第312話:ゲイリーの歩んだ道。


「なるほど……つまりこの男が隻眼の鷹のリーダーであり、暗殺者を送り込んでいた人物……だと?」


「さすがですミナトさん! これでやっとあの妙な空間暮らしから解消されるんですね! 自由って素晴らしい!」


 ゲイリーの聞き取り調査自体はリザインとルークを交えて行われた。

 その方が話が早いと思ったからなのだが、一向にゲイリーは口を割ろうとはしない。


 見るも無残にぼっこぼっこにされた状態のままで何も語らない。


「お前さあ、そろそろ吐いた方が身のためだぞ?」


「……殺せ。生き恥を晒すつもりはないぜ。あんたらが殺してくれないなら……」


「ラム」


「あいよなのじゃっ」


「ぐっ、がっ……」


 ゲイリーは簀巻きにされて天井から吊るされている状態だ。

 自害しようとしても舌を噛むくらいしかできないだろうが、まだ死なれては困るのでラムに軽く電撃流してもらって痺れさせた。


「お前さ、状況分かってるか? もしお前が死のうとしてもここにいる馬鹿ネコが一瞬で回復させちまう。お前はもう死ぬ事も許されてないんだ」


「ち、くしょう……」


 ゲイリーは今にも泣き出しそうな表情だった。

 何がこいつをそこまでさせる?


「仕方ねぇな……じゃあ俺達よりももっとお前の感情揺さぶれる奴を呼ぶしかないか」


「……なん、だと?」


 初めてゲイリーが狼狽してみせた。顔に焦りが浮かぶ。


「誰だろうなぁ? 誰だと思う? 多分今ここに一番来てほしくない人物だと思うぜ~?」


 ちょっと楽しい。こいつのやり口を真似るようで癪だが、少しは苦しめてやらないと割に合わん。


「な、何を……待て、まさか……」


「そのまさかだよ。お前が喋らないなら今すぐにでもここにシスターを連れてくるぞ。俺達なら転移でひとっ飛びだ」


「ま、待て……やめろ。こんな俺の姿を見たらあのババアがショックで死んじまう」


「おんやぁ? 当のシスターを俺に殺させようとした奴のセリフとは思えないなぁ? いったいどういう事かなぁ?」


 やっぱりこいつ、迷いがあったんだ。

 もしかしたらとは思っていた。

 ゲイリーは俺にシスターグレアを殺させようとした理由について、お前を自由にしてやろうと思ったとかなんとか言っていたが、本当はその言葉は自分に向けて言っていたように思う。


 自分の中に残っている幸せな記憶、その象徴を消し去る事で後に引けない状況を作ろうとしたんだろう。


「ミナトぉ……あんた、性格悪いぜ」


「てめぇにだけは言われたくねぇよ」


「……分かった、話すよ。でも俺の話なんか聞いても納得できるとは思えないけどな」


「それは俺達が決める事だ。……で、お前はなんでこんな事を企てた?」


 奴はとうとう観念したように語り出した。


 まずきっかけはあの協会を出てから。

 一人立ちして、なんとか仕事も見つけて毎日働き尽くめの日々。

 その収入は最低限の生活費を残してあの協会へと送っていたらしい。


 苦しいが、それでも奴の心は満たされていた。

 しかし、その平穏はあっという間に崩れ去る事になる。


 それはこの国の、前代表が関わっていた。

 前代表のクロムという男はとにかく黒い噂が絶えない奴だったらしいが、それは身近な者だけが知り得た情報であり、表面は民主主義と平等を掲げる聖人君子のようだったそうだ。


 そして偶然にもゲイリーは、見てしまった。

 仕事で近くの森まで希少な素材を収穫しに行っていた時の事、何故か森の中でクロムを見つけてしまう。


 こんな場所に一人で、なんておかしい。

 そう思ったゲイリーは後をつけた。

 そこで目にしたのは、クロムと黒尽くめの謎の人物。


 いや、一般人のゲイリーにすら分かったという。

 その黒尽くめが人間などでは無い、と。


 クロムは魔物と繋がっていた。

 その事実を知り、震えながら二人が去るのを待ったが、帰り道で黒尽くめに見つかってしまった。

 ゲイリーが言うには、その魔物は最初からゲイリーの存在に気付いていたのだろうとの事。


 見てはいけない密談を見てしまったゲイリーが無事に帰れるはずもなく、妙な術で意識を奪われさらわれた。


「そこから先は……酷いもんだった。毎日が実験さ。俺にどんな負荷をかければ能力が発露するか、なんていうふざけた実験を毎日のように繰り返された。それでも俺は素質があったらしくて日に日に新たな能力を身に着けていった」


 こいつは……ジンバと同じような境遇だったのか?


「その実験で身体は弄られなかったのか? お前と似た境遇で半分魔物にされた奴を知ってる」


「魔物に……? いや、俺はそんな事はされてない。そうか……他にも俺みたいな奴がいたのか。それも魔物にされるなんて……」


 ゲイリーは自分だけでは無かったという妙な安心感と、自分よりもひどい目にあっているかもしれない人物が居るという事実で複雑そうだった。


「とにかく俺は監視をつけられ毎日のように訓練し、ある程度力をつけてからは人間相手の殺しをやらされた。それはもう腐るほどにな」


「一時期ガリバン周辺で行方不明者が続出したのはもしかしてお前が原因か?」


 リザインが冷ややかな口調で問い詰めると、ゲイリーは「たぶんな」と、目を逸らしながら呟く。


「じゃあ今回の件も魔物に命令されたのか?」


 そう問うた俺の返事は、思ったのとちょっと違った。


「んな訳あるか。あんな奴等すぐに皆殺しにして自由になったさ」


 彼は懐かしそうに遠い目で、苦しそうに眉間に皺を寄せて、愉快そうに口角を吊り上げた。



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