第424話:滅びの三日間。
「くくっ、その様子では随分と面白い事になったようだな」
「ふざけんなよてめぇ……笑い事じゃねぇんだよ」
夕方になってフラっと帰ってきたシルヴァは腕に絡みついているリリィを特に気にもせず、俺を笑った。
「まさかとは思うが……見てなかっただろうな?」
「ふふふ、流石に情事の最中まで覗き見るような趣味はないよ」
「情事ってお前な……お前までグルになってやがったせいで俺はとんでもない目にあったんだぞ?」
『女の子になっちゃったんだぞ♪』
うるせーっ!
シルヴァは俺のぐったりした様子を見降ろしながら、ふと真面目な顔になる。
「こうやって笑っていられる時間は貴重だよ。もうすぐそんな余裕は無くなるからな。今のうちに思い残す事ないように楽しんでおくのだぞ」
「なんだよ。まるで死ぬ前に楽しんどけみたいな言い方だな」
「……違う、とは言わないさ。近いうちにきっと魔王との最終決戦が待っているだろう。そしてその時に出会う魔王は君の知っている彼女とは別物だ」
おいおい……まさか本当にそういう意味だとは思わなかったよ。
前の魔王を知っているシルヴァがそこまで言うのだから本当に次にキララと会う時は命がけの戦いになる事を想定しておいた方がいいな。
それに、キララが果たしてキララなのか、それとも旧魔王に乗っ取られてしまったのか。
どちらにせよ魔王の力は跳ねあがっているだろう。
「こちらも今一つ対策を準備している所だが……残念な事にまだ見通しが立っていなくてね。間に合えばいいのだが」
シルヴァもいろいろ考えてくれているようだ。
こいつと再会した時は本当に驚いたが、まさかこんなに頼りになる奴だとは思ってもみなかった。
その分俺にとってとても厄介な存在でもあるのだが。
「おそらく魔王の状態が安定したらすぐにでも仕掛けてくるだろう。今から覚悟しておいた方がいい」
「ああ……お前の見立てだと勝てると思うか?」
シルヴァは絡みついているリリィの頭を撫でながらしばらく黙り込む。
それだけ判断が難しいという事だろう。
「正直分からないな。あちら側の戦力が魔王とギャルンだけならば総力戦でなんとかなるだろうが……おそらくそういう訳にもいくまい」
そう言えば最初にキララと戦った時、奴の周りには幹部らしき魔物が何体か居たように思う。
とはいえこれまでにもそれなりの数撃退してきているのでどの程度残っているのか……。
「なぁ、いっそこっちから乗り込むってのは無しなのか?」
「乗り込む……? いったいどこに乗り込むというのだ?」
「だからアレだよ。なんて言ったっけ?」
『デュスノミアの事?』
「そうそう、デュスノミアだ。魔王軍の根城だろう? いっそこっちの戦力集めて乗り込んじまうってのは?」
「残念ながらデュスノミアに魔王は不在だよ。それどころか魔物自体ほとんど残っていない」
……どういう事だ? というかこいついつの間にそんなの調べてきたんだよ。
「不思議か? まさに今日リリィの力で調べて来たところだったのだ」
そう言えばリリィなら索敵も高レベルで行う事が出来る。
近くまで行って大きな魔力反応を調べてきたってところか。
「じゃああいつらどこに居るんだよ」
「それが分からないから不気味なのだよ。魔王……そしてギャルン、他にも強力な魔物は居るだろう。それらの反応が全く無いんだ」
デュスノミアに居ない……?
だとしたらどこか別の場所に? いや、それならそれでリリィが調べりゃ分かるだろう。こいつならその気になればよく分からん創作魔法で世界中の反応を調べる事だって出来そうだ。
「可能性としては、先日の事を考えると……」
「異次元ってか?」
シルヴァは小さく頷いた。
「別の次元に潜んでいるとしたらこちら側からいくら調べても分る筈が無いからね。消去法でいくとそうなる」
「だったら奴等が攻めてくるのを待つしかねぇのかよ。世界中が人質みたいなもんだぞ」
「分かっている。だからこそ早めに突き止めて乗り込みたい所なのだが……逆に言うと異次元への空間を繋げる事は容易なのだ」
容易……って、そうか。タチバナの細工を使えばもう一度穴をあける事も出来る。
「だが、もし奴等がそのタイミングで一斉に魔物を投入してきたらと考えるとな……我々がその火種を生み出す事になるだろう?」
「だからって待ってたって同じ事じゃないか?」
「分かっているさ。その決断も早々にすべきではある。だが、出来ればそれまでに間に合わせておきたい事が……」
それがさっき言ってた対策ってやつか?
「シルヴァ、さっきから言ってるその対策ってのはいったい……」
「た、たたた大変です! 皆様外へ来て下さいっ!」
どーん! と勢いよく扉を開けて家の中に小さな狐が転げ込んで来た。
「かむろか。慌ててどうした? 何があった?」
「いいから早くお願いしますっ!!」
俺とシルヴァは顔を合わせ、小首を傾げつつかむろの言う通り外へ出る。
すると、空には巨大なギャルンの姿が。
その姿は真っ黒の顔面や能面ではなく、おそらくカオスリーヴァの人型の顔。
ごわついている褪せた銀髪を腰まで伸ばし、堀が深く渋い顔つきだ。
声の軽薄さが見た目と絶妙に合っていない。
「なっ、なんだこりゃあっ!?」
「落ち着けミナト。あれは映像を投影しているだけだ。そんな事より……」
分かってる。
とうとうこの日が来てしまった。
「世界中の皆様、私は魔王軍幹部、ギャルンと申します。唐突で申し訳ありませんが……」
ギャルンは細く節くれだった黒い指を三本立て、続ける。
「三日です。貴方達が我々に従属するか、それとも滅びるか……三日間で決めて下さい」
心なしか空に映し出された巨大なギャルンの視線が、俺を見ているような気がした。
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