安生と清子

あんび

舌禍

窓の外を見たら、地面が濡れていた。


「一緒にいきましょ?」


そう言うと清子きよこはこちらの返答も聞かず、オイルライターを灯しその地面へと投げる。瞬間、火柱が上がった。


声すら出なかった。そんな俺をよそに、彼女は至極幸せそうな表情でこちらに抱きつこうとしてくる。俺はそれを振り払い部屋の扉へ駆け寄る。磨りガラス越しに見えた廊下は無常にも火の海であった。

その風景が信じられず思い切り扉を開け放つが現実は変わらず。逃げ場がないと悟った俺は、扉はそのままに膝から崩れ落ちる。ただただ呆然とした。頭が、理解を拒む。


「……お前なんでこんな事」

安生あんじょうさん言ったじゃない。留学が終わったら一緒になってくれるって」


彼女の目はギラギラと輝いている。真っ赤な舌がその唇をゆっくり舐めた。


「は……?」

「言ったわ。言ったでしょ?言ったのよ」


記憶を探る。思い当たる節が、あった。

俺は確かに、そういう事を留学直前に言った。しかしそれは、飲み比べに負けた俺が友人達から押し付けられた罰ゲーム、『清子チャレンジ』によるものだ。

こいつは生白い肌にヒョロりとした女で、友人も作らずいつも単独行動をしている。同じ学部の中で浮いた存在で、本人のいない所でよく『ヘビ女』とかネタにされていたし俺もしていた。


そもそも俺は、お前と付き合ってすらいないんだぞ。それなのになんで、そんな言葉真に受けてるんだ。少し考えれば、からかわれてるだけって、分かるだろうが!狂人め!


「ふざっけんなよ!」


詰め寄り胸ぐらを掴みあげる。もうそれ位しか出来る事がなかった。

しかしこいつは一切動じない。それどころか、にこにこと笑っている。


「貴方とずっと一緒にいたいの。生きている限り未来は不確定だわ。でも、死は、絶対。死は、私達を分かつものじゃない!永劫に変わらず、共にいられる世界への切符なの!」


手を離す。全身から力が抜ける。言ってる意味が、全く分からない。煙が、目にしみて涙が零れる。息が、段々と苦しくなる。頭が痛い。俺は両手を床に付き、しゃがみ込んだ。

清子も屈んで、何故だか心配そうな目線を送ってくる。全部お前のせいだろうが、お前の……。


「安心して、絶対離したりしないから。大好き。大好きよ。安生さん」


そう言うと、彼女は、覆い被さるようにして、俺を、身の毛がよだつほどに優しく、抱き締めた。

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安生と清子 あんび @ambystoma

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