第378話:一つ上のミナト。


「ミナトおはよ♪」

「まぱまぱおはよー」


 ラムの修行が始まって二週間あまりたったある日の朝、少し早めに目が覚めて階段を降りていくとレナとイリスが何やらお茶をすすりつつ山のように積まれたお菓子を食べていた。


「そんなお菓子どこから持ってきたんだ?」


「ダリルのお土産だって。まぱまぱも食べる?」


「ああ、おっちゃんが帰ってきたのか」


 オーサのおっちゃんは相変わらず商人としてダリル、リリアを中心にあちこち飛び回っている。


「んー、俺は後でもらうよ。おっちゃんは?」


「疲れたー! ってすぐに部屋に戻っちゃった。ミナト、お茶はどうする?」


 レナが今にも準備をしてくると言わんばかりに立ち上がったので、それはお願いする事にした。


 三人で談笑しながらお茶を啜っていると、何の前触れもなく俺に精神攻撃が飛んで来る。


「ほう、随分と上手くなったもんじゃのう」


 ラムが車椅子ごとふわりと浮きながら上の階から降りてきた。


「そりゃ師匠がいいからね」

「よく言うわ。毎日転げ回っとったくせに」


 二週間みっちりとしごかれたおかげで俺はもうほぼ完璧に精神攻撃を防げるようになった。


 相手がいつ仕掛けてくるかという予兆まではさすがに分からないが、基本的に常時精神障壁を張り続けていられるようになっている。


 これでもうゲイリー……今はシャドウか。あいつのような攻撃にも対応できるだろうし、ランガム大神殿でのママドラ封じなんかも防ぐ事が出来るはずだ。


 これでやっと俺も次の段階に進むことができる。

 次は竜化を完全にマスターしなければ。


 ティアの事があるからキララに対して復讐を発動させる事は出来るだろう。

 だが、あの時俺が復讐込みの全力を出しても、痛いで済まされてしまった。

 俺が今以上に力をつけなければ話にならない。


 様々な記憶を臨機応変に使うにせよ、それだけではダメだ。

 俺自体が強くならなければ。


「おっじゃましまーっす!」


 俺達の家に能天気な声が響くのと同時に玄関のドアが勢いよく開かれる。


 そこには……新選組っぽい服装の軽薄そうな男。


「タチバナじゃないか。こんなとこまでよく来たな」


「うぃーっすミナトっち! シルヴァの兄さんといろいろ打ち合わせする為に遠路はるばる俺っちがやって来たぜ!」


「そっか。まぁ適当にくつろいでくれ。シルヴァも夕方くらいには帰ってくるだろうから」


 今日俺は早めに起きたつもりだったのだが、起きた時既にシルヴァとリリィは家に居なかった。

 あの女がそんなに早起きできる気がしないのでシルヴァに無理矢理連れていかれたんだろうけど、リリィにとってはそれも本望だろう。


「それには及ばないよ」


 タチバナの後ろからシルヴァが顔を出す。

 その肩にはリリィが担がれていた。


「お、今日は随分早いじゃないか」


「早いんじゃなくてだな、僕らは今帰ってきたんだが」


「だから早いなって……ん? まさかお前ら朝帰りかよふざけんなよ」


「君が何を怒っているのか分かりかねるがね、彼女も仕上がったぞ」


 ……。


『君が考えてるような朝帰りじゃないみたいだけど?』

 うっせーっ! 分かってたっつの。


「それはそうと早かったじゃないかタチバナ」


「アイディアがいろいろ浮かんじまってさー早くシルヴァの兄さんと打ち合わせしたくて来ちまったぜ! ……でもお疲れなら休んできなよ。俺っちはのんびり待ってるからよ」


 気を使ってそんな事をいうタチバナに、シルヴァは首を横に振った。


「僕なら大丈夫だ。リリィを寝かせてくるから少し待っていてくれたまえ」


 ピクリとも動かないリリィを担いだまま、シルヴァは階段を登っていった。


 しかし、俺がやっと本格的な修行に入れるってとこなのにリリィは仕上がったらしい。


 マリウスの力と相性がいいのか、それともただ単にリリィの才能なのかは分からないけれど、シルヴァの要求にそれだけ応えられるのならたいしたものだ。


 ほどなくしてシルヴァが戻り、タチバナとなにやら難しい話を始めたので俺達は外に出る事に。


「ここからの修行は儂らでは荷が重いのでイリスに手伝ってもらうのがよいのじゃ」


「そうだな、万が一の事を考えるとそれがいいかもしれない」


 俺が本気を出しても死なないと安心できるのはイリスくらいだからな。

 ラムもそう簡単に俺の攻撃をくらったりはしないだろうけれど、六竜の力を全開で戦うとなれば危険が伴うのでこちらが委縮してしまう。


「まぱまぱとちゃんと本気で戦うのって初めてだよね♪」


 にっこりと笑うイリスが恐ろしい。

 笑いながら、イリスの頭に角が生えていく。

 角が二本欠けているというのにプレッシャーに押し潰されそうだ。


『ミナト君、多分ここじゃ危ないわ』


 ……それもそうか。下手をしたら街に被害が出る。


「ラムちゃん、始める前に少し離れた場所に移動したいんだけど頼めるかな?」


「む? そうじゃな……その方がよかろう。では移動するのじゃ」


 そういうとラムはすぐに近場で戦闘に使えそうな場所を探し出し、俺達を連れて行ってくれた。


 念の為周りにはラムの結界。

 相手はイリス。

 ギャラリーはレナ。


 俺はもっともっと俺の力をきちんと引き出せるようになる為に、イリスと向き合う。


 娘を殴りつけるのは非常に心苦しいが、本気でやらなきゃこっちが殺られかねない。


 まずは意識を集中して……両腕を竜化させる。

 まだだ、ここから、さらに一つ上へ……!


 ママドラ、俺に力を貸してくれ。


『任せて。一緒に頑張りましょう』


 ママドラと出会ったあの日、俺はこんな未来を想像する事が出来ただろうか?

 ただただ流れに身を任せ復讐に燃える日々だった。

 対象は変わったが今でも復讐に燃えるのは変わらない。


 しかしあの時とは違う。

 六竜の力があるからと言って自信などないし勝てる保証も無い。

 それでも……。


 俺はキララを許す訳にはいかない。

 この世界にとって、俺の大切な人達にとって害にしかならないあいつは、俺が刺し違えてでも確実に始末しなければ。


 そして、必ずティアを。

 彼女にもう一度……。


 ティアにも、キララにも、真剣に向き合わなければいけない。


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