第30話 後悔・中

「豊胸手術した後は、一ヵ月ほどは安静にしていないといけないの。胸にシリコンバックを入れる手術をして二週間ほどなら、お風呂は入れてもサウナは血行が良くなり過ぎて痛みや腫れがでる事があるらしいわ――そうよね?」

 豊胸手術の術後の事が分からない男性陣にそう教えると、櫻子は確認する様にサキに確認するように視線を移す。サキは頷いて、煙草の煙を吐き出した。


「まどかの首絞めて、ユウがしたように心肺蘇生したら――生き返ったの。すごくない? 私でも、人の生き死を操れるのよ。まどかの魂を綺麗にすために――お金に執着しない魂にするために、一度殺した。そうして生き返らせて、綺麗な魂にしてあげたのよ! 安心して、まどかは天に召されたわ」


 話が破綻しているが、サキには分っていないようだ。魂が綺麗になったのなら、殺す必要はないはず。しかし、再び殺すことで『神に赦される』と思い込んでいる。


「エマには私がサウナに入ったように見せかけて、急いでスーパー銭湯から抜け出したわ。用意していた別のジャージと濡れた髪を隠すための帽子に、顔を隠すサングラスに手袋を身に着けて。スーパー銭湯の裏口から抜け出したの」

「あのスーパー銭湯は掃除を熱心に行うよう心掛けているようで、清掃員が出入りしやすいように全ての階の裏口は、営業中鍵をかけていないようですね」

 笹部が、抱えていたカバンからノートパソコンを取り出して、検索した内容を呟いた。サキは笹部の言葉に。ゆっくり頷いた。


「三日前ほどに送迎の車のキーに付いてるまどかの部屋の分を、こっそり持ち出していたの。休憩時間に合鍵作って、すぐに戻したから誰にも気付かれていないはずよ。その鍵を使って部屋に入ると、まどかはまだ玄関で寝てたわ。まどかを抱えてキッチンに向かうと、首を絞めて殺した。まどかを綺麗にしてあげてから、あの片付かない部屋に転がっている六百万円をジャージのズボンの両ポケットに入れて、早く戻ろうとした――でも、汚い部屋のままだとまどかは神に赦されない気がしたわ」

 サキは思い出すように、一人で言葉を紡ぎだす。

「キッチンに転がっていた古ぼけた鍋に、未開封のまま同じく転がっていた油を入れて火をつけると部屋を出たの――早く燃えるものなのね。あっという間に、大きな火が出たわ」

「やっぱり、まどかさんの事件は計画的だったのね」


「――なんでよぉ! サキ、アンタ、まどかの事を可愛がってたやん! 私にもたくさんヘルプしてくれたり、皆と仲良くしてたやん! 殺したなんて、嘘やぁ!」

 黙って聞いていたアイリが、大きな声で泣きだした。慌てた安井がアイリの傍に行き、泣き崩れる彼女を支えた。


「……エマさえいなければ、アンタらと友達みたいに――仲良く仕事できたかもね……」

 アイリの言葉に、ようやくサキの表情が僅かに悲しみをまとうように揺れた。

「あの火事で、キッチン側のエマの部屋も燃えたらええと思ったんやけど――大きな火事になって他の子に迷惑がかかるかもしれないと思って、エントランスにある公衆電話で消防車を呼んだわ」

 それが丁度、あの動画に残っていた「謎の男のおかしな行動」だったのだ――出ていこうとして、再び戻ってまた出ていく。電話をかけるためだと分かれば、単純な事だった。


「『レジェンド』でユウさんは、故意ではないけど結果的に人を殺す行動をしてしまった。アレルギーを知らなかったし、心肺蘇生も自らしたのなら殺人罪にはならなかった。なのに、どうして逃げたの? 名前を変えて、『セシリア』で働きだしたのは何故?」


 どうせ逃げるのならそのまま、サキと一緒に消えればよかったのに。櫻子は、悪い方にしか事態を動かせなかった二人が愚かに思えた。


「ユウは、お父さんの会社を継がなきゃいけないの。その約束で、私達に新しい戸籍作ってくれたんよ。だからお父さんたちにこんな事件起こしたなんて、知られたくなかった。この事件とは無関係だった、ということにしたの。最初からバイトは、『キタのレジェンド』じゃなくて、『ミナミのセシリア』だったって。名前は深く考えずに、『コウタ』って言ってしまったの。まあ、私は一度捨てた名前だけどユウには馴染みはあるから、その名前を使っていたわ」


 悠は、力なく肩を落とした。悠は、父に大きな借りがある。サキもユウも、新しい道を歩き始めたにもかかわらず、ずっと何かに囚われていたのだ。


「エマに整形用のお金を渡す前に、黒岩建設の常連さんとアフターに行ったの……チャンスだと思った。エマを泥酔させて、『あの時の動画』が何処にあるか聞き出そうとしたわ。タクシーに乗って常連さんと別れると、空き部屋があるビルを思い出してそこにタクシーを向かわせて降りたの。それがお初天神だったのかな……不良時代に、よく酔っぱらいを連れ込んでリンチしてお金巻き上げてた場所だったのよ」

「ミナミより金持ちが多いからか?」

 宮城の言葉に。サキは鼻先で笑った。

「違うわよ。ミナミはすぐに警察に駆け込むけど、キタは中高生にお金取られたって、そんな情けないことを立場的に恥ずかしくて言えない偉いさんが多いからよ」

 確かに、と宮城は思ったのだろう。それから、黙ってサキの話を聞いた。


「酔っぱらったエマを、足元のブロックで殴ったわ。酔ってるとはいえ、暴れられたら困るから。大人しくなったから死んだかと思って焦ったけど、生きてた。安心して、三階まで担いで登ったわ。私、こう見えても不良時代潰した相手を、捨てに行くのに抱えてたから力はあるの」

 サキの煙草は、もう葉を巻いた部分は燃えて灰になりフィルター部分を焦がして消えてしまっていた。

「三階の空き部屋に着いてから、エマを起こして脅して聞いたわ。でも、エマは言わなかった。スマホには、コピーされた動画しかなかった。余計な部分は切り取ってあるから、コピーだって分かるのよ。だから、悪いエマも綺麗にしてあげる為に、首を絞めて綺麗にしてから殺したわ」


「いややぁ、サキもう止めてぇ!」


 竜崎は、安井に彼女を部屋に入れるように促した。安井は頷いて、抱える様にアイリを連れて部屋の中に入った。

「もうエマも死んだなら、オリジナルが残っていてもどうでもよくなったの。ユウと話して、逃げる計画を立てていたの。こんな辛い事しかない場所から、二人で逃げようって。そうしたら、あなたが来たのよ」

 サキは、真っ直ぐに櫻子を見つめた。

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