第348話:砕け散る悪意。


 イヴリンの身体が大きくビクンと跳ねる。


『よしっ、手ごたえ有り!!』


「うがぁぁぁぁぁぁっ!!」


 イヴリンが一際大暴れして俺の腕をひっかき、胸を蹴って地面を転げまわる。


 ……後はどうなるか……。

『きっと大丈夫。さっきので奴の中のアルマが目を覚ましたはずよ』


 イヴリンはずっと居心地が悪いと言っていた。

 それはきっと、既にネコの中にアルマが住んでいたから。


 ……アルマが追い出されてしまう、なんてケースは無いよな?


『それは大丈夫だと思うわ。ネコちゃんの中にいる歴はアルマ方がよほど長いもの。既にアルマの方が根を張っているはず』


 根を張るとか寄生してるみたいだな……。

『近い物はあるわよね。それにしてもネコちゃんの中に入っておいてアルマの存在に気付いてなかったなんておバカねぇ』


「な、なんだコレぇぇっ! 何か、何かが……居るじゃねぇかァァァァ!!」


『おそらくネコちゃんを無力化する為にイリスがアルマを眠らせたんだと思うわ。そうじゃなかったらアルマがついてるのにあんな簡単にやられる訳ないもの』


 隙をついてアルマを無力化する事でネコとの闘いを最小限にしてくれたんだろう。

 それでもネコは諦めずに暴れたんだろうな……アルマを封じられてたら闘う力なんてないくせに。


「うげぇぇぇェェッ! く、くるし……ヴぉえっ!」


 地面をまるでエビのようにビッチビチとのた打ち回り吐しゃ物を巻き散らしながら苦しみもがいている。


「いい加減に諦めて出ていきやがれ」


 別にそのまま内側からアルマに焼き尽くされて消滅したって俺は一向にかまわないが。


「畜生、チクショウチクショウ! せっかく見つけた器だったのにィィィiii!」


 ぼふっとネコの口から黒い煙が大量に吐き出され、ネコの身体がぐったりと地面に横たわる。


「ネコ! おいネコ! しっかりしろ!!」


「う、うぅ……ごしゅじぃん……ごめんなさいぃ……ごめ、ごめんなさ……」


 ネコは涙目になりながら必死に謝り続けた。


「いい、そんな事より、無事でよかった」


『イヴリンが逃げるわ』


 とは言ってもよ、アイツを消滅させる事はできないんだろ?


『……それはそうなんだけど、きっとあいつはまた来るわよ? なんとかならないかしら……』


「ごめんミナト! やっぱりこいつは殺す! ここで会ったが数百年目、だゾ!!」


 空中を漂い、どこかへ逃げようとするイヴリンをティアが空中で掴んだ。


 黒い煙を、掴む!?


「私はお前を相手にする為に対策はしっかりこれでもかってくらい積んできてるんだゾ!!」


「離せェェェェ!!」


 イヴリンはティアに地上まで引きずり降ろされ、地面に叩きつけられる。


「ぐえェェェェッ! な、なんでだ!? なんであたいの事を……」


「なんで掴めるのかって? それは私が対イヴリン特化の職業、勇者だからだゾ!」


 なんの説明にもなってねぇよ……。


「お前ッ!? あの時の、あの時の勇者ァァァ!? なんでまだ生きてんだよォォォ!!」


「私はアレからもお前への対処策をマスターしてるんだゾ……よくもネコちゃんを酷い目に合わせたなぁぁぁっ!」


 俺にはもう何も出来ないが、ティアはどういう訳か煙状のイヴリンを掴んでは振り回し、叩きつけるという流れのループに入った。


 そして、ティアがとうとうダンテヴィエルを抜く。


「イヴリン……今度こそその存在ごと消滅させてやるゾ!!」


「おやおやおやおや情けないですねぇ」


 その時、俺の一番聞きたくない声が響いた。

 あの野郎生きてやがったのか……!


「ギャルン……! どこに居やがる……!」


「ふふふ……先ほどは驚きましたよ。まさか一撃で身体を粉砕されてしまうとは」


「出てこい! 次こそぶっ殺してやる!」


 ……とはいえ、もう今の俺はギャルンに対して復讐を発動させる事は出来なかった。

 イリスを取り返したからだろう。


「ギャルン! おいギャルン助けろォォォ!! 早く! 死ぬ、死んじまうぅぅぅ!!」


 ギャルンの奴イヴリンを助けに来たのか……!?


「ふむ……別に自業自得ではありませんかね? 本来なら捕獲の後アルマをどうにかしてから貴女に器を提供する筈だったというのに……軽率に行動して自らの首を絞めたのは貴女自身でしょう?」


「ふ、ふざけるなァァァ!! 教えておかなかったお前が悪いんだろォォ!? まさかあたいを見捨てる気かよォォっ!!」


 慌てるイヴリンに、ギャルンは冷たく言い放った。


「何か勘違いをしているようなので教えて差し上げますが……私は最初から貴方を魔王だと認めた事はありません」


「な、なんだと……!? 初代魔王はあたい……」


「いつの話をしているのです? 初代がどうしましたか。私がお前なんかを魔王と認めるわけねぇだろうが」


 相変わらず突然口調が変わるのなんなんだこいつ。情緒が不安定過ぎるだろ。


「仲間からも見捨てられるなんてかわいそうなイヴリン……この世を怨み妬み続けて生きるより、ここで終わった方が楽になれるゾ」


「や、やめろ……! やめろォォォォ!!」


 器の無いイヴリンはほぼ無力だ。

 その代わり触れる事も出来ない……はずだった。

 それを可能にしてしまったティアがこの場に居たのが運の尽きだ。イヴリンよ、ここで死んどけ。


「あの時刺せなかったトドメを……今、ここで……! 確実に仕留めるゾ!」


「ヒィィィィィッ!! 嫌だッ! 嫌だァァァ!!」


 黒い煙を左腕で掴んだまま地面に固定し、大きなダンテヴィエルを器用に右手だけでぐるりと回転させながら、ついにティアがイヴリンを貫いた。


「ギャァァァァァアッァッァァァ!!」


 最後に聞こえたのはイヴリンの断末魔と……。


「この時を待っていましたよ……!」


 クソ野郎の満足げな声だった。



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