第2話 集合・上
大阪伊丹空港に着いた櫻子は、タクシーに乗り曽根崎警察署に向かった。荷物は全て送っていたので、このまま今日から出勤する事になった。
タクシーの運転手は、ルームミラーでチラチラと櫻子を
タクシーから窓の外を眺めていた。大学まで関西で過ごしていたので大きく変わったことは感じないが、ここで過ごしていた間大阪は大きく変わった。老舗の店もなくなり、近代化が続いている。どんどん都市が大きくなり、東京にいるのと変わらないように感じる。
「お客さん着きましたよ。領収書いりますか?」
変わらないのは、この独特なイントネーションだろう。櫻子は小さく笑む。
「お願いします」
タクシーは、曽根崎警察のすぐ前に停めてくれていた。櫻子の長い足が、アスファルトを踏んだ。大阪の主要部分は、「キタ」と「ミナミ」と呼ばれるエリアに分かれる。櫻子の異動となった曽根崎警察署は、キタのエリアだ。ミナミは、東京でいうと新宿に似ている。
「おはようございます」
正面玄関から入った櫻子は、受付に足を向けた。
「本日付で配属になった一条櫻子警視です。私の所属された特別――」
「あ!一条警視!」
櫻子の言葉を遮ったのは、ベンチ椅子に座っていた青年だった。立ち上がると慌てて駆け寄ってきた。
「おはようございます!自分は、篠原大雅巡査部長です。今日からお世話になります」
大きな体でぺこりと頭を下げる姿は、昔近所で飼っていた大型犬を思い出させる。その頃の櫻子はその犬が怖くて、よく泣いたものだ。飛行機の中で読んでいた書類にあった彼の写真と経歴を思い出す。高校卒業後警察官になり、ここ直近はミナミの道頓堀交番勤務していた制服警官だ。部下を選ぶときに、櫻子が彼を選んだ。
「おはよう、篠原君。よろしくね」
櫻子はカバンやと春用のコートを左脇に抱え直して、篠原に右手を差し出した。白く美しく、淡いベージュのネイルがされた綺麗な手だった。篠原は緊張したようにその手を握り返してもう一度頭を下げた。
「よろしくお願いします、部屋に案内します」
言いながら、内心篠原は違和感を感じていた。それが何か分からないまま、そっと手を離すと先に歩き出した。櫻子も頷いて後に続く。部屋は二階の、南向きの部屋だった。突貫で工事をしたと聞いていたが、室内に入り中を見渡すとさして問題はなさそうだった。
「何か足りないものが有れば、何時でも言ってください」
部屋の正面に置かれた、一条課長と書かれたネームプレートのある机に座ると、櫻子は吐息を零した。椅子のクッションも丁度いい。
「珈琲でも淹れましょうか?」
篠原は櫻子の横に立ち、彼女からコートを受け取るとそれを丁寧にコート掛けに預けた。
「そうね、――あ、私の箱は届いてる?そこに、私のカップと豆が入ってるわ」
今はまだ使われていない来客用の椅子の上に、櫻子の私物の段ボール箱があった。篠原は丁寧にガムテープを剥がすと、その中から言われた珈琲豆の袋とカップを取り出した。
「用意しますんで、少しゆっくりしててください」
櫻子が頷いたのを確認すると、篠原は財布を手に慌てて曽根崎警察署を飛び出した。警察署にあるのは、簡単なコーヒーメーカーだ。櫻子の用意したのは、珈琲ミルから必要な豆だった。「駅前の大型量販店で、確かあったよな?」と思案しながら、篠原は慌ててそちらへ向かった。
『我儘で気取ったお嬢さん』と言われている櫻子の面倒を任せると言われた篠原は、最初からの彼女の我儘にため息を零した。
そうして慌てて買ってきたミルと彼女のカップを丁寧に洗い、淹れた珈琲を櫻子の机に置いた。
「有難う」
珈琲を口にした彼女は、僅かに眉を寄せた。
「30点ね」
篠原は肩を落としたが、櫻子はちゃんと珈琲を飲みほした。
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