第29話 後悔・上

「サキは、だんまりやったで。任意やから、仕方なく一度帰しましたけど……お嬢さんは、何か分かったんですか?」


 宮城は、櫻子たちより先に着いていた。少し酒の香りがする安井を胡散臭そうに眺めながら、竜崎を連れてマンションのサキの部屋の前で待っていた。篠原と安井はそんな彼に頭を下げるが、櫻子と笹部は宮それに返事をすることなく、急いでサキの部屋のインターフォンを押した。サキの本来の部屋は火災の起った亀井まどかの部屋の隣だったので、三階の部屋に変わっていた。サキの部屋から物音はしない、安井が身を乗り出してドアをノックした。


「サキちゃん、安井や……話、聞かせてくれへんか? 今度こそ、君たちの助けになりたいんや」

 安井のその言葉から少しして、ゆっくりとドアが開いた。感情のない、抜け殻のようなサキが玄関先にぼんやり立っていた。


「渡部悠さんもいらっしゃいますね?」

 笹部がぼんやりそう声をかけると、奥から若い男が姿を見せた。集まる人を見渡してから安井を見ると、泣きそうな顔になって後ろからサキを抱き締めた。

「サキは、なんも悪くない! サキが悪いんやない!」

 悠は、嗚咽おえつと共にそう大きな声を上げた。物音に反応したのかそろりと隣の部屋のドアが開き、アイリが顔を見せた。が、慌ててドアに隠れながらその光景を見ていた。

「悠君、頼むから話を聞かせてくれへんか?」

 安井が安心させるようにそう声をかけると、珍しく笹部が動いた。自然な仕草で、サキを抱く悠をドアから離して、向かい側の通路の端に誘導した。それを見た竜崎が、素早くドアを閉める。


「エマさんに脅されていたのには同情するけど、まどかさんの件は同情しないわ。彼女は全く関係ない被害者だもの」

 櫻子がそう言葉をかけると、サキは悠の胸に手を置いて身を離して廊下の壁に凭れた。ここの廊下である通路の壁は低く、三階だがサキの腰より少し高いくらいの丈だ。そこに、サキは腰を軽く落として座るような仕草をしている。


「――エマは、整形病よ。整形の費用を、ずっと私にせびってきたの」

 ため息混じりにそう呟くと、カーディガンのポケットに入っていたメンソールの煙草を一本取り出す。全員の視線を受けながら、サキはそれを咥えてオイルの少なくなったライターで火をつけた。

「私も顔の骨格を細くしたり、ホルモンを打ったりするのにお金がかかって、エマにお金を渡すには稼げる仕事をしなきゃいけなかった。だから、仕方なく『セシリア』で働き始めたのよ。紹介して私が働くとエマに店からマージンが入ったみたいね、私が稼ぐまでは、しばらく待ってくれてたわ」


 宮城と竜崎が不思議そうな顔で櫻子に説明を求めるが、笹部がボイスレコーダーを渡した。それには、先ほどの安井の話が入っている。二人はそれを聞きながら、サキの話にも耳を向ける。笹部は別のボイスレコーダーで、この会話も録音している。


「エマは監視する様に、私にべったりだったわ。仲が良いように見えたんじゃないかしら――ねぇ、アイリ」

「う、うん。エマとサキは仲良しじゃなかったん?」

 突然向けられた言葉に、アイリが小さな声で返した。それを聞いたサキは突然「アハハハハ!」と、甲高く笑った。悠が、心配そうにサキを見つめている。

「男は汚いものって思ってたけど、女も汚いよねぇ。エマは『あの時の動画』持ってて、私を脅してた。ユウに心配かけたくなかったから、私は私なりに仕事を頑張ってた――頑張っても、給料の半分はエマに取られてた。けど、じっと待ってたのよ。いつか『あの時の動画』を取り返そうと思って」


 それは、榊光汰が集団レイプされている動画だろう。エマは、それを撮影していた。つまり、見ていたのだ。人間の醜さに、櫻子は唇を噛んだ。

「また整形したいからまとまった金を用意しろって言われて――でも、そんな大金私には用意できない。どうしようか悩んでいる時、『レジェンド』で女性従業員キャストの子が死ぬのを見て――なんか、『これ』だって思った。ユウが心肺蘇生して息を吹き返すのを見たら、汚い女が綺麗に生まれ変わったように見えた。汚い女が、ゆるされて神に召されていくように見えたのよ」


 春の柔らかな風に、サキの煙草の煙が流されていく。誰も、言葉をかけられなかった。しかし、櫻子はその静寂を破った。まどかの件だけは、違うからだ。


「亀井まどかさんがお金を貯めていたのを知っているから、そのお金を奪ったの? それだけの為に、彼女を殺したの?」

 サキが、ゆっくり櫻子に顔を向けた。もう、サキの精神状態は普通ではないのかもしれない。どこを見ているのか、分からない。

「まどかは、銀行信用してなくて部屋にお金置いてたんだ。馬鹿だよね、そんな話私にするなんてさ。まどかも金、金、金――私、あの子も綺麗に生まれ変わらせて、天国に行かせてあげたかったの。お金は、その手間賃みたいなものよ」


「あの日、エマさんとホットヨガに行って帰りに入ったスーパー銭湯で、途中『抜け出した』のね?」

 櫻子の言葉に、サキは煙草をくゆらせながら頷いた。

「そうよ、エマは胸のメンテナンスからまだ二週間しか経ってなかったから、サウナには入れなかった。だから『抜け出して』アリバイを作ったの――刑事さん、頭いいね」


 煙草の煙に目を細めて、櫻子は真っすぐにサキを見つめていた。憐れみが滲んだ、どこか切ない面持ちで。

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