烏山さんと白鳥さんは白黒つけたい

川木

その1 始まり

「烏山さん、私の軍門に下る覚悟はいいかしら?」


 部室に入るなり、丁寧な声音ながらも古めかしい上から目線で言われた烏山は顔をしかめた。


「白鳥さん、さすがにそんな覚悟はできてないけど。ていうか軍門とか馬鹿なの? どこに軍があるんですかー?」

「う。うるさいわね。では言い直しましょう。私の元に傅く覚悟はできたのかしら?」

「いやむしろ、白鳥さんこそ、私の部下になる覚悟をしてくるべきだったね。勝つのは私だよ」


 荷物を置きながら、烏山は自分より頭一つ高いところにある白鳥に向かって軽く睨みつけながらにっと口の端をあげてそう応えた。


 初っ端から敵意むき出しの白鳥だったが、烏山だってそのつもりだ。高校に入学して出会ってから早半年。最初から友好的な関係とは言えなかった。お互いに敵愾心まで行かずとも、絶妙に気の合わない関係としてやってきたのだ。

 曖昧になあなあに何とか無難に過ごしてきた日々。だけどそんな関係は今日で終わりだ。


 今日、二人は決着をつける。どちらが上でどちらが下か、白黒はっきりつけるのだ。この日が決まってから二週間、二人してずっと待ち望んでいたのだ。

 

「お待たせー、いやぁ、二人ともやる気満々だねぇ。お姉さんは嬉しいよ!」

「蓮部長」

「蓮姉」


 そんな二人のシリアスな空気を壊すように勢いよく部室の扉を開けて揚々と入室した、ここ、書道部の現部長の大木蓮に二人は各々声をあげ、それからむっとにらみ合った。

 白鳥にとっては小学校時代から尊敬する先輩であり、烏山にとっては親同士が仲良く家も近い、昔から馴染みの姉のような存在だ。二人とも大木に声をかけられてこの部に入ったことにより、どちらがより上かを競うのはもはや定められた運命であったのだ。


 そして今日、部長をどちらが引き継ぐか、それを決める運命の日なのである。

 にらみ合う二人に大木は呑気に、やる気のある後輩の様子に満足げに頷いている。


「うんうん。準備も万全みたいだねぇ」


 大木は三年生であり、現在の二年生の部員は二人所属しているが、二人ともやる気のない幽霊部員で廃部を逃れるためだけの人員だ。よって一年生のこの二人のどちらかが部長になり、どちらかが副部長になってこの部を引き継いでくれるのだ。

 どちらがどちらになっても、きっと切磋琢磨して頑張ってくれるのだろう、と大木は二人を誘った自分の人を見る目にご満悦であった。


「ええ。いつでも始められますわ」

「じゃあ早速始めよう」


 部室は茶道部などと共有で使っている専用の部室で、部室の半分が分離し移動できる小上がりの和室になっている。その和室部分には大きな半紙や墨が二人分抜かりなく準備されている。

 白鳥が昼休みの間に準備を済ませておいたのだ。抜かりのない仕事だが、別にそこが部長職への査定に影響することはない。


 そもそも、書道大会などに参加しているが本気で日本一を目指したり将来の職業にしよう、と言うような気合をいれた部活ではないのだ。何かができるとか気が利くとか、習字としての出来がいいとか、そういうことで明確に上下を決めるような厳格な部活ではない。顧問だって他の部と兼用している教師なのだ。

 ただ普通に二人では決まらないし、やる気があるので大木にも決めにくいので、二人が納得できるよう、こうしてイベントとしてわかりやすい決着をつけようとなったのだ。


「よしよし。それでは、今から部長決定戦を行います」


 鞄をおろして三人そろって靴を脱いであがり、二人が座布団に座りその前に腕組をして仁王立ちした大木がそう宣言をした。

 そして得意げに右手の人差し指をたてて進行をすすめる。


「改めてルールを説明するね。制限時間は50分。短いけど、別に大会提出用じゃないし、時間内に決めるためには仕方ないから、後から文句は言わないでね。あ、そうそう。体調は大丈夫? 実は不調でしたー、ってのはなしね。その場合は延期するから」

「問題ありませんわ」

「同じく」


 大真面目に頷く二人。その気合の入りように、少しだけ笑ってしまいそうになった大木だがそこは我慢して、にこにこ笑顔のまま頷く。


「うんうん。気合十分だね。で、決めた一枚を提出してもらい、私が独断と偏見で一枚を決めます。決めた方が部長。直感で決めるから、なんでとか、どこが決めてかとか、作法がとか、そう言うのは一切無視なので聞かないこと。いいね?」

