第427話:ツーショットタイム。


 うぅ……誰だ、誰からくる……?


『ソワソワしすぎ。初めて娼館にでも行った人みたいだわ』

 い、いや……俺はみんなをそんな目で見た事は……!


『ない、と?』

 ……あんまり、ない。


『じゃああるのね』

 あのさぁ、こっちは健全な男なわけ。見た目はこんなんでもちゃんと中身は男なんだよ。

 だったら周りに可愛い子ばっかりだったらそりゃそういう感じになっちゃうでしょうが。


 まったく意識しないで居られる奴は男じゃねぇよ。


『君は物理的に男じゃないのにねぇ』

 ……うぅ。


『もしなんなら今だけ身体を男に戻しておいたら?』

 な、何の為に!?


『そりゃ、ナニのために?』


 そ、そんな準備して待ってましたみたいなのダメだって!

 それに男の俺を見た事ない奴等ばっかりなんだからさ。


『じゃあこの先君はもう女の子として生きていくしかないのよ。この前も無事女の子になったわけだし』


 うっ。

 あれは思い出したくない……。


『今日は何があっても逃げちゃダメよ?』


 あんな事してくるのはネコだけだっての。

 別に心配しちゃいねぇよ。


 コンコン。


 控えめなノックの音と、爆音の俺の心臓。


「ど、どうぞ……」


 ゆっくり開いたドアの向こうから顔を覗かせたのは……。


『ミナト君、やっぱり覚悟した方がいいんじゃないかしら?』


「み、ミナト様……」


 しょっぱなからレイラかよ……!


「あ、あの……お隣行ってもいいですか?」


「お、おう……」


 レイラは俺の隣にちょこんと座ると、何故か黙り込んでしまった。


 というかベッドに隣同士で座るっていうのはいろいろ思い出してしまって心臓が……。


「ミナト様……」


「な、なんだ? ……レイラ?」


 ヤバいな。前回シャンティアに行った時みたいになったらどうしよう。


「ミナト様……お願いがあります」


「お、おう……?」


「生きて、帰ってきて下さい」


「……は?」


 レイラは泣いていた。

 俯いたまま、ぼろぼろと大粒の涙を自分の膝に落としていた。


「お、おいレイラ……どうしたんだよ」


「だって……だって、魔王と戦いに行くんでしょう……?」


 レイラはその時初めてこちらに向き直った。

 目を真っ赤に腫らしていて、俺と目が合うと恥ずかしそうに顔を逸らした。


「確かに魔王との決着をつけに行くけど……だからってレイラは俺が負けると思うのか?」


「思いません……思いませんけど……でも、だって……」


「心配してくれてるんだよな。ありがとう。……大丈夫だよ。俺は何があってもちゃんと帰ってくるから」


「本当、ですか……? 嘘ついたら許しませんよ?」


 こいつの場合許さないって言ったら本当に許してくれないだろうし何言い出すか分からないからな……きっちり約束は守らないと。


「安心しろ。だって俺だぞ? 俺の中には六竜が二人いるんだ。負ける訳ねぇよ」


 レイラの頭を撫でるが、つい緊張で乱暴な触り方になってしまった。


 レイラはボサボサになった髪の毛を気にする事もなく、俺に抱き着いてきた。


 でも、その腕は小刻みに震えていて、まったく力が込められていない。


「大丈夫。俺を信じてくれ。約束は、守るよ」


「はい……はいっ。帰ってきたら、その時は……」


 レイラは少しの沈黙の後俺から離れて立ち上がり、部屋のドアに手をかける。


「帰ってきたら、覚悟しておいて下さいね」


 そう言い残して部屋を出て行った。


 えぇ……? 帰ってくるのは約束で、帰ってきたら覚悟しろって……。


『帰ってきたら君もちゃんとレイラの相手してあげなさいね』

 そ、それは……まだ心の準備が……。


『へたれねぇ……』

 これが俺なんだよ。


 とりあえずレイラは無事に済んでよかった。


 一息つく間もないまま再びドアがノックされる。


「たのもー! ですわーっ!」


 ドゴン! と勢いよくドアが開け放たれ、ポコナが部屋へ乗り込んできた。


「おいおい、随分乱暴に入ってくるなぁ」


「ミナト、わたくしはミナトが負けるなんてこれっぽっちも思ってませんわ!」


 部屋に入るなり腰に手を当てて仁王立ちのポコナはそう宣言した。


「そ、そりゃどうも……」


「わたくしミナトを信じておりますわ!」


「お、おう」


「というわけで出来るだけ早く帰還し、この世界に平和を取り戻して下さいませ!」


 よく見ると、目の前でふんぞり返っているお姫様は歯を食いしばって目線は天井へ向いていた。


「おいポコナ……どこ見てんだ?」


「なんでもありませんわ! 別に上を向いていなければならない理由なんてないんですが今は天井を見ていたい気分ですの!」


 ポコナはかたくなにこちらを見ようとはしなかった。

 上を向いていなければいけない理由なんて……。


 ポコナの奴、可愛いところあるじゃないか。


「この世界が平和になってくれないとわたくしも困りますの! ミナトが世界を平和にしてくれたら全てが上手くいくんですわ!」


「……ああ、任せとけ」


「だからすぐに帰ってくるんですわよ!」


「ああ」


「そしたらわたくし達も……」


 ポコナもレイラみたいな事を言うのか。

 帰ってきたら、帰ってきたら。

 俺はどれだけ覚悟を決めなきゃいけないんだろうな。


「わかってますわね!?」


「……ああ、分かったよ」


「絶対ですわよ! 帰ったら披露宴ですわっ!」


 ばたんっ!


 ポコナは上を向いたままで乱暴に扉を閉めて出て行った。


「……ひろうえん……って、なんの?」



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