第100話 希望・下

 目が覚めると、篠原のベッドにうつ伏せになって寝てしまっていたようだった。

 櫻子が身を起こすともう窓カーテンは開けられていて、外は明るく朝を迎えているようだ。よく見ると隣に座っていたはずの竜崎の代わりに、笹部が座って寝ていた。


 櫻子が起きた時に一緒に起きたのか、「うぅ……」とその姿勢のまま小さく呟いた。そうしてゆっくりと瞼を開けて、欠伸をしながら身を起こした。


「おはようございます、ボス。竜崎さんなら、昨日ボスが寝た後僕と入れ替わりに病室に戻されましたよ――それと、海藤さんのお母さんが見つかりました」

「おはよう、笹部君。そう。相変わらず仕事が早いわね、有難う。ちゃんと包帯替えて貰ったの?」

「はい、鬼軍曹みたいな看護師の方が、きつく締め直してくれたので痛い様な気がします」


 櫻子は、傷を負っていないが精神的なダメージが大きくて、体が少し疲れているようだった。竜崎と話している間に、つい寝てしまったようだった。


「……誰かいるのか……?」


 掠れた声に、櫻子と笹部がそちらに視線を向けた。どうやら、宮城も目を覚ましたようだった。

「宮城さん、私よ。一条と笹部がいるわ」

 櫻子が宮城に向き直ると、脱臼していない宮城の左手をそっと握った。

「警視……! 篠原は……!?」

 落ちるさ中、自分を助けてくれた篠原を思い出したのだろう。篠原の名がない事に、宮城が僅かに眉を寄せて声を大きくして尋ねた。それは、傷が痛んだせいもあったのかもしれない。

「貴方の隣のベッドで、まだ寝ているわ。命に別状はないみたいだから、安心して」

「そうか……良かった……海藤は?」

 篠原が大丈夫と聞いて安心したように大きく息を吐いたが、次の質問に櫻子が黙り込んだ事に、彼の死を悟ったのだろう。力なく、宮城は瞳を伏せた。


「……彼は無実の罪を負ったまま、殺されたんですね……本当に申し訳ない事を……」

 宮城のその言葉を聞いて、櫻子はハッと思い出した。そうだ、海藤は殺されたのだ。『第三の人物』に。今度こそ捕まえなければ、また逃げられてしまう。握っていた宮城の手を、そっと放した。


 櫻子は立ち上がると、宮城のベッドの頭の傍にある看護師を呼ぶボタンを押した。

「私は、掛川を追うわ――多分死体でしょうけれど。宮城さん、笹部君。貴方達は、負傷中よ。篠原君と、この病室じゃない竜崎さんも加えて、今は全員休んでて頂戴」

「しかし、警視一人では危険です! ……っ!」

 宮城は、櫻子の言葉に意識がすっかり戻ったのか慌てて声を上げた。身を起こそうとして、傷の痛みに思わず声を上げてしまっていた。

「大丈夫よ、援軍は用意するから。それより、自分の体を大事にして頂戴」

「……ボス」

 笹部は、静かに櫻子を見ている。櫻子は、ポンと彼の肩を叩いた。丁度看護士が、部屋の前に立っている警察官に通されて入って来た。


「宮城が覚めました。そして、この子もしばらく休められるようにベッドを用意してください。出来れば、竜崎さんと同じ部屋に」

「分かりました、すぐに先生を呼びます。あと、ベッドの手配もします」

 強い口調で櫻子に指示された看護師は、慌ててまた部屋を出て行った。その間に、櫻子はスマホで短いメールを送っていた。

「役に立てず……すみません」

 確かに、この状況では彼女を守るどころか足手まといになるかもしれない。宮城は申し訳なさそうに櫻子に詫びた。

「たまには、休んだ方がいいのよ。危険な事はしないわ」

 何か言いたげな笹部を残し、櫻子は病院を出た。時刻を確認すると、12日朝の8時過ぎだった。暫く病院の前に立っていると、一台の黒い国産車が彼女の前に滑る様に着く。


「おはようございます、一条さん」

ねえさん、おはようございます! 安心してください、俺達が力になりますよ!」

 車には、真田と池田が乗っていた。先ほどのメールは、池田に送ったのだ。池田が開けてくれた車に乗り込むと、運転席と助手席に乗っている二人をじっと見た。


「桜海會の傘下の金剛組の舎弟である、掛川克己を探してるの。彼は殺されていると思うのだけど、まだ見つかってないのよ。彼が身を潜めていそうな場所、分かるかしら?」

「金剛組の舎弟、ですか――池田君なら、何とかなりそうですね」

 真田がそう呟いている間にも、池田はスマホを取り出して何件かに連絡しているようだった。

「待ってくださいね、俺の情報網駆使するんで」

 池田は笑って、櫻子にウィンクした。


 この二人が助けてくれるなら――と、櫻子は安堵にも似た期待を胸に深く頷いた。

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