「ええ、それで構いませんわ」

「うん」


 二人にとって重要なのは、より大木に認められることだ。他のことは大したことではない。そもそも二人とも、中学時代までまともに授業以外で筆を握ったことなどないのだ。明確に優劣が付くほどの芸術的腕の差も審美眼もないのだ。

 明確な技術点を超えてわざと崩したここが芸術的に高得点、と説明されたところでぴんと来ないふたりに、感性でなんとなく選ばれる以上の意味はない。


 気合を入れている二人の、ある意味書道を軽視しているそんな気持ちも全部わかっていて、うんうんと大木は頷く。

 二人が何だかんだ真面目に部活動に向き合っていることはわかっているし、二人が自分を慕ってくれていることもわかっているので、それだけで嬉しい限りなのである。


「それでは開始。あ、準備はいい? トイレとか、先に行く?」

「大丈夫だよ!」

「私もです。あ、ですが先に上着を脱いで、髪を結んでおきましょう。どうせ烏山さんは時間がかかるでしょうから」

「う。べ、別に。ちゃんと髪ゴム持ってきてるから今日は大丈夫だし」

「はいはい、どうでもいいことで揉めないの。そうだね。時間は短めなんだし、筆を手に持つところまでしておこうか。はい、準備してー」


 ブレザーを脱いでハンガーにかけ、墨が飛んでもいいよう割烹着のようなものを着る。書道服を用意するほどのイベントでもないので、普段の部活ならこれで十分なのだ。


 白鳥はささっと手首につけておいた髪ゴムで髪を結ぶ。脱色もしていないのに茶色い長い髪は、一つ結びにしただけではまだ長くて下を向いた時に邪魔になる。

 そのままお団子状にまとめる。ストレートなので特に抵抗もなく簡単にまとめることができる。そして準備ができてから隣の烏山を見る。


「ん、と? できてる?」


 同じ割烹着をつけた烏山はセミロング癖毛を後ろに一つに結べばそれで完了するのだが、不器用な烏山は上手くすべての髪をつかみきれず、位置も真ん中からずれてしまって如何にも不格好だ。

 自分でもわかっているので、不安げに白鳥を見上げて尋ねてくる。白鳥ははあ、とため息をつく。どうしてたったこれだけができないほど不器用なのか。

 その反応に烏山はうっと口元をひきつらせて髪ゴムをはずし、大木を振り向く。


「蓮姉ー、やって」

「駄目に決まっているでしょう。審判に準備を手伝わさせるなんて贔屓がすぎるわ。貸しなさい。やってあげるから」

「えー、白鳥さんがぁ?」

「私に不満があると?」


 普段から一度は自分でしては、うまくできずに大木にしてもらっていたのだ。子供のころからのことなので今更だし、どうせ作品も無記名で出すのだから関係ないのだが、白鳥にとっては公私混同になるのだろう。

 真面目な白鳥なのでその言い分もわからないでもないが、家族と大木以外に髪を触らせるのは慣れていないので、少しばかり緊張してしまう。


「……じゃあ、お願い」


 烏山は唇を尖らせつつも、大木をちらっと見るもニコニコしたまま静観しているし、白鳥も引く気はなさそうなので仕方なく髪ゴムを渡す。


「はい、できました」


 白鳥は烏山の肩を押して後ろを向かせ、なれた手付きでさっさと髪を結んだ。その想像以上の素早い動きに、烏山は驚きながら振り向く。


「え? もう? 白鳥さんって、兄弟とかいるの?」

「いえ、いませんわ。ですけど、自分で慣れているのですからこのくらい当然です」

「はぇー」


 白鳥は器用。それは知っていたが、こうもそれを実感させられると烏山としてはそう間抜けな声をあげるしかない。すごいなー、と感心半分、器用さを見せつけやがって、と嫉妬半分の半目である。


「まあ、ありがとう」


 指先で結ばれた自分の毛先をはじいて位置を確認しながらお礼を言う。

 その少しいじけたような態度に苦笑しながら、白鳥はぽんと烏山の肩をたたいて位置についた。やや慌てて烏山も移動し、その様子をニヤニヤ見ていた大木はうむと頷く。


「はい、準備完了ですわ」

「オッケー。じゃあ二人とも筆持ってー」

「はーい」

「はじめ。あ。アラームセットするね。初めてどうぞ―」


 慌ててスマホをポケットから取り出しながら、何ともしまらないスタートの合図を出す大木。それに合わせて二人とも筆を動かしだした。

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