのかは、この後個々人で決めることになる。

・他人の娯楽に巻き込まれるのは嫌だという者は、参加を拒否していつでも輪廻の輪に戻ることが可能。

・一プレイヤーに与えられる世界は一つの世界で、プレイヤー同士が同じ世界に被ることはない。


「――長々と語りましたが、以上がおおよその経緯になります。簡単に言ってしまえば、私どもはとあるゲームを用意した運営であり、皆さまはそのゲームのプレイヤーのようなものということになるでしょうか」

 案内人がそう締めくくると、その部屋の中の全ての音が消えたかのようにシーンと静まり返っていた。




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よろしくお願いいたします。

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