吾輩は魔神である。 ~魔界で『時代遅れ』と蔑まれた魔王、人間界では『最先端』だった。魔界から帰ってきてほしいと言われるがもう遅い~
ファンタスティック小説家
魔神の引退
「長きにわたるお勤め、本当にお疲れ様でした」
若い魔人は、ほがらかな笑みを浮かべる。
「アディアン様、あとのことはオメガグループと新しい魔王議会にお任せください」
「ああ、そうしよう」
吾輩は今日この日、魔王を引退する。
元・魔王。その響きは何とも奇妙なものがある。しかし、自分で受け入れたのだ。次のステージに行くには魔王はいらないと。
実に5,000年に渡り名乗り続けてきた肩書きを降ろすのは、もちろん不安もあった。
辞めるだけでも大変な苦労だってあったものだ。
これから魔界は変わるんだろう。
吾輩の普及させた古典的魔術ではなく──新しい科学の力で発展していくはずだ。
いいじゃないか。
フレッシュな社会を作ろう。
人間界じゃ車が走ってるんだ。
いつまでも馬車じゃダサいってものだ。
あ、でも、吾輩の魔術に関する本とかくらいは残していったほうがいいだろうか?
さすがにいきなり科学へ乗り換えるのは不安ではあるまいか?
吾輩は魔王議長室を退出しようと、ドアノブへ伸ばした手をふと止め、ふりかえる。
「吾輩の著書、魔道具、魔術工房、よければこのまま魔王城に置いていくが」
「あ、いえ、全然へいきです。大丈夫です」
「そうか? 結構、役に立つ道具を設計してたと思うぞ」
「あーそうですかね? でも、もういいですよ。これからは科学の時代ですから、数十世紀前から続く知識なんて、フッ……何の役にも立たないので」
「そうか?」
「ええ。というか、もう掃除しちゃいましたし、残ってる物なんてないんですけどね」
「そうじ、か……」
「はい、全部燃やしちゃいましたよ」
「……」
軽薄な声、バカにしている。
自分で望んだ事とはいえ……
吾輩のひ孫のひ孫ほどの世代を代表する魔人──新・魔王議長ムジャーヒの微笑みがムカつきすぎて、吾輩は黙るほかなかった。
魔界は吾輩の子孫たちの生きる世界だ。どうせなら苦労なく生きてほしいと思ったのだったが……まあいいか、もう十分面倒は見てやった。
20年ほど前から吾輩への議会の態度は悪くなっていたし、現在の邪魔者を横に掃けんとする扱いがすべてを物語ってるんだろう。
まったくまったく……。
吾輩は思わずニヤけそうになるのを必死に堪える。
まだだ。
最後まで魔神として接してやらねば。
「まあ、でも、もしかしたらゴミ置き場になんか残ってるかもしれないですよ?」
「む、黙っていれば……調子づいたか? 口を慎め、ムジャーヒ議長」
吾輩は眼前の軽薄なニヤけ顔を一瞥する。
「ぅ…ッ」
彼はビクッと体を震わせて、すくみあがった。
自身と吾輩の間にある”蓄積”の差を感じたのだろうか。
くだらない。
最近の魔人などこんな輩ばかりだ。
まるで根性がなくて涙すら出てくる。
吾輩は古い魔人だ。
古臭い誇りやら、道徳心を説くのが好きだ。
今のエリートの若者たちより、頭のキレは劣るし、知恵の輪でマウントを取られれば10回に8回は腕力でちぎってドヤる事しかできない。
だが、魔人のなかで最も長く生きてきた。
よりたくさんの考えに触れ、衝突し、説得し、受け入れ、同時に滅ぼして来た連勝者だ。
時代の変化は止めれないし、そもそもそんなことに興味もないが、最終的に一番信頼できる己の力だけは蓄えてきたつもりだ。
「真の賢者は誰に刃を向けてはいけないかを理解しているものだ、ムジャーヒ議長」
「ぅぅ…その、別に私は、魔人さまを、あなどる気など……」
「自信があるのは結構、勢いでこそ華となれ。しかし、ゆめ忘れぬことだ。魔王議長になるのなら、相手は選ぶくらいの眼力は養っておかなくていけない事を」
吾輩は最後の忠告をひとつ与えて、無意識に発動してしまっていた広範囲けん制用の高位魔術──【帝王の覇気】を解除する。
いまのは1~7の階位で第五式相当の威力が出てしまっていたか。子供相手に大人気ない事をしてしまったな。
「はひぃ、ひぃ……ッ」
「恐ろしいか?」
「いあ、、いい、いえ、そんな、まさか、この私が、魔王議長の私が、お、お、恐れ、恐れ、るなど……、ココ、ここ、ォォ…」
間近で覇気の影響を受けたせいだろう。
ムジャーヒは冷汗を滝のように垂れ流し、漆黒の書斎机にふらっと片手をついて、なんとか立ち続ける。
揺れる瞳孔は見開かれ、緊張に声は枯れてしまったらしい。
吾輩はこの長い人生で幾度となく見てきたリアクションを無視して「あとはお前たちで勝手にやればいい」と言い残し、議長室をあとにした。
魔界での吾輩の居場所はもうない。
役目は終わったのだ。
いらないというならこちらから出て行ってやろうじゃないか。ルンルン。
──しばらく後
吾輩は長年の居城をあとにして、城下町から魔王城を見上げていた。
ここは吾輩の2,000ある別荘のひとつ。
隣には飛行用の暗黒竜がおすわりしている。
「5,000年、早いものだ」
本日、吾輩は魔界を去る。
そして────ふふ、そう、そして、人間界で幸せハッピーライフを見つけるのだ。
「はーはははははっ、いやあ、吾輩、頑張った」
吾輩は自分へ称賛の拍手を贈る。
「常々、この重苦しくて、自由な時間もろくにつくれない役職などさっさと捨ててしまいたかったんだよ、いや、まじで」
心の底から歓喜に打ち震えていた。
これはまったくもって良き″展開″だった。
人間界の科学を魔界に取り入れようとする動きが活発になってきたころから、「ワンチャン、引退出来るんじゃね?」とか思ってはいた。
しかし、まさか、こんなタイミングでムジャーヒ含めた魔王議会の連中が、揃いも揃って吾輩を追放する方向に動いてくれるとは!
