第68話 進む準備と高まる不安

 ダスティン君とホッブで、レールの凹の溝に埋め込まれたゴムバンドを引っ張って巻き上げ用の爪に引っ掛ける。ラルフとアベル君で、下についているクランクハンドルでゴムを最後尾……発射位置まで巻き上げた。

「これで上にあの機体を載せるんですが……鍛冶屋のおじさん達と相談しまして、初めから機体と発射台の形をセットで設計しました。だからゴムで弾かれる時の横揺れを最低限にできる筈です」

「なるほど」

 ホッブが満足そうに頷いた。

「さすがだな。やっぱり君たちに、職人と直接打ち合わせてもらってよかった」

 偉そうに褒めているけれど、言われてもわかんないから直接打ち合わせてと言っただけである。偶然良い方に転がっただけで、別に技術のマリアージュが起こるとわかってやったわけじゃない。

 レールの中を恐々見ていたダニエラが、何か思いついた様子で顔を上げた。

「なあ、この機体って『後ろから風をはらんで飛ぶ』って理屈で設計されているんだよな?」

「そうだな」

「パチンコで石を射つ勢いで飛ばされたら、前からの風圧で“翼”が捥げちまわないか?」

 ダニエラの疑問に、リーダー格の少年が発射台を指し示した。

「それなんです。今から実際に動かしますね」

 製作途中の機体は載せず、発射台だけ作動させる。

「このように引き金トリガーを引きますと……」

 アベルがレールの下部から出た紐を引くと……ガンッ! という音と共に軽く発射台が揺れ動き、解放されたゴムバンドがレールの先端から前に長く伸びた。

 逆方向に延びてから、また勢いよくレール先端へ戻って来たバンドを手に取る。

「この通り力は他のチームの物より格段に弱いです。向こうはこのバンド五本相当って話でしたけど、こちらは二本で引き絞る長さも短くしてます。投射機カタパルトとしての能力は十分の一ぐらいじゃないかと思います」

 説明する少年は、自分の左手をレールに見立てて右掌で実験機の真似をした。右手が左の二の腕から爪の先までを走って空中へ飛び出す。そこで手を停めた。

「この発射台の役目は、機体を地上から離す所までなんです。極論すれば二メートルも浮いてくれればそれでいいんです。一回空中に出ちゃえば、クラエスフィーナさんが自力で推力を出せますから、飛んでいく方はそれで。遠くまで投げるつもりが無いので、“翼”が向かい風で壊れるような速度は出しません」

 なあるほど、とダニエラが頷いた。

「ごめん、お姉ちゃんには最後の一言だけで良かった」




 だいたい発射台の能力や取扱方法の説明が終わったところで、ずっと黙っていたクラエスフィーナが質問した。

「あの、だいたい分かったんだけど……ちょっと聞いていいかな?」

 念のために言っておくと研究チームのリーダーはこのエルフで、課題を出されているのは彼女だけである。


 対象者は彼女だけである。


 つまり、考えて答えを出せなくちゃいけないのは彼女だけである。

 それが見学者に成り下がっているんだけど、この場にそれをおかしく思っている人間はいなかった。


 まあそれは置いといて。

「始めて空を飛んだ時は結構怖い目に遭ったんだけど……コレ、そういう心配は無いのかな? その、前は凧揚げ式だったから発射台で飛ばされるのは初めてなんだけど」

 アベル少年はラルフから池ポチャの顛末を聞き、あごに手をやりちょっと考える。

「機体の設計とか状況が違い過ぎるので、正直なんとも言いにくいんですが……」

また自分の手で、発射の様子を再現する。

「まだ実際に飛ばしていないので、はっきりとは示せないんですが」

 また右手の実験機を、左の爪先から飛び出してすぐで停める。

「このように空中へ出ても威力が小さいですから、推力と揚力はすぐに重力に負けると思います。ですから飛び出すと同時に魔法を発動させるのをもたもたしていると、地面がすぐですから墜ちると思います」

「あう、そこかぁ……」

 先の心配で耳がへにょっているエルフを見て、ラルフがゴムバンドを引っ張りながら説明係に聞いてみた。

「もうちょっと強化して、ある程度遠くまで飛ばせないの? クラエスの心の準備ができるまで滞空できるように」

「それなんですけど……もっと強くすると、その分発射のショックが大きくなって発射台も土台がさらに大きくなります。それはまあ運ぶ時に大変てだけなんですけど」

 一回言葉を切った少年がこめかみを掻いた。

「ゴムを強化して遠くへ飛ばすと、“翼”が抵抗を増した向かい風でギシギシきしむかも……そして速度も速くなるので、搭乗者もその分怖いんじゃないかと……」

「それはダメ!」

 クラエスフィーナが青い顔で両手でバツを作る。ビビりエルフを見て、アベルがさらに付け加えた。

「それと……発射の恐怖から搭乗者が立ち直る前に、速度が速いんでそのまま水に突っ込む可能性も……」

「ダメ! 絶対! 禁断の技法に手を出しちゃいけないよ!」

 可能性を聞いただけで、ビビりまくりエルフが大反対。

「クラエス、今までで一番意見を言ってるね……」

「命かかってるんだもん!」

 想像しただけでガタガタ震えているクラエスフィーナに、リーダー格の少年アベルは一つ思い出して機体の上面を指差した。今しもちょうど、エステバン細部担当が身体を縛るベルトを取り付けている。

「今度は上に乗るから、救助前に溺死の可能性はだいぶ下がったと思いますよ。脱出もしやすいようにベルトも一ヶ所だけにしますし」

「わ、わーい……」

 安心できる、と言うより気休めレベルのを聞いて、死んだ目のクラエスフィーナが心のこもっていないバンザイをする。


 そんな安全性の話を聞いて、ラルフも一つ思い出した。

「そうだった。僕も前回の危なかった体験を踏まえて、クラエスの為に安全装備を考えて来たんだ」

「え、なに!? ホントに!?」

 一つでも安心の種が増えると喜色を浮かべたクラエスフィーナに、ラルフは持って来た袋から取り出した物を渡した。

「首にかけてみてよ」

「こう? なにこれ?」

 ニコニコ笑うラルフに差し出された物は、何か白っぽい薄い皮袋を数珠繋ぎに輪っかにしたものだった。形としては歓迎式とかで首にかける花輪に似ているけど……膨らませて固く口を縛った皮袋だけでできている。

 怪訝に思いながらも首にかけたエルフに、ラルフが説明した。

「浮き袋だよ。形はまだ改良の余地があるけど、身につけていれば浮力が増すから水面に浮きやすくなると思う」

「へぇー」

 感心して首に下げた「浮き袋」を眺めるクラエスフィーナに、ラルフがさらに解説した。

「ああいう危険が少なくなるように、何かできないかと考えたんだ。それで『黄金のイモリ亭』で働いていた時に、ちょうど材料にいいベッシィがあったんで作ってみたんだよ」

「ふーん? ありがとう! さっそく使ってみるよ!」

 喜ぶクラエスフィーナを見て、ラルフもまたと嬉しそうに笑った。




 ちょっと良い雰囲気の二人を離れたところから眺めながら、ダニエラがホッブの袖を引いた。

「なあなあホッブ。って何? あたし今まで、あんなもん見た事ねえんだけど」

「そりゃ『黄金のイモリ亭あのみせ』で裏方かいたいやってねえと王都じゃそうそう見る機会はねえよ。ベッシィてのは、豚の膀胱の事だ」

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