第42話 指輪・中
フロントは、丁度客とフロントの中にいる者が目を合わせない位置でスモークガラスに切り替わって仕切られていた。フロントのベルト鳴らすと、中にいたらしい店員が窓側に来るのが見えた。
「あれ?今日は休みですよ?お巡りさん前におったでしょ?」
「私、刑事の一条櫻子と申します。お話が聞きたいのですが」
櫻子がそう返すと、「分かりました」と店員の男が一度姿を消して裏側からドアを開ける音がした。やはり篠原と櫻子の二人連れは、利用客に見えるらしい。
「どうぞ、こちらから」
櫻子と篠原が声をかけられたそちらに向かうと、フロントに繋がるドアを開けている黒いフレームの眼鏡の男が立っていた。反対側には、多分客と会わずに外に出れるだろうドアも見えた。50歳手前の、少しこ太りな男だった。
「社員の村岡です。狭い場所ですみません」
そう言うが、休憩も出来るような広さで三人が入っていても特別窮屈ではなかった。パイプ椅子を2脚置いてくれて、村岡はフロントの椅子に腰を掛けた。櫻子と篠原も腰を落とす。
「あの時発見したんは、バイトの子と清掃の人なんで俺が分かる事はあんまりないと思うんですが…」
そう前置きして、村岡は深くため息をついた。
「週末の繁盛時期から店閉めなあかんし、こっちはえらい迷惑ですわ――死んだ人には申し訳ないけど」
「発見したのは、バイトの子なんですね?」
「はぁ、弁護士試験に何浪もしてる鈴木君ですわ。うちで1年ほど働いてます。事件から店は『現場保持』?で、休むように言われてるんで社員の私と清掃員しか来てません」
「彼はその日、何時から何時までのシフトだったんですか?」
櫻子の問いに、村岡は首を横に振った。
「刑事さん、この業種のバイトは『24時間勤務』ですよ。1日8時間とかじゃなくて、丸1日仕事が入ると、2日ほど休みでまた丸1日。普通のホテルの仕事と、時間は変わりません」
ラブホテルのシフト体制を知らなかった櫻子は、村岡の言葉に瞳を丸くした。アルバイトと聞いていたので、てっきり所謂普通のアルバイトシフトだと勘違いしていたのだ。
「そうなんですね、失礼しました。では、鈴木さんは出勤して、しばらくした昼頃に事件に遭遇した――という事なんですね?」
「そうです、うちは朝7時に勤務交代になってます。チェーン店なんで、この店舗には本店から指示された店長1人と社員3人で管理してます」
村岡の言葉に、櫻子は頷く。篠原は、笹部から預かったボイスレコーダーで、村岡の話を録音していた。「メモ取るより早いですから」と、付いて行く気がない事を隠そうともせずに、平然としていた笹部から借りたのだ。
「『時間が合わない』と、鈴木さんは言っていたそうなんですが、その事は聞きました?」
「時間がおかしい?――いえ、聞いていません。鈴木君は、事情聴取?してから、自宅待機するように言われているので、家にいると思いますよ。勉強してるんやないかなぁ」
「各部屋のロックとロック解除の時間、分かりますか?事件があった日のあの部屋のだけでいいんです」
櫻子がそう問うと、村岡はフロントの机の上に置いてあったパソコンを操作しだした。
「すぐ分かりますよ――ええと、15日の105号ですよね…」
部屋と時間が表示された画面が現れる。画面をスクロールさせて、村岡はそれを見つけ出した。
「15日は、朝7時に前の客が出て10分後に清掃が入ってます。清掃は、15分。7時30分には空室になってます。そして、10時38分にサービスタイムでロックが入り13時4分にロック解除になってます」
「13時4分に、鈴木さんと清掃の方が向かわれたという事ですね」
「これを見る限りは、そうなります」
その時間を繰り返し頭の中で整理すると、櫻子は再び村岡に視線を向けた。
「その時の監視映像はここにありますか?」
「ええ、ありますよ。刑事さんはコピーして持って帰りはりました。見ますか?」
村岡の言葉に、櫻子は表情を明るくした。
「ええ、お願いします」
DVDを取り出した村岡は、それをパソコンに読み込ませると時間を探すようにマウスを動かす。
「あ、これです」
客が店に入ってくるのを見つけた村岡は、一時停止を押すと櫻子と篠原に見える様に体を横にずらした。
そこには、背広姿の背の高い男と少し後から全体的に黒っぽい服装の女が入ってくるのが見えた。画像は荒いが、幸いカラーだ。女は黒く長い髪に、ベールのかかった帽子を被っていたので顔が見えない。
「――時間は…」
タッチパネルに移動する彼らは、カメラから映らなくなった。時間は、10時1分。
「確かに、時間が合わないわ」
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