ポンコツエルフ、空を飛ぶ ~「きっと空を飛べるはず!」 美女に泣いて頼まれたので、鳥人間コンテストでポンコツエルフを飛ばします~

山崎 響

序章 祭りの前夜

第00話 最後の夜

 いつもなら人っ子一人いない深夜。学院のあちこちにはまだ明かりが灯り、作業をする音が響いていた。


 明日は朝から、このエンシェント万能学院そうごうだいがくの特待生学力審査が行われる。発表の様子は一般公開の予定で、町の人々ひまじんが大挙して見物に来ると予想されていた。

 なにしろ今年の審査課題は「空を飛ぶ」だ。特待生が独自に研究したやり方で、規定以上の飛距離を自ら飛んでみせる事になっている。学院の期待の星たちバカどもが研究成果を身体を張って披露するとあって、悲喜こもごもの笑える情景を期待して町中その噂でもちきりだ。

 こんな面白イベント、当然ながら王都でも滅多に無い。

 誰が言いだしたか「鳥人間コンテスト」と陰で呼ばれる発表会を楽しもうと、会場のキャロル湖畔ではすでに見物客や屋台のオヤジが場所取り合戦を繰り広げていた。


   ◆


「ねえ、ホントに私だけ寝ちゃっていいの?」

 格納庫に使っている倉庫の片隅で、毛布をかぶったエルフの少女が遠慮がちに仲間に尋ねた。ブロンドの髪から突き出た種族特有の長い耳が、申し訳なさそうにヘニャッと垂れている。

「もちろんだよ。明日が本番なんだからさ」

 中肉中背でとぼけた顔の少年が微笑んでうなずいた。

審査対象者クラエスしか発表飛行をできないんだから、おまえが魔力を万全にしとかないとまずいぜ? いいからよく寝て体調を整えとけよ」

 子供にしか見えない背丈の赤毛少女が、ニッと笑って早く寝ろと催促する。

「そもそも機械音痴のクラエスがいたところで、整備の足しにはならねえよ。余計な気を使ってないで、少しでも寝て明日に備えろ」

 がっしりした体格で不良っぽい少年がぶっきらぼうに余計な事を言う。

「……ありがとう」

 エルフは鼻先まで毛布をずり上げ、小声で感謝をつぶやいた。


 本当に、よくここまで来たなと……エルフの少女、クラエスフィーナは思う。

 クラエスフィーナの研究チームは今ここにいる四人しかいない。大きなチームだと二十人近くいたりするのに比べると、わずか四人では出来ることには限りがあった。

 出遅れて仲間をかき集めて、専門外どころかずぶの素人ばかりを集めて無理やり結成したチームなのに……ついに明日の研究発表会に参加可能な所まで持って来た。それだけで凄い。

 他学科の友達だった赤髪のドワーフ・ダニエラと、たまたま放課後の講義室にいた所を捕まえた人間トールマンのラルフとホッブのデコボココンビ。

 空を飛ぶなんてこと、基礎知識も持っていない四人が手探りで一歩一歩ノウハウを積み上げて来た。基礎研究も、実験機の作成も、それを作る資金稼ぎも、わずか三ヶ月の期間の中で四人で苦労して実現したのだ。

 全力でやってきて最高の準備ができたと思う。明日の発表会に挑戦して、もし不可になったとしても悔いはない。クラエスフィーナはそう思った。




 明日クラエスフィーナが使う実験機つばさを梁から吊り下げながら、呑気そうな少年、ラルフは機体の表面を指先でちょんちょん触ってみた。

「コレどうするかな。なあホッブ、念のために布を張り替えた方がいいかな?」

 吊り下げているロープの端を近くの柱に結んでいた見た目不良の少年、ホッブは難しい顔で翼に顔を近づけた。

「これ一回しか使ってなかったよな? 新品がいきなり破けたこともあったから、むしろ耐久力が確認できてるコイツをそのまま使う方が安全なんじゃないか? 油だけ塗り直してさ」

