第25話 ピース2・下
「この子、ご存じないですか?」
櫻子はカバンからタブレットを取り出して、『レジェンド』の篠木彩の写真を二人に見せた。それを覗き込んだ二人は顔を合わせて、「知ってます」と頷いた。
「
そう言えば、篠木彩の源氏名を知らなかった。どうやら彩の源氏名は杏子というらしい。篠原はポケットから取り出したメモに書いている。事情を知らぬ隣の宮城が、説明しろというように咳払いをした。
「あや……杏子さんは、キタのキャバクラ『レジェンド』の
「はい、その日は給料日で近藤と一緒に飲みに行きました。その後『セシリア』に行く予定だったんで、エマちゃんとサキちゃんを同伴に誘って、『レジェンド』に行ったんですよ」
間宮の説明に、櫻子は頷く。宮城と竜崎は、話の邪魔にならないように大人しくその言葉を聞いている。
「杏子ちゃんはその日、えらい酔っぱらってましたね。隣の席にいても、彼女たちの賑やかな声が聞こえて来てましたわ。杏子ちゃんの客は、普通のサラリーマン風の男一人だったかな?」
当時を思い出すように間宮が、僅かに視線を上げながらそう話を続けた。篠原は、必死にメモを取る。
「そんな時、エマちゃんがお腹空いたっていうたんですよ。うどんが食べたいって言うから、ママに頼んで出前をお願いしたんです。その会話が聞こえたんか、隣の席にいた杏子ちゃんも食べたい言って、うちの席と隣の席の二席でうどん屋さんに出前をしてもらいました。隣の客は、自分の分は頼んでなかったかな? けど――そうしたら急に大きな音が聞こえたんです。慌ててそちらを見たら、杏子ちゃんが
「その黒服の子は、前から『レジェンド』にいたんですか? この人ですか?」
櫻子は、質問を続ける。アイリから貰ったサキともう一人が映ってる画像を拡大して、二人に見せる。
「いや、その黒服は店に来るようになって半月ぐらいかな? バレンタインのイベントの時はおらへんかったから、二月の終わりか三月の頭くらいから来てたと思います――そうやなぁ、言われてみればこの煙草持ってる子の、隣の少年みたいに思います」
間宮も近藤も、この写真に映ってるのがサキだと気が付いていないようだった。
「『ユウ』って言われたその黒服の子が、救急車が来るまで杏子ちゃんに心臓マッサージしてましたわ。一度意識戻ったけど、すぐ危篤状態になったってママが泣きながら電話してたなぁ」
心臓マッサージと聞いて、宮城と竜崎の顔色が変わった。彼らも気が付いたのだろう。竜崎がスマホを取り出して、「失礼します」と部屋の隅に行きどこかへ電話をかけている。
「その後は、どうしたんですか?」
「なんや気分悪くなってしもうて、酒を飲む気にならんかったですわ。救急車が出て行ってから、すぐ店を出ました。杏子ちゃんが接客していたお客さんも、帰ることにしたみたいです。ママが迷惑かけたからって、その時は店内の客から代金は受け取らなかったですね。エマちゃんとサキちゃんも、気分が悪くなったっから店は休むって、『セシリア』に電話してました。私たちが悪いことをした訳じゃないんですが、お詫びにお小遣いをあげて別れました。確か、終電前でしたね」
櫻子は瞳を閉じて、考え込んでいるようだった。
「エマさんが死んだ時の事に話は変わりますが」
宮城が、話に割り込んだ。
「天ぷら屋さんで別れた時の事を、よく思い出してください」
「そう言われましてもなぁ……サキちゃんがエマちゃんに、ビールよう飲ませてたなぁ。せやから、帰る時エマちゃんえらく酔っぱらってましてタクシーに乗せるが大変でしたわ」
近藤が思い出すようにそう答えると、間宮は頷いてそれに同意する。
「エマちゃんとサキちゃんが店上がったんが一時で、天ぷら屋さんに着いたんが一時三十分くらいやったかなぁ……? 天ぷら屋さんを出たんが、三時前のラストオーダー聞かれた時やったと思います」
「そんな時間まで飲んでて、翌日普通に会社出勤出来たんですか?」
さすがにもう明け方近い。普通の会社員が飲み歩く時間ではない事に、少し宮城が驚いた声を上げる。
「いや、うちはこの通り土日も出勤ありますから休みが変則なんです。三月二十六日は私も近藤も休みだったんで、遅くまで飲んでても大丈夫でした。近藤は独り身ですし、私も妻が飲み歩くのを容認してくれてますんで」
間宮が、恥ずかしそうに薄くなった頭を撫でた。
「そう言えば」
近藤が、ポンと自分の膝を叩いた。
「エマちゃん、杏子ちゃんが死んだ日に初めて『レジェンド』行ったらしいんですけど、『ユウ』って黒服見た時えらい驚いてましたわ。『ユウ』も最初は気が付いてなかったようですが、知り合いやったみたいでチラチラエマちゃん見てましたよ」
「サキさんではなく、エマさんを?」
「はい、間違いありません」
自分の担当の子を見ている他の男を、間違える筈ないだろう。サキとエマと『ユウ』の繋がりが見えてこない。
少し訪れた沈黙の中、櫻子のスマホが鳴った。彼女がそれを取り出すと、画面に目をやる。どうやらメールだったようだ。
「どうやら、ピースは揃ったみたいね。あとは、並べるだけだわ」
そう言うと、すっかり冷めた珈琲を口にした。
「八十五点ね」
その言葉に、篠原が慌てて前に出ると自分のカップの珈琲を口にして味を確かめた。
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