第436.6話:イシュタリア防衛戦線3(ラム視点)
「では……勝負といこうか!」
キールドゥがゆっくりと立ち上がり、そう宣言した瞬間目の前から消失した。
「なっ!?」
「危ないっ!!」
アリアが儂を突き飛ばし、キールドゥの拳を剣で受け止めていた。
「ほう、今のが見えたか。貴様なかなかやるな」
ニヤリと楽しそうに笑う。
「そちらも相当な御手前と見た! 相手にとって不足無し!」
超スピードを持ち合わせた完全物理型……儂の一番苦手なタイプじゃ。
「そっちに行ったぞ!」
アリアの声に慌てて障壁を張るが、容易く拳に打ち抜かれる。
ギリギリでもう一枚内側に障壁を重ねた事でダメージを負う事は無かったが、激しく吹き飛ばされてしまった。
「なんという馬鹿力じゃ……!」
視覚でとらえる事が出来ない。魔力感知もおいつかない。これでは魔法を使っても当たらないじゃろう。
闇雲に広範囲の魔法を使った所でこれだけの強者を屠れるとも思えん。
考えろ……儂に出来る事はなんじゃ?
「お前の相手は私だ!」
「貴様早いな……! このキールドゥが目でとらえられぬ相手など初めてだぞ!」
「全て防いでおいてよく言う!」
ダメだ。目の前で繰り広げられている超人的な肉弾戦には一切ついていけない。
それならば、儂に出来る事はアリアのサポートしかない。
『アリア、これからお主の身体能力を一時的に倍加させる。長時間はもたぬから一気に決めよ!』
返事は無いが、アリアには届いたと思うよりない。
「この一撃に全てをかける……! 行くぞキールドゥ!!」
「ふはは! いいぞお前楽しませてくれるじゃないか! かかってこい!」
何故これから大技を繰り出す事を言ってしまうのか。これだから騎士……というより、このキールドゥもそうだが頭の中が若干筋肉で出来ているような人種の考える事は分らん。
「雷氷列斬!!」
空気中に張り巡らせた水蒸気の中を雷を纏って高速移動し、氷の粒子によって切れ味を増した剣技を繰り出す……じゃったか。
以前軽く説明を受けた覚えがある。
「ふんっ!!」
なんと、キールドゥはほぼ感覚だけでアリアの剣を白刃取りした。
「ふぬぅぅぅぅ!」
バギン!
時間がスローモーションのように流れる。
アリアの剣がへし折られ、剣先が宙を舞った。
「我の勝ちだぁぁぁぁっ!!」
剣を失ったアリアへキールドゥの剛腕が襲い掛かる。
『ラム殿! 魔力を私に!』
突然のアリアからの通信。何をする気かは分からなかったが迷っている暇は無かった。
キールドゥへ攻撃魔法を唱えるでもなく、アリアへ障壁を張るでもなく、ただ儂はアリアへとありったけの魔力を流し込んだ。
「マァァァァッスルゥゥゥコンバァァァァジョォォォォン!!」
儂だけでなく、きっとキールドゥも目が飛び出るような思いだったじゃろう。
剣をへし折られて無防備になったアリアがキールドゥの拳に自らの拳を合わせ、なんと打ち勝ってしまったのだ。
それどころかキールドゥの拳は潰れ、肘や肩からは骨が飛び出てしまっている。
「残念だが私の勝ちだっ!」
「ふ、ふふふ……はははははは!! すげーな嬢ちゃん! こりゃあダメだ完敗だ! 気持ちのいい戦いだったぜ」
キールドゥはそう言ってその場に再び胡坐をかいてしまう。
「さぁ、煮るなり焼くなり好きにしろ! 悔いはない!」
「……ら、ラム殿……どうしよう?」
アリアは心底困ったようにこちらを見てくる。
やめろそんな目で見るでない。
「うぅむ……お主本当に魔王軍幹部か? 妙に潔すぎて逆に胡散臭いんじゃが……」
「我は強い奴と闘えればそれでいいのよ。我を屠れる者と戦い死ぬ。それこそが我が人生……!」
うわぁめんどくさい。
「ラム殿……なんだか、その……」
「分かっておる。こんな奴殺したら目覚めが悪ぅてしゃあないのじゃ……」
「おいお前ら待て待て、まさか見逃す気か? 冗談じゃない。せっかく気持ちよく戦って負ける事が出来たんだこのまま殺してくれよ!」
アリアは大きくため息をついて、キールドゥに説教を始めた。
「命を粗末にするな。お前は強い。私だってラム殿の助けが無ければ負けていた。そして、私はいつか自分だけの力でお前に勝ちたいとさえ思う。こんな死に方を選ぶな。お前が誰かに殺される事が目的だったのならここで死んだ気になって私の目標として生きてくれないか?」
……なかなか、心の籠った熱い説教アンド説得だったように思う。のじゃが。
「……すまん、つまりどういう事だ?」
脳味噌筋肉男にはまったく伝わっていなかった。
「はぁ……だから、いつか私だけの力で勝ってみせるからそれまで死ぬなと言っている!」
アリアは顔を真っ赤にして若干キレ気味にそう言った。
よほどさっきの発言を理解してもらえなかったのが恥ずかしかったらしい。
「……二対一だろうが勝負は勝負だろう?」
「私はそれでは納得がいかない。さきほどの戦いはどうだった? 楽しかっただろう?」
「ああ、最高だったな。こんな気持ちよく負けたらもう思い残す事は……」
「もっとだ」
「……え?」
キールドゥは不思議そうに首を捻る。
「もっと楽しみたいとは思わないか? 私はまだまだ強くなる予定だ。ここで止まる気は無いぞ。お前はもうそこで打ち止めなのか?」
「……嬢ちゃん、漢の煽り方ってもんを分かってるじゃねぇか……俺にどうしろってんだよ」
「お前には私が強く成る為の修行に付き合ってもらう事にする。だから魔王軍など裏切ってしまえ」
めちゃくちゃ言い出しおったなアリアの奴……。
「ガハハハハ! おう! そうするわ!」
それでいいのか魔王軍幹部キールドゥ。
なんかもう考えるのも面倒になったのでキールドゥの腕を治してやった。
「おぉ、すげぇな……あっという間に治っちまったぜ」
「本当に信用してもいいんじゃろうな?」
「ああ、たった今から我はお前達の指揮下に入る。魔王軍ぶっ潰したらまた戦おうぜ!」
「望むところだ! 是非手解き願おう!」
「儂はごめんじゃよめんどくさい」
こんな連中に何度も付き合っていたらそのうち頭が筋肉になってしまうのじゃ……。
『シャドウ、そっちはどうじゃ?』
『うおっ? 通信魔法か、びっくりさせやがって……こっちは数が多いからまだまだ時間がかかるぜ。そっちはもう終わったのかよ』
『ああ、そしてアリアがあの魔物を仲間にしてしもうた』
『……はぁ?』
そりゃはぁ? じゃろうなぁ。儂も同じ気持ちじゃよ。
『とにかく助太刀に行くので儂らもそちらへ移動させるのじゃ』
『よく分からんが分かった。すぐに来てくれ。シャイナがそろそろぶっ倒れそうだ』
儂ら三人はシャドウの特殊空間内に招かれ、大量の魔物達と相対したのじゃが……それはもうキールドゥの暴れっぷりと言ったらたいしたもんじゃった。
シャイナは疲労でへとへと。
シャドウはキールドゥにドン引き。
目を輝かせてそれを見ていたのはアリアくらいなもんじゃった。
やはり筋肉同士分かり合える部分があるのかもしれない。
儂にはついていけんわ。
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