 ホッブの意見を聞き、ラルフは骨組みを打検している赤髪のダニエラにも声をかけた。

「ダニエラはどう思う? 翼の布を張り替えるかどうか?」

 翼の下から出て来たダニエラも、難しそうな顔であごをさすった。

「うーん、確かに劣化するほど使っちゃいないんよなあ……予備の布も温存したってどうせ明日の本番を過ぎたら使い道も無いけど……でも、品質のばらつきは怖いしなあ……」

 三人はしかめっ面で唸りながら思い思いにあさっての方向を睨み……。

「要するに一回使った布が、もう一回クラエスの重さに耐えられるかどうかなんだよね」

「そうなんだよなあ。この面積の薄布にクラエスの体重がかかるわけだからな」

「それな! 結局はクラエスの重さが問題なんよ!」

「重さ重さ言うなぁ! 私、別に太ってないよ!? ヒトが今までの道のりを思ってしんみりしてたのに、コイツらまったく友情もクソも無いよ!?」

「あ、クラエス。余計なこと考えていないで、ちゃんと寝ないとダメだよ?」

「寝てられないよっ!」


 涙目で詰め寄るクラエスフィーナの肩を、沈痛な表情でホッブが押さえた。

「いや、女の子が体重を気にする気持ちはわかる。だけどなクラエス。一つ冷徹な現実を見て欲しいんだ」

「……なに?」

 今にも爆発しそうなエルフの少女に、ホッブは真顔で宣告した。

「いいかクラエス。おまえの体重、一クラエスもあるんだ」

 思い切り股間を蹴り上げられて転げまわる少年に止めを刺しそうなクラエスフィーナに、慌ててダニエラとラルフがしがみついた。

「待て待てクラエス、元から人数足りてないのに土壇場で頭数を減らすな!」

「そうそう、そうだよクラエス! ホッブの処刑は発表会成功の楽しみに取って置こうじゃないか!」

「……おまえらも、自分は無関係みたいな言い方してんじゃねえ……」


 仲間の暴言に興奮して寝れなくなったクラエスフィーナをなだめながら、ダニエラが窓の外の月を眺めた。

「おい、クラエス。ホントに寝とかないとまずいぞ。もう日付変わってるんじゃないか?」

「そう言われたって、頭にきて寝れないよ!」

 いつの時代も年頃の女の子に体重の話題は禁句である。


 とはいえ今すぐ寝てくれないと、結局クラエスフィーナが困ることになる。

 明日の発表会は体調不良で乗り切れるようなイベントじゃない。このチームの飛行理論は、クラエスフィーナ一人の魔力にかかっている。飛び立ってしまえば誰も手伝うことができない。

 どうしようかとダニエラが困っていると、自分の手荷物をゴソゴソ探していたラルフが一本の瓶を出してきた。

「ふっふっふ、こんなこともあろうかと!」

「……なにそれ?」

 女子二人が胡散臭げに見つめる中、ラルフは中身を手近のコップへ移した。ピンク色の綺麗な液体が流れ出し、甘い香りが周りに広がる。

「クラエスのことだから緊張して寝れないんじゃないかと思ってね。『黄金のイモリ亭』のオヤジから、緊張をほぐして安眠できる酒をもらってきてたんだ。口当たりの良い桃のお酒だってさ」

 行きつけの居酒屋から入手した果実酒らしい。

「でかしたラルフ!」

「さ、クラエス飲んどきなよ。大丈夫、朝は寝坊しないように起こすから!」

 話題が変わったせいか、“寝酒で安眠”という宣伝文句の偽薬プラシーボ効果か。ちょっと落ち着いたクラエスが、しきりに勧めるラルフとダニエラの言葉に従ってコップの酒を舐めてみた。

「……あ、美味しい。桃の香りが強くて凄く甘い」

 食い物に釣られやすいクラエスフィーナの機嫌が簡単に直ったのを見て、ホッとしたダニエラとラルフがホッブを引き起こしにかかった。

「しっかりしろホッブ。ったく、乙女に余計なことを言うからだ」

「お、おう……」

「やれやれ、少しは女ごころってものを勉強しろよホッブ。自業自得だな」

「繰り返すけど、おまえらも同罪だよな?」




 クラエスフィーナが大人しく寝床に戻ったので、ラルフとホッブ、ダニエラは騒ぎのついでにちょっと休憩を取ろうと輪になって座った。ラルフが酒と同じく居酒屋で調達した燻製肉と丸パンを出して配る。

