第420話:決別。


「……てっきり私はミナトが怒ってるものだとばかり」


「なんでそうなる?」


「……会いに来てくれなかったから」


 シャイナは俯き、胸の前で指をちょんとくっつけたり離したりして落ち着かなそうだ。


「俺も同盟会議の後いろいろあってさ……自分の不甲斐なさを思い知ったよ。それで修行したりあちこちに障壁発生装置配ったりでバタバタしてたからな。なかなか顔を出せなくてすまない」


「いや、いいんだ。ミナトが謝る事じゃない。私はミナトが怒ってないって分かっただけでも嬉しいよ」


 なんといじらしいのだろうか。

 前に比べてとても可愛らしい服装をしている事もあるせいかちょっとドキドキしてしまう。


 前から綺麗だったが、服装や髪型だけでこうも印象が変わる物なのか。


「それで、私ミナトに嫌われたかと思って……もっと女らしくなればまた会いに来てくれるんじゃないかと……」


 シャイナは俯いたまま顔を真っ赤にしていく。

 可愛い所あるじゃないか。


「誤解させたみたいでごめんな。ただ忙しくてなかなか顔を出せなかっただけだよ」


「そうか、うん……よかった」


 ずっと俯いていたシャイナがやっと顔をあげて笑う。


「……そう言えばミナトは何か用があったんだろう?」


「あ、そうだった。聞きたいんだけど……」


 俺はシャイナに探し人の居場所を聞いた。


「この時間なら多分屋上に居ると思う。よくそこでぼけーっと街を眺めてるから」


「分かった。ちょっと行ってみるよ」


「ま、待って」


 転移しようとした俺の服を掴んでシャイナが引き留める。


「どうした?」と問うとまた下を向いてしまった。


「その、また……会いに来てくれる?」


 ぐはっ……。


「だ、だめ……?」


「だめ……じゃ、ない」


『うふふ、君今すっごい顔してるわよ』

 うるさい……!

 こんな時どんな顔していいか分からないんだよ!

『笑えばいいと……』

 うっせーっ!


「ほんと? 絶対だからね? 約束して」


「わ、分かった……約束だ。必ずまた会いに来るよ」


 シャイナは満足そうに満面の笑みを浮かべて二歩ほど俺から距離を取って手を振った。


「また、ね♪」


「お、おう……」


 俺は彼女に軽く笑顔……のつもりの表情を向けてから転移で屋上へ向かう。


 ……ふぅ、緊張感が別の緊張感で上書きされちまったよ。


『これから大事な局面だったのにね』


 ……まぁいいさ。

 むしろ固くなりすぎてた頭が少し柔らかくなったよ。


 別に気負う必要はないんだ。

 俺の考えが間違えている場合だってある。

 それならそれでいいしその方がいい。


 だから……。


「よう、ここに居たのか」


 研究所の屋上は扉で出られるようになっているが、不用心にも柵などは何もなく、その縁にそいつは腰かけて眼下の街並みを見下ろしていた。


「あれー? ミナトっちじゃん。急にどうした?」


 建築技師タチバナ。

 俺と同じ転生者。


「あれはお前がやったのか?」


「あちゃー、バレちまったかーっ! って、なんの話さ」


 タチバナは振り向きもせず街を眺めながら、あっけらかんと言った。


「ふざけるなよ。真剣な話だ」


「おーこわ、マジになっちゃってやだなぁ」


「……もう一度聞くぞ? あれは……」

「そうだよ」


 俺の問いが終わる前にタチバナが答える。


「……なんでだ」


「ミナトっちよぉ、世の中に起きている事象全てに理由なんて物が存在すると思っているのかい?」


「誤魔化すんじゃねぇよ」


 タチバナは「へっへっへ」っとヘラヘラ笑いながら空中に投げ出している足をバタつかせる。


「やっぱりミナトっちは優しすぎるんだよなぁ。まだ俺があんな事をした理由を探してる」


 何を言ってるんだこいつ……。


「理由があるからやったんだろうが。お前が障壁発生装置に細工をしたんだろう?」


「……うーん、勿論それはそうなんだけどさぁ。ミナトっちってば俺が脅されてやったと思ってるっしょ?」


 ……確かに、人質を取られていたり、無理矢理いう事を聞かされているような展開を想像していた。

 だが、それにしてはタチバナの表情が明るい。


「……違うって言いたいのか?」


「違うに決まってるっしょ。俺っちは脅されてやりたくない事やるくらいなら死んだっていいと思ってるくらいだぜ?」


「……だったら尚更だ。なんであんな事をした? カオスリーアを復活させる手助けなんてお前になんのメリットがあったんだよ」


 タチバナは初めてこちらに顔を向けて、不思議そうな顔をした。

 そんな顔したいのはこっちの方だ馬鹿野郎。


「そんなん伝説の六竜が見たいからに決まってるじゃんか。しかもカオスリーヴァってのは最強最恐の竜だったんだろ? 一目見て見たくってさー。俺っち結構頑張ったんだぜ? でも障壁発生装置を利用するってのは賢いだろ。ミナト達が世界中に配置してくれるし、それに……」


「もういい」


「こっからが良い所なんだけどなぁ」


 タチバナはつまらなそうに街の方へ向き直り、ゆっくりと立ち上がった。


「タチバナ、お前がギャルンと繋がってたのはムカつくしぶん殴ってやりたい所だけどな、それのおかげでイルヴァリースはカオスリーヴァと再会できた。……だから」


「あっれー、もしかして俺っちの事許しちゃうわけ?」


「みんなに謝れ。謝れば許してやるよ」


 タチバナは屋上の縁をフラフラと歩きながら「やっぱりミナトっちは甘い甘い。甘すぎて舌が麻痺っちまうわ」とよく分からない事を言った。


「タチバナ、帰ってこい」


「ミナトっち、言っとくけど……ランガム教の兵器も、ラヴィアンの次元移動装置も、人間の魔物化タブレットも、全部俺っちがやったんだぜ? それでも許すつもりかよ」


 ……馬鹿な。


「おい、冗談だろ……? なんでお前がそこまで……いや、何か理由があるんだろう? 分かった。それなら俺にだけで良いから事情を説明してくれ。そうすれば今後は守ってやれる。時間をかけて償えばいいじゃねぇか……!」


 俺はタチバナに手を差し出す。


「この手を取れ。そうすれば後はなんとかしてやる」


「ふふっ、はははっ」


 タチバナは顔に手を当て、仰け反りながら笑い……そして。


「はぁ……やーなこった」


 タチバナはそのまま屋上から飛び降りた。

 まるで、道で一歩先へ進むだけのようにごく自然に、踏み出し、落ちていった。



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