第386話:お風呂? ごはん? それとも……?


「ただいまー♪」


「あ、お姉ちゃんおかえ……うひゃーっ」

「おお、レイラ帰ったか……ふむ? 随分大きなお土産を持って来たようだなはっはっは!」


 レイラが俺の腕にがっちり腕を回したまま本宅へ帰宅し、妹のレイン、父親のノインが出迎える。


「お姉ちゃん良かったねぇ……」

「やっとこの日が来たか。レイラは随分待ちくたびれていたようだぞ?」


「あ、あははは……久しぶり」


 俺はやっとの事でそれだけ言う事が出来た。


「ところで頼んでおいた物はどうした?」


「そんなもの知りません。その辺に落として来ました。今の私はそれどころじゃないので気にしないで下さい」


 どうやらあの時落としたのはノインから頼まれて買いに行ったものらしい。

 ぴしゃりと有無を言わさぬレイラの言葉にノインも言葉を無くす。


「という訳で私その報告に来ただけですので。これから別宅に二人で籠りますから絶対に誰も邪魔しに来るような事が無いようにお願いします。邪魔したら絶対に一生許しませんのであしからず」


 それだけ言うとレイラは踵を返しドアを乱暴に閉め、俺を引き摺って先ほどの別宅の方へ移動し、俺を家の中に放り込むと再び乱暴にドアを閉め、後ろ手に鍵を閉める。


「お、おいレイラ……?」


「私もうミナト様の事を逃がしませんから」


「おいおい……いったい何をする気だ」


 さすがに今日のレイラは何かがおかしい。

 このまま押し倒されでもしたらそれこそ大人への階段を一気に駆け上がってしまうかもしれない。


『いい年こいて何言ってるのよ……君はそろそろ童貞心ってやつを卒業してもいい頃じゃないかしら?』


 おい適当な事言うんじゃねえよ! 万が一そういう日が来るとしてもそれは今じゃないだろ!


『……』


 無視か畜生め……!


 こうなったら転移で……。


「ミナト様、何か魔法のような力でこの家から逃げるような事があれば……」


「事があれば……?」


「泣きます」


 ……へ?


「そこまで私の事が嫌いなんだなって諦める事にします」


 ……よく考えろ。

 もしここでレイラを受け入れたとする。

 すると俺は場合によってはいろいろ段階をすっ飛ばして一気に大人の階段駆け上がる事になるかもしれない。

 だが、ここでレイラから逃げたとしよう。

 するとどうなる?

 レイラとどうにかなるという可能性がここでゼロになり、終了する事になるが……逆に俺なんかに関わる事がなくなってレイラにとってはある意味プラスになるのでは?


 俺に関わるという事はそれだけ危険と隣り合わせになってしまう。

 それならここで俺が非情になる事で……それで俺を諦めるというのならそれもアリなのかもしれない。


「諦めて、この命を絶ちます」


「……は?」


「そこまでミナト様に嫌われてしまっては生きていく意味を見出せません。死にます」


「ま、待て、落ち着け早まるんじゃない!」


「私だって死にたくないですし死ぬ気は無いです。でもミナト様に嫌われてしまった世界に生きていても仕方ないので……」


 やべぇ。やべぇやべぇやべぇぞおい。

 やっぱり俺の嫌な予感は当たっていた。

 あの目。

 レイラにキララを重ねるなんて失礼だと思ったが、キララとは別の方向性でヤバい。


 奴は俺を殺しに来るがレイラは自分が死のうとする。

 方向性は違うが俺にとっては同じくらいやっかいだぞこれは……!


「だから今日は……せめて今日一日は、一緒に居て下さいますよね……?」


 レイラは俺を壁際に追い詰め、身体を完全に俺に委ねてじっと見上げてくる。


「お、おう……」


「よかった♪ それなら今日一日は私をお嫁さんにしてくれますか?」


「……えっ」


「だめ……ですか?」


 ちょ、ちょっと待てそれは一気に話が飛びすぎというかその、えっ、いいの? いや、いいのじゃなくてだな、えっ、どうしたら?


『やっちゃえやっちゃえ!』

 ちょっと黙ってて!


 いや、黙らないで俺にアドバイスを……!


『……』


 おい!! ママドラ、ママドラってば!

 ちょっとイルヴァリース様ぁ!?


 ダメだマジで役に立たん。俺だけでこの状況をどうしろと……!?


 いっそ身体をママドラに明け渡してこの場をやり過ごすという手も頭をよぎったが、それはそれでママドラが間違いを起こしてしまう可能性もある。

 いや、きっとママドラならそうする。

 絶対そうに違いない。

 やはりママドラには頼れない。


「まずは……お風呂にします? それともご飯? それとも……わ・た・し?」


 俺は心臓を撃ち抜かれたような思いだった。

 まさか男として夢とも言えるそのセリフをこんな所で聞くことになるとは思わなかった。


 が、しかし。

 俺は一番の安全牌を選択。


「しょ、食事で……」


「はい、あなた♪ きゃーっ! 一回言ってみたかったんです♪ すぐにお食事用意しますからね☆」


 ぱたぱたと台所へ向かっていくレイラの後ろ姿を眺めながら思う。


 人って、追い詰められたり、一人で悩む時間が増えるほど、何かタガみたいなのが外れて行くんだな、と。


「あなた~? こちらに来て下さいな♪」


 ……こ、こうなったら今日一日なんとなく夫役を演じて出来る限り穏便に明日の朝を迎えられるように頑張るしか……!


 とりあえずもってくれ俺の理性よ。



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