「しかし、自分で言うのもなんだけど」

 ラルフが頭上の「翼」を見上げた。

「よくここまで来たよね」

「まったくだな」

 ホッブもパンを食いちぎりながらうなずいた。

「工造学科もまともにいない俺たちが、よくもまあ形にできたもんだ」

「おい、あたし工造学科だぞ」

 ラルフが近くの作業机から図面を取った。何の知識も無い中から、なんとか作り上げた機体が線図で描かれている。

「専門家がいないのに、何とかなったねえ」

 ラルフの感慨を、水を飲んでいたホッブが笑った。

「そいつは気が早いぜラルフ。明日……いや、もう今日か。今日の発表会で成功すれば、だろ?」

「そうだね。だけど僕らの作ったこれなら、工造学科が作った翼にだって負けないさ」

「だから、あたし工造学科だって!」

 さっきからしきりにアピールするダニエラにを一瞥し、ホッブが冷たく一言。

「うるせえ、図面もまともに描けねえ工造学科」

「ハグッ!?」

 役立たずのドワーフを黙らせたホッブが、藁束の上に仰向けにひっくり返った。

「この三ヶ月、本当に色々あったよなあ」

「……だね」

 クラエスフィーナじゃないけど、やはり研究と実験を繰り返した三ヶ月は忘れられない日々だった。

「何度も投げそうになったね」

「当たり前だ。『空を飛ぶ』なんて普通はできる話じゃねえだろ、常識で考えて。俺たち専門外はたけちがいばかりなんだからな」

「悪かったな、図面も描けなくてよぉ」

「おまえもいつまでも引きずってんじゃねえよ、ダニエラ」

「テメエ、誰のせいだと!?」


 ラルフはふと思いつき、クラエスに出した寝酒の残りをコップに注いで同志たちに手渡した。舐めるような量しかないけど前途を祝す景気づけだ。別に酔いたいわけじゃない。

「気が早いけど、コイツで審査会の必勝を祈願しようじゃないか」

 ダニエラが嬉々として受け取った。

「あたしたちが作った機体だぜ? 大丈夫さ。今日はきっと成功するよ」

 ホッブも起き上がってコップを手に取った。

「おうよ。まあダメだったら、その時はその時だ。今からそんな事を考えたって仕方ねえ」

 三人はコップを掲げた。

「じゃあ」

「クラエスの成功を祈って」

「乾杯!」

 微笑んだ三人はコップを打ち合わせ、手にした酒を一気に煽った。




「おいラルフ。この酒、やたら強くないか?」

 ホッブの一言に、唇を一舐めしたダニエラも同意する。

「んだな……フルーツの香りとやたらな甘さで隠れているけど、これ凄くアルコール強くねえ?」

 持って来たラルフも首を傾げた。

「うーん、結構強いねえ。『黄金のイモリ亭』のオヤジが、『女を寝かしつけたいんならコイツで一発だぜ!』って言ってたんだけど」

 振り返れば、なみなみ一杯飲んだクラエスフィーナが毛布もかぶらずに寝入っている。寝入っているというか、行き倒れた感じに横になって寝息を立てている。

 無言でお互い顔を見合わせあった三人。ダニエラが手を伸ばしてクラエスフィーナを揺さぶった。


 揺らしても起きない。


「おーい、クラエス? そんな恰好で寝てると風邪ひくよ?」

 ラルフが声をかけてみる。


 声をかけても熟睡してる。


「これ……寝酒なんてレベルじゃなくて、ナンパ男の連れ込み酒レデイ・キラーなんじゃ」

「……おいダニエラ。あそこに女だけで行くんじゃねえぞ?」

「クラエスにもよく言っとくわ……あの店、料理も酒もロクなもんが無いじゃねえか……」

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