ここ20年くらい何の実績も上げない無能を装っておいてよかったぁ!
最初からこうすればよかったんだ。
「気に入らないが、やる気のある奴らに引き継ぎもできたし、吾輩は隠居していいよね」
吾輩、人間界生まれ、魔界育ち。
苦節あって一時的な気分で魔王していたのに、長命種のジンクスというべきか、気がついたら5,000年も歴任させられるハメになっていた。
もういいよ。
流石にいい、吾輩、疲れたよ。
あとは勝手にやってくれ。
科学でも何でも全部自由にしていいから。
「よし、それじゃ、帰るか、故郷に! 人間界にいったら、森の奥の湖が見える場所にログハウス立てて〜、無農薬野菜育てて〜、毎朝小鳥たちにエサをあげて〜──」
「魔人様、行かれるのですか」
「む」
吾輩はその声に我に返る。
振り返れば、そこには淡い青色の髪を肩まで伸ばした美しい少女が立っていた。
まずい。
いつの間に帰宅したのだ。
「……カ、カンユ、吾輩はひとりで行きたいのだ。これはとても危険な旅になる。お前を危険にさらせない…」
「魔人様……いえ、お兄様! このカンユ、いまだお兄様のことをお慕いしているのです! 人間界での単身の諜報活動なれど、カンユはついていきたいのです!」
ああああ、そう言う設定だったな!
本当はそのまま姿くらませようしてるだけなんだけなんて言えるわけなく、嘘ついてたんだったな。
「ダメだ」
「どうしてですか、お兄様!」
お前ついてきたら絶対ハッピーパラダイス計画の邪魔になるだろうに。
てか、5,000年間ブラコン続けるなよ。流石に吾輩もどう接していいかわからんわ。
「とにかくダメだ、カンユ。兄としてやはりお前のことが大切だ。連れていけない」
「でも、お兄様! カンユは、カンユはお兄様のことを愛しているのです!」
カンユは背中に体重を預けてくる。
鼻をヒクヒクさせて「くんくん、くんくん、くんくん」と匂いを吸引されているが、いつもの事なので何も言うまい。
「お兄様、せめてカンユの腹に子種を仕込んでから──」
「だぁあああー! もういい! とにかく、ダメったら、ダメ! 吾輩、もう行く!」
こうなると説得は困難を極める。
吾輩はこれ以上、話さないために、さっさと3,000年来の愛竜ドレッドルードに飛び乗った。
カンユが抱きついて来ようとするが「やめなさい!」と、おでこをペチンっと叩いて打ち落とす。その隙に吾輩はドレッドルードで、魔界の黒い空へと飛びあがった。
高い空から下を見やれば、カンユが瞳に涙をためて、未亡人のように悲しんでる。
だが、彼女には数えるのが馬鹿らしいくらい親戚がいる。吾輩がいなくたって、寂しくはないはずだ。
もう魔界は吾輩を必要としてないし、吾輩もここに居たくないのだ。いろいろ重すぎなんだよ。
残していく200人の妻や、無数にいる子孫たちにも十分な財産を分け与えた。
すべての縁はここで一旦切る。
吾輩はゼロからのスタートをするのだ、人間界で夢を叶えるために。
吾輩は魔神アディアン。
5,000年の時を越えし生きる神話。
大陸最強の権力はとうの昔に手に入れた。
この世のすべてを支配した。
だが、そんな物には興味はない。
吾輩が欲するのは、真なる自由。
有り体に言えば──平穏な隠居生活だ。
吾輩は、吾輩の事を「魔神様!」「闇の帝王!」「魔王議長様ぁあ!」と呼ぶ輩どもから逃れることで、5,000年の激務からの真の解放を獲得できると信じている。
だから、魔界になぞいられないのだ。
ちょっと歩くだけで仰々しく魔神ロードができる場所などで気が抜けるわけがない。アホか。
「さらば、魔界。待っていろ、人間界、るんるん♪」
吾輩はまだ見ぬ未来に思いを馳せ、青い空を目指して飛びたった。
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