第390話:死んだ。


「シルヴァ! おいシルヴァはどこだ出てこい!」


 俺はあの後レイラにせがまれレイラが保管していた二十二冊全てのミナト・ザ・ブレイブストーリーにサインを書かされた。


 生まれて初めてサインなんて書いたからつい日本語で書いてしまいレイラを困惑させたが、ノインが「得てして著名人のサインという物は読めないような物だよ」とか言ってくれたので、いっそ全部そのままサインしてきた。


 で、俺はすぐにでもシルヴァをぶん殴りに行きたかったのだがまだやる事があった為、レイラ達に別れを告げ、初めて行くような小さな街や村を回り八卦炉の説明をしてきた。


 レイラは別れ際、思ったよりも騒ぐ事無く、俺に身体をもたれかけて「次は必ず私をミナト様の家に連れていって下さいね?」と微笑んだ。

 さすがにそれを反故にするわけにはいかないので必ず。約束するよと言ってしまった。


 近いうちにレイラをみんなに紹介してやろう。

 ……ひと悶着あるのは目に見えているが、約束は約束だ。


 とにかく、レイラ達と別れて俺は各地を巡り、全てやるべき事を終えたから拠点に返ってシルヴァを探している訳だ。


「な、なんじゃなんじゃ騒々しい。何も言わずに家を一晩空けたと思えば今度は何事じゃ?」


「ラムちゃん、シルヴァの奴見なかったか?」


 ラムは「いんや? 見とらんが……何かあったのかのう?」と首を傾げる。


「だったらポコナは? ポコナなら居るだろう!?」


「今は城に戻っておると思うが……本当に何があったのじゃ?」


「なんでもない! 知らなくていい!」


 ここのみんなにミナト・ザ・ブレイブストーリーを見られるような事があったら恥ずかしくて死ぬ。


「ポコナ姫を探しているという事はもしやして例の本の事かのう?」


 死んだ。


「……えっ、ら、ラムちゃんは……アレの事知ってたの?」


「勿論じゃ。確か二巻はリリア帝国編、三巻でランガム大森林編が始まるらしくてのう。今からいろいろと情報提供を頼まれておったのじゃ♪」


「なっ……んだ、と?」


 ラムはどこからともなくミナト・ザ・ブレイブストーリーを取り出しパラパラとめくり出す。


「ふむふむ、儂の知らないミナトの事がよく分かってなかなかに素晴らしい本ではないか」


 マジかよ……。

 ラムが当たり前のように持っているという事はこの街にもそれなりに蔓延しているのかもしれない。


「ちなみにラムちゃん、それをどこで手に入れたんだ?」


「そんなのこの街の本屋に売っとるじゃろうが」


 ……本屋?

 俺、全然自分の街を見て回るような事してこなかったけどそんなに発展してたの?


『そりゃそうでしょ。人が住めば流通が始まる。流通が始まればいろんなお店が出来る。当然よ? イリスなんてしょっちゅう街の飲食店に出入りしてるもの』


 なんだって?

 イリスが俺よりもこの街になじんでいる……!?

 軽くショックを受けた……。


『ちなみにネコちゃんは飲食店出入り禁止になったみたいね♪』


 ……待てよ。なんで俺も知らないような事をママドラが知ってるんだ?


『そりゃ君が修行で毎日ぶっ倒れてる間に身体を借りて遊びに行ったりしてたもの』


 それ初耳なんだけど!? 人の身体使ってなにしてんの? てかそのせいで俺なかなか疲れが取れなかったんじゃ……。


『うるさいわねぇ? 細かい事気にしてるといつまでも童貞のままよ?』

 うっせー! その気になったら俺だってなぁ!


『ふーん、あの状況で何もできなかった人の言葉とは思えないわね』


 ぐぅっ……。


「どうしたのじゃミナト。なんだかこの世の終わりみたいな顔しとるぞ?」


「……はぁ、なんだか疲れちまったよ。ちなみにその本って俺以外の奴等も出てくるのか?」


「勿論イルヴァリース、イリス、ユイシスあたりは出てくるのう。後は街娘のレイリアという少女がお主といい感じになっておる描写がある……この少女は何者じゃ?」


 なんだかラムの目付きが冷たい。


 きっとレイリアってのはレイラの事だろう。

 一般人のプライバシー保護に関しては多少気を使っているらしい。


「それはシャンティアって街に居るレイラって子だよ。マフィアみたいな連中に捕まってたのを助けてやったんだ。今度紹介するよ」


「ふむ……そうか、ミナトだものなぁ。ここに居る女子以外にも気を持たせ回っているのじゃろう。罪な奴じゃよ」


 その気を持たせ回ってるって言い方辞めない?

 俺があっちこっちでたぶらかしてるみたいじゃんかよ。


『間違ってはいない……わよね』

 くっ……。


「なんでこんな事に……やはりポコナに問いただすしかないのか……?」


「よし、ちょっと今からポコナの所に行ってくるわ」


「夕飯までには帰るんじゃぞー?」


 ラムはあくびをしながら俺にぴらぴらと手を振った。


 俺が一晩帰らなかったのをぐちぐち言っていたのと、俺がここに来たらまっさきにラムに遭遇した事、そしてあのあくび。


 もしかしたら彼女は帰りが遅い俺を寝ずに待っていたのかもしれない。


「ラムちゃん……心配した?」


「ばっ、ばかもん! 今更お主が一日帰って来ない程度で心配など、すすすするものかっ!」


 その反応がまさに答えだった。


「ありがとな。ちょっと行ってくるわ」


「……今度は早く帰るのじゃぞ」


 こんなふうに俺を待っていてくれるラムとは対照的に、きっとネコは自室でぐーすか寝ているに違いない。



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